19夜 イスタパラパ地区 ティアンギス
「インスタパッパラパー?」
「イスタパラパだ!」
メキシコの地域名は呼びづらい名前が多い。
アティリオは軽妙なトークを交えながら娘と並んで歩く。
「メキシコシティ内の南東にある一番でデケェ行政地区だ。昔は治安も悪かったが、国が観光客を呼ぶためにテコ入れしたから、マシな町になった。と、言っても、スリが頻発するから、ポケットは常に用心しとけよ? そういや、スられるカネが無ぇか? ハハハ!」
彼のジョークに俺は苦笑いで答えた。
地下鉄を乗り継いでいるうちに日が沈み、目の前に広がる商店街は夕日に染まる。
町を紹介しながら歩く父親のアティリオ。
父と並んで歩く娘のアルセリア。
俺はその二人の後を、子供のように付いて行く。
地下鉄のイスタパラパ駅を出ると歩道には通行人、大通りは車とバイクがひしめき合っていた。
父娘は通行する車両が途切れるタイミングを見計らい、道を横断するので、俺は泡を食って二人の後を追いかけた。
車にクラクションを鳴らされ飛び込むように歩道へ到達すると、父娘はペースを崩すことなくグングン歩いて行くので、寸暇も無いまま二人の後を追いかける。
通りに面したコンクリートの外壁には、アメコミ調の落書きがそこかしらに描かれている。
心理学者が言うには、町の落書きと治安の悪さは密接な繋がりがあるのだとか。
そうは思いつつも、書き込まれた落書きは海外独特のセンスが光っていて、原題アートを無料で嗜んでいる気分になった。
紫色とピンクに染められた鉄柵を曲がると、露店が並ぶ通りは混雑が増し、行き交う人々の波にさらわれそうになる。
雰囲気から商店街へ入ったとわかった。
海外旅行好きとしては聞かずにはいられないスポットだ。
父のアティリオに訪ねる。
「混雑してますね? 客も多ければ店の品揃えも見たことない物が多い」
「【ティアンギス】って言う、メキシコの国中にある町や村で開かれる青空市だ」
「討伐モンスターみたいな名前だ。いわゆるバザールってことですね?」
「ティアンギスには料理、家具、生活用品、嗜好品。なんでも揃っていて、一級品からB級品までキリがねぇ。しかも曜日によって開いている店が変わるから、掘り出し物も、その時でしか手に入らねぇときたもんだ」
「宝探しのようで楽しそうです」
「楽しいぞ。なんせ古代文明から続いている伝統的な市場だからな。不思議の国に迷い込んだ気になる」
「古代から続いている? アステカ文明からですか?」
「ほぉ、よく知ってるな? 歴史が長いから店員は伝統を伝える為に、古代人の衣装を着て接客する店もある」
歩きながら商店街の空気を体感。
平屋が固まる店舗の向かい側にテントが張られ、テントは黄色、青、緑、ピンクと多様な色が使われており、全体を通して見ればセキセイインコのような色合いに見えた。
テントの下に絨毯を敷いて商品を並べる店主もいれば、棚を並べ立ち仕事で客を呼び込む店主と、商売の仕方は様々。
洋服屋は商品の並べ方が独特で、垂れ下がるロープに商品を引っ掻けて、洗濯物のように吊るす。
青果店を通りかかると、果物は宝石店のショーケースのように陳列されていた。
十歩進む度に果物の香り、スパイスの香り、煙と共に漂う焼いた肉の香りが、代わる代わる鼻腔をついてくる。
食品を扱う店は肉が痛まないように、焼いたり乾燥させたり、あらかじめ加工した物を並べている。
香りは素晴らしいものだが、露店に並ぶ肉にハエがたかっても気にしない店主もいれば、ハエ叩きでひたすら追っ払う店主など、日本では考えられない光景が目に飛び込む。
少し寄り道で、娘のアルセリアが店で食材を買い込み、父のアティリオが担いで荷物持ちをする。
気を利かせて俺も食材の入った袋を持った。
次にアティリオが服屋を訪れ、紐で吊るされた洗濯物と変わらない服を一式購入。
「ハポネス。着替えが無いだろ? これは貸しだから働いて返せよ」
そう言われ荷物の袋は更に増えた。
青空市を過ぎて、再び大通りへ出るとバスに乗る。
町の帰宅ラッシュに当たったのか、車内は乗客でスシ詰め状態となった。
俺とアティリオは車内の中間で立ち、娘のアルセリアは、わざわざ離れた後ろの方へ距離を取る。
密閉された空間で早くも異変が。




