23夜 オラ! 元気ですかー!
慌てふためき、ベッドから半身を起こして後ずさる。
熊みたいなオジサンから離れるとベッドから転げ落ちた。
ベッドの下から顔を上げ、アティリオへ目をやると、彼は目を丸くしながら不思議そうに、こちらを見ていた。
いや、驚いたのは俺の方だ。
「な、何ですか!? 俺、何か悪いことしました?」
「ぁあ? 日本では挨拶しないのか?」
「挨拶? 今、挨拶したんですか?」
「そうだ。オラァァァァアアアア!」
日本で言う『元気ですかー!』みたいなヤツか?
「ほれ、ハポネスも言ってみれ?」
「はい……オラー」
「違う! もっと元気良く。オラァァアアー!」
「オ、ォラァー!」
「そしてセクシーに! オラァァアアー!」
「オラァハァー!?」
「まぁ、良いだろう。ナイス挨拶だ!」
「ど、どうも」
セクシーはなんだったんだ?
というか、セクシーな挨拶なんてあるのか?
メキシコの挨拶はカロリー消費が高い。
毎朝、寝起きでこれは疲れる。
「んにしてもハポネス。お前、うなされていたぞ? 夢見が悪かったのか?」
枕が変わったから嫌な夢を見たと思い「まぁ、そんなところです」と答えた。
熊みたいなオジサンとは別に、こちらを凝視する気配を感じたので、そちらへ視線を向けた。
部屋の出入口から、こちらを覗く小さな影があった。
影は自分の存在が気付かれたと解ると、壁に顔を隠した後、恐る恐る覗き見る。
そこに居たのは金髪で青い瞳をした、十歳くらいの少年だった。
赤い半袖シャツにベージュの半ズボン。
顔立ちはオムライスのように丸みを帯びた輪郭をしている。
熊オヤジとは似ても似つかない、欧州の神聖さを持ち、妖精か精霊が男子の姿を借りて現れたのかとさえ思えた。
セニョール・アティリオは少年へ一声かける。
「エリオ。先にテーブルに行って朝飯を待ってなさい」
名前を呼ばれた小さな少年が、黙って立ち去るとアティリオは「俺の息子だ」とだけ言った。
リビングに連れられると、テーブルには本を読む娘のアルセリアと、その隣にスマートホンをいじる息子のエリオが着席していた。
威風堂々と現れたアティリオは、父親としての風格を見せつけた後、アルセリア、エリオへ挨拶をする。
「オラァァァァアアアアー!」
「オラー」
「ォラ……」
俺の時と違うじゃねぇか。
覇気の無い挨拶に憤慨しつつも、子供達に習って「オラー」と、控えめに挨拶した。
テーブルの真ん中に着席したアティリオは、俺へ手を差し出し座るように促す。
娘アルセリアと息子エリオに対面する位置で着席。
テーブルには飲み物が置かれただけで、朝食はまだ来ていない。
キッチンから食欲を刺激する香りが漂って来た。
朝食を待つ間、父アティリオへの懸念を聞いた。
「セニョール・アティリオ。昨日、手当てをしたばかりで、まだ傷もふさがってないはずです。動き回って大丈夫ですか?」
「俺の肉体は鋼のように頑丈だ。これくらいの傷で寝てられん。それにメキシコの病院はカネがかかる。あれ以上、入院してたら俺たち家族は破産しちまう」
海外の医療は日本のような保険制度が無いところもある。
医療費は全額、治療を受ける人間が負担し、海外の病院は日本と違い破格の値段がつく。
中流よりも下層の家庭には餓死を踏まえて病院へ行き、寸暇の延命をするか、怪我を放置して来る死に備えるかという考えにおちいる。
その事情を察すると、これ以上、聞くのは忍びない。
一家の長アティリオは話を切り返す。
「そういや、ちゃんと名乗ってなかったな? 俺は家族の長、アティリオ・サルバトーレ・ティソナ・イ・コスティージャだ」
どこからが名前だ?




