26夜 チラキレス アホ! バカ!
食事に手をつける前に家族へ質問する。
「これは、なんと言う料理ですか?」
祖母のアマリアが答えた。
「これはチラキレスよ」
「あぁ、これが……」
入院中にセニョール・アティリオが自慢気に語った『お袋のチラキレスは絶品だ!』という話を思い出した。
「トマト、ニンニク、玉ねぎ、乾燥唐辛子で作ったサルサをスープにして、トルティージャと肉を入れて煮込んだ後、好みで目玉焼きやハーブを加えるメキシコの伝統料理ね」
「なんですか? サルサというのは?」
「英語で言うソースのことよ」
「あぁ……後、そのトルティー、ジャ? よくわからないのですが?」
「トルティーヤはわかるかしら?」
「ピザの生地に似た食べ物ですよね?」
「粉にしたトウモロコシと小麦粉を混ぜて焼いた生地がトルティーヤ。それを乾燥させたり、揚げたりして作るチップスがトルティージャね。食べやすくするのに三角形に切るわ」
頷きながらイメージとして過ったのが、三角形にチリの風味がついたお菓子だ。
「大抵は前の日に作ったトルティーヤがあまって、自然と乾燥するから、再利用で料理に使うわ」
俺は「なるほど」と返すと、祖母のアマリアはうんちくを加えた。
「チラキレスはチーズやサワークリームを加えてアレンジできるから、家によって味は違うし食べ飽きなくたいいわ」
父のアティリオが唐突に暴言とも取れる言葉を向ける。
「ハポネス。アホとバカは大丈夫か?」
「……は?」
「だから、アホ! バカ! はOKか?」
これキレていいやつか?
ここまでコケにされて黙っていられるか!
とはいえ、日本人とメキシコ人じゃ体格も違う上に、あの鎧のような筋肉に立ち向かえば、俺の小人みたいな身体は枯れ枝のように踏み潰され折られる。
ていうか、このオヤジ、他人を小馬鹿にしてニヤニヤしてやがって。
そんなに楽しいのか!?
娘のアルセリアが父をフォローする。
「パパ。多分、スペイン語が通じてない」
「おぉ!? そうか! 英語で言うアホはニンニク。バカは牝牛だ」
話を呑み込む為に復唱した。
「ニ、ニンニクと牛?」
さっきのは、『ニンニクと牛肉は大丈夫か?』と聞いたのか。
罵詈雑言かと感じたが、ちゃんと意味があるなんて。
遠い異国の地。
理解していないのは俺だけ。
言葉の壁を痛感する。
祖母のアマリアはほころんだ笑顔で言う。
「チラキレスは鶏肉を入れるのが一般的なのだけど、怪我したアティリオが元気なれるように、牛肉にしたわ」
「そういうことですか……」
団らんとした食卓が一色触発の状況になるところだった。
にしても、怒鳴りつけるような言い方を、何とかできないのか? このオヤジは。
父のアティリオは俺を見ながらチラキレスに手を添えて、強調しながらすすめる。
「さぁ、ハポネス。アホ! バカ! を食え!」
いや、ワザと言ってる気がしてきた。
ただ、朝食に牛肉が出てくるとは少し重たい気がする。
父のアティリオはチラキレスを頬張ると、頬が落ちそうなほど緩ませて、母親に感想を語る。
「病院の飯は量も味も足りんから、お袋のチラキレスがより上手く感じる。リィコォ!」
彼の掛け声に合わせるように娘と息子が、さりげなく「リコ」と口々に言った。
この場で意味を知らないのは歯がゆい。
家族全員の顔を見回しながら聞いた。
「その、リコ? は、どういう意味ですか?」
アティリオは噛み砕いて教える。
「時と場合によるが、飯を食った時は、とりあえず『ウマい』という意味でリコと言う」
「美味しい、という意味なんですね」
早速、知り得た言葉を使いたい衝動にかられ、スープ、肉、野菜、チップスを一通りスプーンで掬い上げてから口へ近づける。
スープに溶けた唐辛子の香りが鼻にツンと抜けた。
俺も彼らに習ってチラキレスを頬張り、よく噛んで味わってから言葉を添える。
そういえぱ、メキシコの地へ降り立ってから、初めて食べる現地の食事だ――――。
「か、辛い!?」




