20夜 モンターニ・アルコイリス 虹の山
乗客が咳き込んだり嫌な顔をしながら何かを呟く。
座席に座る客は乱暴に窓を開けるなど、軽いパニックが起きていた。
その原因は紛れもなく隣に立つアティリオと俺だ。
何せ、俺は監禁生活でシャワーを浴びることが許されず、とうに腐った体臭を纏っている。
病院ではアルコールで全身を拭いてもらったが、汗をかいたことで臭いがブリ返す。
父のアティリオに至っては、吊革を掴んで腕を上げたことにより、ワキから臭い立つ物が空間を伝っていた。
アティリオは口笛を吹いて誤魔化すので、俺も、さも自分は関係ないという素振りで窓へ視線を逃がし、彼方へ過ぎ去る景色を眺めた。
メキシコシティは七色の横断歩道があるほど彩色豊かな街だが、ここは特に町並みが鮮やかな景色だ。
店や民家、ビルに至るまで外壁が黄色、緑、青、ピンク、紫とパレットにのせた絵の具を、手当たり次第、使ったように塗られている。
地区全体が千紫万紅、おとぎ話に描かれているような町だ。
ニ十分くらいバスに揺られた後に下車すると、またも町並みは変わった。
俺は新たな情景に目を見張る。
「おぉ……これは、また凄い場所ですね」
「俺や家族は見慣れた町だから気に止めんが、観光客からすれば絶景らしい」
新たにたどり着いた場所は、家を積み上げた山があった。
目の前の低い山に家屋が並んでいるだけなのだが、全体像を通して見ると屋根の上に家が建てられ、そのまた屋根の上に家が積まれているように見える。
この地区は妙なセンスを持っていて、家の壁や屋根が、七色に染まっていた。
まるで散らかった玩具を、子供部屋の隅に両手のブルドーザーで寄せ集めて盛り上がらせた塊に思える。
父娘について行くと、少年心をくすぐる乗り物を見つけた。
地上と山の中腹を結ぶロープウェイ。
低層と高層を行き来する足になっているようだ。
日本でも場所によって設置されている『都市索道』というやつだ。
町の上空を低空で飛行している気分が味わえ、アトラクションとしても楽しめる。
文無しの俺に代わり父のアティリオが、運賃を立て替えてくれた。
駅のホームはレールに吊り上げられた青いゴンドラが、工場のコンベアのように回っていた。
駆動音で聞き取りずらいが、駅員の案内に従い、回って来たゴンドラに乗り込むと、アティリオの重さが起因して箱の片側だけ傾く。
娘が気を効かせ、俺と父親とは反対の位置に移動して、体重のバランスを取った。
というより、密閉された空間でむさい男、二人の体臭に嫌気が差して、距離を取ったようにも見えた。
一瞬、箱が大きな横揺れを起こした後に出発。
ゴンドラが昇るに連れ夕日が沈み、町は薄暗くなって行き、群生のような建物から明かりが灯る。
眼下には真珠を散りばめた海かと思えるほどの、綺麗な夜景が姿を現した。
アティリオは観光案内するように声をかけた。
「ハポネス、後ろを見ろ。セロ・デ・ラ・エストレージャ国立公園だ」
娘の前で、はしゃぐオジサンとなった彼に言われ、その指差す方向を見ると、薄暗い日射しの中に丘が浮き上がっていた。
日が沈んだことで、何もない黒い山にしか見えない。
「有名な場所なんですか?」
「あそこは"星の丘"という場所でな。あの頂上に台地のピラミッドがある。五十ニ年に一度、『新火の儀式』という慣わしをやる」




