14夜 ウマノ・デ・カジェヘロ 野良人間
脳は考えと行動の矛盾に痺れて麻痺してきたが、身体は手際よく手当てを始める。
海外ドラマや映画で見るような場面を、現実に自身がやることになるとは、思いもよらない。
まず、自分の袖やズボンを出来る限り破く。
銃弾の嵐を命からがら逃げて来たものだから、服は擦り傷で穴だらけになり、指を入れて引っ張れば、簡単に引き裂くことが出来た。
次は雨に濡らして絞り、生地の汚れを極力落とす。
ガーゼの代わりにするつもりだが、雨水に濡らした程度では、その汚れは落ちないし、雨水だって科学物質を含んでいるので、人体への害は否めない。
それでも流血を止めなければ、出血性ショックで心停止を起こす。
傷口を強引にでも塞ぐのが第一だ。
破いた布を結んで長い帯にしてから、大男の脇腹へ巻き付ける。
なるべく強く帯を結び傷口が開かないようにする。
めいいっぱい縛ったものだから、大男の痛み耐える声が聞こえた。
「とても傷口を塞いでいるとは言えませんので、病院に行って適切な治療する必要があります」
手当てをしたはいいものの、スマートホンもなければ、見知らぬ地域をさ迷っているから、救急車を呼ぶことすらできない。
「貴方は電話を持っていますか?」
「持っているぞ」
「それで救急車を呼びましょう」
「ダメだ。救急車は呼ばない」
「はい? 今すぐ呼んで搬送しないと」
「救急車はカネが掛かる」
「カネよりも貴方の身体が優先です」
「ダメだ! とにかく無駄なカネは使えん。病院なら三ブロック先にある。歩いて行ける所だ」
「この怪我で歩いて病院ですか? 無理です」
「怪我してるが、やわじゃねぇ」
大男はそう言いながら立ち上がるが、かなり出血したと見られ、貧血を起こしたようだ。
よろめき壁に持たれるので、すかさず彼の腕の下へ頭をくぐらせて体勢を支えた。
「病院へたどり着く前に意識を失いそうですね。肩を貸します」
ただ、監禁生活もあり、こちらの体力と腕力は、すっかり衰えていた。
な、なんて重いんだ!?
ガタイから予想してたが、これで三ブロック先まで歩いたら俺まで倒れそうだ。
救急救命士として体力作りはしていたが、それでも支えきれない。
後――――ワキの臭いがキツイ!
踏ん張れよ、俺!
+++
「ここだ……」
熊のような大男の指示で三ブロック先の病院まで到着した。
うぷっ……かれこれ三十分、ワキガの臭いにさらされてたから、気分が悪い。
雨で臭いが薄まっていたのが、せめてもの救いだ。
たどり着いた病院の外観は質素で、平たい建物が赤い柵に囲まれていた。
入り口の看板にはアルファベットで「ホスピタル・ミルパ・アルタ」と書かれていた。
ずぶ濡れのまま、自動ドアを通り受付まで歩みをすすめると、女性看護師は口に手を当てながら驚き、こちらへ駆け寄って具合を確認してから、大慌てで医師を呼びに行った。
幸い英語が解る医者が来たので、俺が救急救命士であることを伝え、怪我の具合を詳細に説明して終わるはずだった。
が、病院の人達は駆け込んだ俺を見て、天地がひっくり返った顔を見せた。
なぜなら負傷者を運んだ俺もまた、負傷者だからだ。
臓器ブローカーから凄惨な暴力を振るわれて出血した鼻血は、赤黒く変色して固まり、目や額、頬は腫れ、腕や足に紫色のアザが浮き上がっていた。
服は銃撃の嵐をくぐりぬけたり、応急措置の為に破いたりとボロボロ。
しばらくの監禁生活で髪も髭も伸び放題で、端から見れば、無人島の漂流生活から生還したように見えるだろう。
大男とは別の部屋に押し込まれると、あっちこっち消毒液まみれにされた後に、ガーゼと包帯でミイラにされた。
治療が終わると院内のベッドに移動してから寝かされる。
身体をシーツに預けると溶け込むように力が抜けた。
何日ぶりかは解らないが、遠い記憶と思えるくらい柔らかなベッドの上に寝ることが出来た。




