24夜 ビエンベニーニド・ア・ティソーナ・ファミリア!
「そういや、ちゃんと名乗ってなかったな? 俺は家族の長、アティリオ・サルバトーレ・ティソナ・イ・コスティージャだ」
どこからが名前だ?
誰に問うでもなく、素朴な疑問を和やかな空気に乗せて聞く。
「長い名前なんですね?」
娘のアルセリアが本から顔を上げて親切に教えてくれた。
「メキシコはスペインの文化圏だから、スペイン人と同じ名付け方をするの」
それを聞いてもスペイン人の名前の付け方を知らないので、考えが雲の上まで行きそうになった。
彼女は解説を続ける。
「私はアルセリア・マリカルメン・ティソナ・エストレジャ。"アルセリア"は親が名付けた名前で"マリカルメン"は、近所の人と重ならない名前」
「重ならない名前?」
「地域によっては同じ名前が何人もいる。だから、もう一つ名前を加えて、近隣と区別するのよ。ミドルネームとは別の意味だけど」
「そうなのか」
「で、いわゆるラストネームが二つある」
「二つも?」
「自分の名前の後に父親の苗字、その次が母親の苗字。だから、アルセリアの後にパパの姓ティソナ。ママの姓エストレジャが続くわ」
「君のお父さんと苗字が変わってるね?」
「名前の並びが独特だから、家族で名前が違うなんてメキシコとスペインじゃ、当たり前。それにメキシコは夫婦別姓」
「余計にややこしい」
一区切りつくと、父のアティリオは金髪の少年に手を差し出してから紹介した。
「そして、こっちの小さいのが末っ子のエリオドロ・レオナルド・ティソナ・エストレジャだ」
末っ子は紹介されても、こちらには目もくれずゲームに没頭するので、父アティリオは注意した。
「おい、エリオ? お客さんにちゃんと挨拶せんか?」
男の子は父親に言われて渋々、「ォラ……」と、挨拶をした。
アティリオは息子を誇らしげに語る。
「息子は俺の死んだ親父に似て賢い子だ。だから親父の名前『賢い者』という意味のレオナルドを与えた」
香ばしいスパイスの香りと共に、しわがれた声がそよぐ。
「あら? 可愛いアジア人ね?」
花柄のワンピースを着た婦人が、山盛りにした料理の皿を両手で持って現れた。
長い髪の半分は色が抜けて白髪に、顔のシワは家族の中で一番、歳を重ねたことを象徴する。
ただ、歩き方や目の上げ下げなどの所作から、若い女性には無い、独特の妖艶さがあった。
魔性のオーラとでも表現すれば良いのか、なんとなく、近寄りがたい雰囲気を感じた。
六十代の婦人に会釈すると、アティリオは俺を紹介した。
「お袋、この日本人は俺の命の恩人でもあり、仕事の為に雇った男だ」
「あら、そうなの?」
すると、婦人は口角を上げながら猫なで声を発して挨拶した。
「オゥラァア」
それを聞いた瞬間、俺の脳内でシナプスが弾け飛ぶ。
セクシーな挨拶ってコレかぁあ!?
アティリオの母はテーブルに料理の皿を置くと、舐めるような視線でこちらを見てから質問した。
「貴方、メキシコの言葉は?」
「英語しか解りません」
「あーら、そう」
今の間はなんだろうか?
次にアティリオは自分の母親を紹介する。
「俺のお袋のアマリア・ヌリア・イ・コスティージャ・ヴィラセニョールだ!」
もう何言ってるか解らない。
名前というより魔法学校の呪文にしか聞こえない。
アティリオはこちらの困惑を察した上で聞いた。
「みんな長い名前だろ?」
「はい。とても」
「なんせ、メキシコ人でも自分の名前を忘れるくらいらだからな? ハハハ!」
「確かに笑ってしまう」
「まぁ、アメリカ風に名前を二つに縮める時もある。俺ならアティリオ・ティソナだ」
俺は礼節をわきまえて名乗り返す。
「皆さん、宜しくお願いします。今日からお世話になる、ルイ……」
「そして、この男はハポネスだぁ! みんな、宜しく頼む!」
名前を遮られた。
仮に、この場所が江戸時代だったら、切り合いになっているところだ。
一家の長アティリオは紹介と歓迎の意を込めて、テーブルに両手を広げながら言った。
「これが我が家族、ティソナ・ファミリーだ! ビエンベニーニド・ア・ティソーナ・ファミリア!(ティソナ家にようこそ!)」
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