15夜 fin・デ・ラ・ペサディーヤ 悪夢の終わり
窓側のベッドへ寝かされると、強くなった雨音に多少の不安を感じる。
滴と共に吹き付ける雨と風。
夜空を引き裂く雷。
それらに耐えるガラスが震える度、窓が割れるのではないかと落ち着かかない。
顔を背けると隣のベッドでは、俺が搬送した熊ような大男が手術を終えて眠っていた。
適切な治療を受けた彼を見て、居合わせた者の義務を果たすことが出来たと安堵し、これまでの疲れが津波のように押し寄せて来た。
段々、意識が遠退いて行くと、路地裏で大男が苦しそうに言った声が脳内で反響する。
――――救急車はカネがかある――――
治療中に看護師の説明で、ここは医療を安く受けることができる公立病院だと知らされた。
彼が公立病院を選んだのも、カネが理由かもしれない。
メキシコの私立病院は清潔で医療設備は世界水準と変わらないほど、充実した治療が受けられる。
変わりに破格の医療費がかかる為、所得が低い層はその恩恵を受けにくいと聞いた。
私立病院は患者がカネを払ってなんぼということだ。
対して公立病院は私立よりも安く診察や治療が受けられ、保険制度によっては無料にもなる。
大男を運んだ公立病院は、思いの他、室内は綺麗で話に聞くほど劣悪な環境ではないようだ。
それだけでも安心して治療を受けられる。
+++
太陽が爆発したのかと思えるほどの白色の眩しさが眼を焼いた。
まぶたを閉じたり開いたりと繰り返すことで、日射しに慣らしていた。
昨夜の雨風は嘘のように止み、お日様は嵐など知らなかったように顔を出していた。
しばらくの間、日の光を奪われていたので、身体を寝かせていても目眩がする。
よりによって窓側のベッドなので太陽が昇れば、否応なでも目が覚める。
周囲を見回しながら手でシーツを掴み、足のかかとをベッドへ擦り付け弾力を確かめる。
現実に病院へいるのだと自分に認識させる。
終わったんだ。
あの悪夢だった監禁生活も銃撃による跳弾の嵐も、全て終わった。
隣のベッドで眠っていた熊のような大男が目を覚ます。
同じく窓の日射しにまぶたを焼かれ眩しそうにしていた。
大男と視線が合ったので軽く頭を下げて挨拶すると、彼は友人に久しぶりにでも会ったかのように笑顔で挨拶を返した。
入院あるあるだが、院内では絶対安静の為、やることが無い。
ベッドが隣になると、どうしても患者は話さずにはいられなくなる。
「にしても、助けられた相手と入院とは、おかしなこともあるもんだ。お前さん。俺よりもヒデぇ怪我してるぜ?」
銃創の怪我も大概だが、負傷者を搬送した人間がミイラになるまで治療を受けるのだから、世話がない。
大男は怪我のことなど忘れたのか、こちらを質問攻めにする。
「アンタは中国人か? それとも韓国人?」
「いえ、自分は日本人です」
「ハポン?」
「ん? なんですか?」
「あぁ、わからねぇか。英語で言うジャパンだ」
あぁ、スペイン語でハポンは日本なのか。
「ジャパニーズはスペイン語でハポネスだ。だからアンタはハポネス」
海外特有の強めの物言いに押されてしまい、俺は愛想笑いで返しながら「おっしゃる通り」と言った。
「俺の名前はアティリオだ」
「どうも、ミスター・アティリオ」
「おいおい、メキシコはスペイン語の国だ。それを言うならセニョールだ」
「なるほど。宜しくセニョール・アティリオ。俺は漣・琉生人です。ルイト・サザナミ」
「んん? サーザー……日本人の名前は呼びづらい。ハポネスでいいだろ?」
名前をねじ伏せられることがあるとは、初めての経験だ。
これがメキシコの作法なのか?




