16夜 俺のトコに来ないか?
熊のような大男、セニョール・アティリオは思い出したように、苛立ちながら自身の経緯を話す。
「まったく、ひでぇ目にあった。カネの取り立てに行ったら、口論の末に銃で撃たれてなぁ。で、病院へ行く途中で、お前さんに助けられたわけだ。ハポネスは命の恩人だ!」
「ど、どうも……」
カネの取り立てって言ったのか?
この人は借金取りか何かか?
確かに顔のタトゥーや風貌を見れば、まともな仕事はしていないのは、一目瞭然。
助けたとはいえ厄介な人物に関わったと、今更ながら後悔している。
寝起きで目が冴えないせいか、セニョール・アティリオの顔を呆然と眺めていると、彼は怪訝な表情で聞いた。
「どうした? 俺の顔に何かついているか?」
これ、何かのツッコミ待ちか?
顔の半分に鋭利なタトゥーを入れておいて『顔に何かついているか?』なんて、
「おぉ! そうか、このタトゥーか?」
こちらが伏せ目がちに首を落として返事をすると、アティリオは納得した。
「この顔でカネの取り立てに行くとな、相手はビビって言うことを聞くのさ。なかなかに便利なタトゥーだ。まぁ、今回はビビらせ過ぎて銃で撃たれたがな」
そういいながら彼は豪快に笑った。
まず彼と路地裏で出会った第一印象。
熊みたいな男。
第二に今、彼と話した印象。
かなりヤバイ人。
総合的に見て考え直した印象。
かなりヤバイ熊男のオジサン。
アティリオは顎に手を当てながら、思案している素振りを見せた。
「命の恩人に礼がしたい。とはいえ、カネがあるわけでもないのだが」
「いえ、救急救命士として当然のことをしたまでです」
「そうだ。救命士だったな?」
「"元"です。仕事を辞めてメキシコ旅行に来たのですが、日本に帰れなくて」
「帰れない……何か訳ありか?」
どこから話せばいいか?
端を折ってメキシコ旅行でタクシーに乗り、何かの薬品で眠らされると臓器売買のブローカー達に拉致監禁され、謎の襲撃事件に遭遇し、どさくさに紛れて逃げてきたところまでを話した。
セニョール・アティリオは感慨深く唸ってから言った。
「なるほどな……メキシコでは、よくある話だ」
「え? よくある話?」
「臓器ビジネスに手を出し麻薬カルテルが、移民や観光客を片っ端からさらって、商品として犯罪組織に売るんだが、カルテルの敵対勢力が商売敵を潰して裏市場を独占する為、誘拐した人間ごと殺す」
俺は息をのんで話に聞き入る。
「何年か前にグアテマラとの国境に近いメキシコ南部、チアパス州で麻薬カルテル同士が殺し合った。ハッキリはわからねぇが、臓器売買に絡んだ殺し合いらしい。奴らはイカれてるから、抗争なんて日常茶飯事だ」
俺はそんな非人道的な事件に巻き込まれていたのか?
改めて考えると手足が凍えるように震えてきた。
疑問は更に増したので彼に聞いた。
「あの、自分はタクシーに乗って、そこから拉致されたのですが、アレは一体?」
「どんなタクシーだ?」
「車の前から屋根にかけて、ピンクのラインがあったような……」
「そりゃぁ、Libreだな」
「リブレ?」
「"流しのタクシー"というヤツでな。昔っから旅行客が強盗や誘拐に巻き込まれるタクシーだ」
「タクシーが犯罪を?」
日本では聞き慣れない話に絶句する。
さもありなんとばかりにアティリオは言った。
「それでも、リブレよりヒデェ車の話は聞く。大方、お前が乗ったタクシーは臓器ブローカーのお使いをしてたんだろう」
もはや、メキシコという国が嫌いになった。
大男は俺の顔をマジマジと見つめて、何か言いたそうな素振りを見せる。
この半面がタトゥーに刻まれた顔に見つめられると、取って食われるのではないかという、恐怖を覚える。
名案が出せたのか、ある提案を持ちかけた。
「なぁ、ハポネス。カネと行く宛がないなら、俺のトコに来ないか?」
「え?」
どこかの歌で聞いたようなフレーズに戸惑うが、これまでの自身の歩みを考えれば、願ってもない提案なのだが……。




