11夜 ウィツィロポチトリ 心臓を捧げよ
何日経過したか解らない。
伸びた髪や肌は油でベタつき、髭も埃が引っ付くほど生えていた。
風呂もシャワーも無い場所で、複数の人間が集められているせいで、倉庫内に異臭が漂ってきた。
ろくに食事も与えられず、空腹で次の食事が待てないからか、時の刻みが長く感じ何週間も監禁されている気がする。
食事もコップに濁った水と、しおれたパンくらいだ。
とても空腹を満たせる量ではない。
どうだろうか、実際は数日かもしれないが、窓を締め切られた倉庫では昼夜の区別がつかない。
突然、倉庫の扉が開き、軋む物音を響かせた。
外界の風景が目に飛び込む。
扉の先も暗く、外は夜なのだと解った。
侵入してきた武器を持つ男達に驚き、監禁生活を共にする人達は、逃げ場のない壁へ追い詰められる。
「アリネアロ・エン・ラ・パレッド!(壁に並べ!)」
武器を持った男達は、おそらく命令であろう指示を叫びながら、逃げようとする人達をライフルで殴った。
スペイン語が解らない俺は、壁に立って並ぶ監禁された人達に習って、同じように並んだ。
そこへ聞き馴れた言語が倉庫内に響く。
「おいおい、大事な商品なんだぞ? 大切に扱え」
英語と共に中へ入った来たのはアメリカ人。
グレーのスーツを着こんだビジネスマン風の白人男性だ。
白人だけじゃない。
倉庫の入り口から様々な人種の男達が、ゾロゾロと無作法に中へ侵入してくる。
中国人らしき男、肌が小麦色のラテン系の男、アフリカ系の黒人の男。
他人種の男達は壁に並んだこちらへ歩みより、腕を掴んでは肌の感触を確かめ、顎を掴んで顔色を眺めていた。
白人の男が"商品"などと口走っていたが、それこそ品定めをするように、監禁された人々を物色している様だった。
中国人の男は俺の前に立つと、腹に手を当てて力強く圧迫した。
咳き込む姿を見て何か満足したらしく、そこから立ち去った。
スキンヘッドの男がアメリカ人へ一方的に話しかけると、ビジネスマン風の白人男性が不機嫌に要望した。
「スペイン語はわからん。誰か英語が話せる奴はいないのか?」
ラテン系の男が双方の間に入り、通訳を始めた。
どうやら、この男は多人種の意思疎通を計る役割を持っているらしい。
武器を持つ男達は、パイプ椅子を他人種のゲスト達へ渡す。
彼らは輪を作り、円卓の会議の様相で話を始めた。
中国人がつたない英語の発音で言う。
「ワタシ、腎臓ト膵臓ヲ、貰ウヨ」
それにアメリカ人が続く。
「こっちは心臓と肺でいいな?」
ラテン系の男がアフリカ黒人の言葉を通訳する。
「我々は小腸と大腸を買います」
話がまとまったのか、アメリカ人はそれぞれに念を押した。
「血液は分量を均等に割る。いいか? 一CCでもちょろまかすなよ」
日本で平凡に生活していた自分が、こんな非現実的な場面に出くわすなんて、信じられなかった。
これは臓器売買の取引だ。
パイプ椅子から男達が一斉に立ち上がると、ライフルを突きつけて、監禁された人々を乱暴に歩かせた。
入り口まで歩かされると、倉庫の前に停車している数台のトラックが見えた。
この後のことは絶望的な未来しかない。
俺を含めて監禁生活をしていた人達は、このままどこかへ運ばれて、運ばれた先で手術を受けて内臓を全て抜き取られてから、闇市場で売られる。
この息苦しい倉庫から何日ぶりかに解放された。
体感では何十年も倉庫に閉じ込められていた気分だ。
なのに外界は今にも雨が降りだしそうな曇り空で、俺達を歓迎する気がない。
外の空気を吸えたのは束の間、一歩一歩、今度は倉庫よりも苦痛を強いられるトラックへ足を進める。
これまでの疲労と肉体への暴力で、思考は止まり、恐怖は一旦、麻痺している。
脳が死んだ状態で歩かされていた。
なので、目の前で何が起きたか、直ぐには察知できなかった。
俺に容赦ない暴力を振るった、スキンヘッドの男が先頭を歩く。
――――――――後頭部から霧のような物を噴射した後、膝から崩れ落ちる。
スキンヘッドの男の頭から、赤い液体が流れ出て、地面に血の池を作った。




