25夜 英子は平らなおっぱいパイ
湯気に混じりニンニクとトマトの酸味が香る。
匂いを嗅ぎ付けた腹の虫が早く食わせろと暴れ出した。
アマリアは大皿をテーブルの中心へ置いた後、こちらへニコリと笑いキッチンへ姿を消す。
テーブルの中央に置かれた大皿には、赤いスープに溺れた野菜と肉とチップスが盛り上がり、三つの目玉焼きが島のように乗っかっている。
窓から差し込む日の光を反射させた具材達は、銀色に輝く水面のような艶を放っている。
旅行ガイドやグルメサイトで紹介されるメキシコ料理が、写真から飛び出て目の前に現れたと言っても過言ではない。
メキシコへ降りたって以来、ついに本格的なメキシコ料理が食べられると胸も腹も踊るが、他人の家に世話になる身としては露骨に食い意地を見せる訳にもいかず、したたかに食事の時を待つ。
食事が始まる繋ぎとして、ある疑問を投げ掛けた。
「ここの家族は皆、英語が話せるのですね?」
父のアティリオもそうだが、娘も祖母も英語が話せることから、ティソナ・ファミリーと意思の疎通が容易に出来る。
この問いに一家の長アティリオが答えてくれた。
「俺の死んだ親父がアメリカで商売をしていてな。客と商談する時は英語だった。んで、その親父から俺とお袋は英語を学び、子供達にも教えたのさ。学校や将来の仕事で役に立つ」
俺は頷きながら「納得です」と、返すと、父のアティリオも同じ疑問があったようだ。
「驚いているのは、こっちも同じだ。ハポネスは英語が上手い」
「俺は英語対応救急隊だったので」
「なんだ? その、英子は平らなおっぱいパイって。詳しく聞かせろ」
「英語対応救急隊です。器用な間違え方しますね? 日本でオリンピックが開催された時に、外国人観光客が増えることを見越して作られた、英語ができる救急隊です」
「そうか……それは、凄いな」
「途端に興味がなくなりましたね?」
祖母アマリアが四枚の小皿とスプーンを運んでくると、父、息子、娘は小皿をリレーで回し、各々の前に皿を構えた。
俺の前にも小皿が到着すると、祖母アマリアは一家の長アティリオの向かいに座る。
大皿に置いたスプーンを祖母アマリアが持って、料理を掬い上げて子供達の小皿に乗せる。
その対象に父のアティリオは自分のスプーンを持って、俺の小皿へ山盛りに料理をよそう。
スプーンで半分に切った目玉焼きを乗せ終わると、大男は「ハポネスは客人だから、たらふく食え」と気遣いを見せてくれた。
待ちに待った食事時、というところで家族達は示し会わせたように瞼を閉じ、頭を軽く下げる。
そういえば学生時代にホームステイでお世話になった家族が、食べる前、料理に対し感謝を祈りの言葉として述べていた。
日本の「いただきます」と同じ意味だ。
キリスト教のみならず、様々な宗教を信奉している人間なら、誰もが持ち合わせている習慣だ。
郷に入っては郷に従え、俺も家族に習って、まぶたを閉じて頭をもたげた。
父のアティリオは静かに詠唱する。
「恵み深い神様、美味しい食事をお与えくださいまして、ありがとうございます」
それを合図と思い目を開けて顔を上げ、いざ食す……とならず、祈りはまだ続いていていたので、俺はバレる前に再びまぶたを閉じて頭を下げた。
「私たちの心と体を強めてください。イエス様のお名前によって、お祈りします」
うろ覚えだが、昔のホームステイ先とは違う祈りのような気がした。
キリスト教にはいくつか宗派が別れているが、二大宗派と言われるカトリックとプロテスタントでは、祈りの言葉が違うとネットの情報で知った。
カトリックは厳正に祈りが言葉が決まっているのに対し、プロテスタントは、ある程度、決まった文言はあるものの、厳密ではない為、家族によって祈りの言葉はアレンジされることがあるそうだ。
昔のホームステイ先はカトリックだったので、この家族はプロテスタントか何かなのだろうか?
片目を恐る恐る開けて父のアティリオの様子を見て、また目を閉じる。
「アーメン」
父に続いて家族達は静かに声を揃えた。
「「「アーメン」」」
一体、この祈りの言葉はとこで終わるのだろうか? と、焦れていると、不意に父のアティリオが声をかけた。
「ハポネス、いつまで祈ってる? 飯が無くなるぞ?」
「ん? あ、はい……」
気付けば終わっていた。




