17夜 バイ・スタンダー 通りすがりの人
ここに至るまでに、現地のメキシコ人に騙され、臓器売買で危うく内臓を抜き取られるところだった。
助けた怪我人どうこうよりも、顔半分のタトゥーと風貌を見て、信用しろというのは無理がある。
俺は丁重にお断りした。
「申し出はありがたいのですが、日本大使館にたどり着ければ帰国できるので、その必要は無いかと」
「大使館だって役人だ。手続きに時間がかかる。その間は面倒を見てやる。飯だって食わせてやるぞ。ウチのお袋のチラキレスは絶品だ!」
「いや、本当に……」
「それだけではない。お前を救命士として"雇いたい"」
「はい?」
借金取りじゃないのか?
救急救命士を雇いたいって、一体、なんの仕事をしているのか?
忖度無く聞いた。
「カネを取り立てるのに救急救命士が必要なんですか?」
「カネの取り立ては俺の仕事だが、ハポネスには命を救う仕事をしてもらいたい」
「話が見えないです」
「俺はこの街で"民間救急車"を営業している」
「民間……救急車?」
「前に雇っていた救命士が辞めてしまってな。困っていたところだ。飯付きで雇うならどうだ?」
「しかし、救急救命士は医者の監督下でないと処置が出来ません。救急車に乗っているから、何でもできるというわけでは」
「居るだけでも構わんさ。オブザーバーってヤツだ」
"居るだけ"。この言葉を鵜呑みにして良いものか?
「ですが、海外で救命士として働くには、資格の再取得が必要でして。日本の資格のまま救命処置をするのは違法になります」
「んん? そうなのか? 面倒だな。だが、こうやって俺を手当てしたではないか?」
引かないな? このオジサン。
「あくまで、バイ・スタンダーとして手当て出来る範囲で処置したまででして」
「エソ・エス!(それだ!)」
「え? 何語?」
「その、バイ・セクシャルとして雇う!」
「バイ・スタンダーです。職業ではありません」
「おぉ! これは運命の女神モイラのお導きだ!」
「あの、人の話を聞いてますか?」
セニョール・アティリオは両手を掲げて、天空に居るであろう何かに感謝をした。
そこへ、この病室へ向けて女性の声が響いた。
「パパ!」
その呼び声にセニョール・アティリオは「おぉ~、娘よ!」と呼応しながら、手招きした。
む、娘!?
セニョールは四十過ぎに見えるので、別段、不思議ではないのだが、驚くのは娘と名乗る女性の外見だ。
父親に負けず劣らず、凶悪なルックスをしている。
声の主に焦点を当てると、あまりにも病院に似つかわしくないパンキッシュな見た目の女性が、入り口に立っていた。
院内では他の患者に気を使い、静かにするのが原則だが、見た目だけでも充分に騒がしい。
黒で統一されたレザージャケットとレザーのミニスカート、その下には紫のレギンス。
ジャケットにしろスカートにしろ、トゲトゲしい金具が、ボタンや袖口に散りばめられている。
白いシャツのインナーは肩から胸にかけて開かれており、雪原のような肌を露出させていた。
くるぶしを隠した黒いブーツのかかとを、カツカツと鳴らしながら、室内へ入って来る。
近づく顔もまた強烈だった。
赤とオレンジで染め上げ上げたウェーブボブをフワリと浮かせており、毛先が揺れる度、紅蓮の炎がメラメラと燃えているような印象を与える。
顔はせっかく目鼻立ちが整っているにも関わらず、あえて崩すようなメイクとアクセサリーで彩る。
眉の下に描かれた紫のアイシャドーは、まぶたからはみ出し、尾を引いたように伸びる。
顔のパーツでもっとも目を引くのは、右の鼻翼に取り付けた銀のピアスだ。
視線を合わせようとすると、どうしても鼻ピアスに目線が引き寄せられる。
ただ、濃いメイクと尖ったアクセサリーのせいか、彼女の美白肌が、かえって際立つ。
更には開けた真っ白な鎖骨にタトゥーが刻まれており、赤いインクで描かれた羽の無い小さな竜が、可愛く炎を吐いている。
もはや、小悪魔を通り越してサキュバスやメデューサのような悪魔に思えた。
アクション映画やバイオレンス漫画なら、悪役のポジションが宛がわれるに違いない。
とはいえ、近くで見ると顔に幼さが垣間見えた。
歳は十代くらいと見ていいのか?




