2夜 アンブランシア 救急車
彼女はヘッドホンを装着すると、扉を足で乱暴に蹴って開き、素早くグリップを握って構える。
花のクキと変わらない細さの指先で、引き金を引いた。
車内の壁は百万もの稲妻が数千倍の早さで明滅を繰り返し、世界中の落雷をこの場に落としたような銃声が鳴り響いた。
狭い車両の後部で銃撃の音が反響し、両耳を叩かれる衝撃が襲い来る。
たまらず俺は耳を手で強く押さえ、頭を座席に沈めた。
鼓膜を爪で引き裂かれるような衝撃で、気が狂いそうになった。
銃撃の反動で車体が揺れ、車両すらも今の銃撃に怯えている。
銃器はベルトに差し込まれた、いくつもの弾丸を流し作業で飲み込み、火を吹きながら発射していた。
その様は炎を吐き、人が作り上げた文明を燃やし尽くすドラゴンだ。
吐き出された弾丸は無造作に停めたワゴン車や四WDの一団を、次々と蜂の巣に変え、それを囲んでいた「輩」たちを追い払っていた。
四WDが煙を上げながらボンネットを開け、引火すると火花を散らして爆発。
夜の闇を一瞬だけ眩い光で照らした。
昔見た映画で人型の殺戮サイボーグがガトリング銃で車を破壊しまくる、痛快なシーンがあったが、この光景は痛快とはほど遠い、悪夢そのものだ。
銃弾のベルトが最後まで飲み込まれ、弾を撃ちつくすと、少女は銃器を引っ込め、素早く扉を閉めてから指示。
「パパ! 行って!」
「ビエン・エチョ!(よくやった!)」
熊男はギアをバックに入れ、アクセル全開で踏み込み、道を塞いでいた無惨な車の一団へ突撃し活路を見出だす。
トラックほどのサイズがある車両にワゴン車や四WDが対抗できるわけもなく、ボディのひしゃげる音と共に弾き飛ばされた。
運転手の熊男は素早くハンドルを切ってから、ギアをドライブに入れ、来た道を再び走る。
機嫌を取り戻した一家の長は、自分の娘を褒め称えた。
「ハハハ! イイぞ娘よ! 狂気の夜らしくなってきたぜ。まさに月狂だ!」
八方塞がりの状況を脱したと解り、俺は頭を上げ両耳から手を離すが、激しい銃撃は鼓膜を狂わせてしまい、周辺の音も自分の声さえもよく聞こえない。
それゆえに、銃器を抱える彼女へ大声で詰め寄った。
「なんだよコレぇ!?」
鼻ピアスの彼女は親切のつもりなのか、銃器に手を添えながら解説する。
「ブローニングM重機関銃。アメリカ軍にも採用されている銃火器で、総弾数は百一〇発。有効射程は二千メートル……」
「えぇ!? 何!?」
「ブローニング……」
「武器の説明が聞きたいんじゃない! なんで"救急車"に機関銃が積んであるんだ!?」
夜の町に甲高いサイレンが鳴り響く。
雑居ビルに赤と青の光が交互に入れ替わりなが、壁を照らしていた。
彼女は、さも当然とばかりに言葉を付け足す。
「これくらいの武器がないと殺されるから」
「殺されるって……」
十代の女性は息を吐くように答えた。
気が動転したことで、俺の怒りは納めどころを完全に見失った。
「アンタら頭おかしいのか!? さっきの機関銃で誰か死んだら……」
救急車を運転する熊男は物怖じすることなく話を突っぱねた。
「ぁあ? だから何だよ?」
「何だよって……」
「銃を撃てば誰かが死ぬ。常識だろ」
「じょ、常識?」
「カネの無い悪人ほど無価値な物はねぇ。地獄へ送る手伝いをしても、バチは当たらねぇ」
パニックに陥り、どう反論すべきか思いつかない。
顔の左半分に爪痕のタトゥーを刻む大男は、呆れながらも啖呵を切る。
「日本人。お前はまだ、どこにいるか解ってねぇようだな?」
「はぁ!?」
「いいか? ここは天国から一番遠く、楽園の最下層にある堕天使の掃き溜め【メキシコ】 一ブロック先にあるのは地獄だ」
【ルナティコ・アンブランシア ~メキシコを暴走する海賊救急車~】




