21夜 星の丘 新火の儀式
「五十ニ年に一回? 忘れそうですね」
「アステカ文明の儀式を真似るイベントだ。古代アステカ人は五十年過ぎると、世界が滅亡すると信じていた。世界を救うを為には、神へ聖なる火を捧げる必要があった」
「まるでオリンピックの聖火台だ」
「まぁ、そんなとこだ。そこで祭壇に生け贄を捧げ、生け贄の胸を引き裂いて心臓を取り出し、神に捧げた」
「また心臓か……古代人は心臓をくりぬくのが好きですね」
人類学博物館で聞いた神話の続きと考えればいいのか?
アティリオの解説は続く。
「そして心臓を引き抜いた後の、生け贄の胸に火を灯すのさ。そうして新火の儀式は終わり、世界は救われるってわけだ」
「映画やアニメだったら絶体に却下される救い方ですよ」
古代人の神話や伝説は、話が飛躍し過ぎて理解がままならないことがある。
俺は彼に素朴な疑問を投げかける。
「五十ニ年ごとに世界の危機が訪れるのは、何か意味があるのですか?」
「なーに、そんな大げさな話じゃねぇさ。アステカ人のカレンダーは五十ニ年経つと、全部めくり終わるから、次にめくるカレンダーが無い。だから世界の終わりってわけさ」
「そういえば、アステカと近しいマヤ文明も、同じ理由で世界の滅亡を予言してましたね。ニ〇一ニ年に世界が滅亡するって。映画にもなったりで、終末予言がブームになってました」
「古代人からしたら、カレンダーが無いのは世界の終わりと同じってことだ。それで
新しいカレンダーを作る為に、生け贄の心臓を神に捧げてた。家の更新料みたいなもんだ」
「古代人の感覚は現代人には理解できないです」
「で、その隣にあるのがルイス・エチェベリア公園。あそこには犬がいる。野良犬だ」
「見所が無さすぎる」
アティリオの解説を聞いてるうちにゴンドラは終点となる。
それにしても、高山病を経験した身からすれば、ただでさえ標高が高い街なのに、さらに山の上に家を作って、高い位置まで上がろうとするのが不思議でならない。
低酸素トレーニングという訓練方法を思い出した。
スポーツ選手が体力作りの為に標高の高い山に行き、あえて酸素不足の環境でトレーニングをして、下山した後に酸素をより多く取り入れることで、驚異のスタミナを手に入れると聞いたことがあるが、メキシコ人は皆、オリンピック選手でも目指しているのか?
駅から出ると買い物した荷物を持って、閑散とした町の道路を歩く。
時折、平屋が並ぶ隙間から低層の町を見下ろすことができ、山の町にいるのだと実感する。
アティリオの家に到着すると、センスを疑うピンク色の外壁が目についた。
ピンクの壁以外はアメリカでも見かける、ごくごく普通のアパートだ。
壁の節々にひび割れが見受けられる。
裏通りのホテル街へ入り込むようで、いささか恥ずかしいものがある。
アティリオは玄関口で手招きをした。
「さぁ、入れハポネス。遠慮するな!」
「こ、これは……」
家の中へ招き入れられると戸惑ってしまった。
アメリカの田舎で安いモーテルに止まったが、壁は穴や壁紙が剥がれていたり、ソファーは何かの汚れが染み付いていたりと、嫌悪感を抱く内見だったが、デジャブでも起きたように、この家にも言えた。
それに、とても不衛生な臭いが部屋の中に漂う。
青空市で買った荷物をリビングに置くと、娘のアルセリアが顔をしかめながら話す。
「ねぇ? 家のシャワー使っていいから、身体を洗って。その、臭うから……後、髭も原始人みたいになってる」
そう言われて腕やシャツの中を嗅ぐと、ほんのり異臭が沸き上がり、やっぱりニオってたかと恐縮する。
俺は彼女の気遣いに感謝しつつ、羞恥から案内されたバスルームへ、いそいそと駆け込んだ。




