18夜 イハ(娘) カノジョは正論を愛しすぎてる
娘は憎悪を込めて睨み、父親の肩へ革のハンドバッグをぶつけて、小さい声で問い詰める。
「もっと早くに連絡して。家に帰って来ないから心配したのよ? しかも、医者は銃で撃たれたって説明するし」
「すまなかった。それよりも、娘よ。パパの命の恩人を紹介するぞ。ハポネスだ」
紹介の仕方もそうだが、今の話を"それよりも"で、済ませる家庭がどこにあろうか?
父であるアティリオは窓際のベッドにいる、俺へ手を差し出しながら紹介したので、とりあえず会釈で彼女に挨拶した。
娘は眉を潜めて疑う表情でこちらを見ていた。
次にアティリオは娘に手を添えながら、こちらへ紹介した。
「ハポネス。俺の自慢の娘、アルセリアだ!」
どうやら彼女にとって、俺の第一印象は良くないらしいが、それはお互い様ではある。
父のアティリオは話を急展開させる。
「アルセリア。パパは、この男をウチのダブル・バイ・セップスとして雇う!」
「は? なに言ってるの?」
親子の会話に割り込み「それはボディービルダーのポージングです」と、訂正を加える。
この父親は誰に対してもマイペースを貫くのか、相手の反応などお構い無しに続ける。
「しかも、住み込みでだ」
「無理。ありえない。知らない男を娘がいる家に招き入れるなんて、常識的に考えられない」
「飯付き」が、いつの間にか「住み込み」に刷りかわっている。
畳み掛けるような正論に圧倒され、隣にいる自分が恥ずかしくなった。
「娘よ。この男は行く宛がない。それにパパを助けた"善きサマリア人"だ」
すかさず俺は誤りを正そうと話に割り込む。
「い、いえ、自分は日本人です」
「んぅにゃ。お前は善きサマリア人だ」
そう言いながらセニョール・アティリオはニカっと笑う。
一体なんの話をしているのか理解できない。
こっちの名前と言い、今後の方針と言い、何一つ俺の意見が反映されていないまま、全てが決まってしまった。
この押しの強さが、何らかのトラブルに繋がらなければいいのだか。
大男のアティリオは娘が「本当に大丈夫?」と不安な面持ちを見せてので、ヘラクレスのように両腕を上げダブル・バイ・セップスで元気をアピールした。
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入院は次の日まで続き、監禁生活により栄養を得られなかったので、点滴と病院食で失われた健康を取り戻そうと試みている。
アティリオにカネを借りて病院の売店でシャツと短パンを購入。
髭は相変わらず生やしたままなので、服を代えても、みすぼらしい姿は相も変わらず。
隣で病院食にガッつくセニョール・アティリオは一分足らずで食べ終わると、「飯が足りん」と不満を溢していた。
アティリオの娘が昼頃にやって来ると、世話しなく退院の準備を始めた。
彼は胸から腹にかけて包帯を巻き付けて、銃創の傷も塞がっていないにも関わらず、医者の制止を振り切って病院から逃げるように退院した。
彼曰く、「これ以上、カネは払えん」と言い、俺も巻き込まれる形で退院した。
俺に関して言えば、身分も所持金も連絡手段も犯罪組織に処分されたので、どのみち長くは入院を維持できない。
閑散とした町の病院を出ると、親子とおまけ一人の三人は都市バスと地下鉄を乗り継いで移動する。
地下鉄の騒音の中で父親と娘は、見ず知らずの俺に会話を悟られないよう、スペイン語で何やら話し合いをしていた。
「ポル、ケ、ディシディスタ、ポル、トゥ、クエンタ?(なんで勝手に決めたの?)」
「ロ、ラメント。ペロ、エスタス、エン、コントラ、ベルダ?(すまなかった。でも反対するだろ?)」
「ポル、スプエスト!(当然よ!)」
腕と足を組んでそっぽを向く娘のアルセリアは、話す度、不機嫌になっていく。
言葉は解らないが、その態度と表情は俺が原因で機嫌を損ねたことを物語っている。
気まずさを紛らす為、窓の外へ視線を逃がすも、トンネルの照明がレーザーのように端から端へ消えるだけだった。
父のアティリオに声をかけられ、降りる駅に到着。
地下から上がり駅のホームに出ると、人でにぎわう町並みが目に飛び込んだ。
セニョール・アティリオは町へ手をかざしながら、何かのショーでも見せびらかすように言った。
「ハポネス。よく来たな? ここが俺達、家族が暮らす町【イスタパラパ】だ!」




