22夜 ハイメディック 暗闇を疾走する救急車
一体何日ぶりの洗体だろうか?
温い温度のシャワーを浴び石鹸で皮脂汚れを落とし、鏡に向かい髭を剃る。
しばらく犯罪組織に監禁されていたせいで、チンパンジーと変わらないほど生えていた。
髪は耳が隠れるほど伸びているが、日本で救命隊にいた時は短髪が基本なので、この際、伸ばしておくのもいいかと、切ることは考えなかった。
シャワー室を出ると布地がボソボソのバスタオルで水っ気を拭き取り、商店街で買った服に着替える。
半袖シャツと短パンで、シャツはメキシコらしくサボテンの絵柄だった。
サイズは合わせなかったのでダボダボ。
着替え終わるとバスルームに父のアティリオが立っていた。
「そのシャツ似合ってじゃないか? すまんが、客を泊める部屋が無くてな。俺はリビングで寝るから、お前は俺の寝室で寝てくれ」
彼の寝室へ案内され、アティリオは「お疲れさん」と言い残して部屋から去った。
疲労困憊の俺がベッドへ横たわると、舞い上がる誇りに混じってアティリオ臭とでも表現すれはいいのか、ちょっとした汗臭さが漂う。
病院のベッドと違い、この家のベッドは固いが、冷たい地面の上で寝るよりも断然マシだった。
天井へ視線を向けると二匹のハエが飛び回っているが、気にすることもなく深い眠りへついた。
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――――サイレンを鳴らしながら、夜の街を救急車が疾走する。
どこまでも続く暗闇を赤色灯とフロントライトで照しながら、現場へ向かっていた。
どんなにライトを照しても、赤色灯で周囲を赤く照しても、目視では見えない暗闇に不安は増すばかり。
日本のワゴン車を救命救急に特化させる形で改良した『ハイメディック』
"高度な"を意味する『ハイ』と"救急救命士"の『パラメディック』を掛け合わせた名称だ。
白の車体をベースに、血管を連想させる赤いラインが特徴的な、街で必ずと言っていいほど目にする緊急車両だ。
運転を担当する機関員。
助手席には現場で判断を下す隊長。
後部に乗り込み、傷病者の異変に対応する隊員。
車内は三人の救急隊員で構成されている。
ハイメディックは緊急走行で巻き込み事故を起こさない為、法定速度を越えないスピードを保つ。
この間に現地の傷病者は、ゆっくりと着実に命の火が潰えようとしている。
いち早く現場へ急行せねばならないのに、法の壁が立ち塞がるジレンマが、精神を削いでいく。
自分の皮膚を刃物で削ぎ落とすような緊張感を覚えた。
車内の無線は冷静に現場の情報を伝えるも、端的な伝達が緊急度の上がり具合を示していた。
助手席の隊長が無線に応答する。
「救急車、了解。地域内は道路が狭い為、徒歩で現地へ向かいます」
ようやく現着すると、ハイメディックの後部扉を持ち上げ、影を踏むように固い地面に降り立つ。
「漣!」
救急隊のヘルメットを被り、ユニフォームに身を包む俺は、機関員を勤めた同期に呼ばれて振り向く。
「傷病者は外国人だ。お前の英語力が発揮できるな?」
「あぁ、急ごう!」
暗闇の先に傷病者とおぼしき人物が、膝を崩して座っていた。
救急救命士としての使命感で、俺は声のする方へ駆け寄る。
何度も何度も「大丈夫ですか!? 今、助けに行きます!」と、叫びなから走る。
向かう先では、か弱い少女の声が響いた。
でも、その声は英語ではない。
聞きなれない文化の言葉だった。
闇の先から光が見えた。
もう少し、後で少しで助けられる。
声の主が何を語っているか解らなかったが、光に近づくにつれ、次第に聞き取れるようになった。
暗闇を抜け光が目の前に広がると、ようやく傷病者へたどり着く。
「もう大丈夫です。 怪我の具合を見ま――――」
座り込む傷病者へ寄り添うように、しゃがみこむ姿勢を作ろうとした。
が、傷病者の少女は体重が失われ、風に飛ばされるたように体が持ち上がると、糸で吊るされた人形のように浮いた。
訳も解らず立ち尽くしていると、彼女は目の前に迫って来た。
《メ・ドゥエレ》
それは全身が鮮血に染まる、赤茶けた髪の少女だった――――。
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目を覚ますと、左の反面に鉤爪で切り裂かれたタトゥーのオジサンが、食い入るように迫っていた。
「オラァァァァアアアア!」
「うわぁぁぁああーーー!?」




