10夜 ティトラカワン 我々を奴隷とする者たち
目が覚めると人の顔が見下ろしていたので、驚いてのけぞる。
「おぉ!?」
危害を加える人物から身を守る為の行動だったが、その必要はなかった。
意識を失う前に襲って来た人間達とは違う、か細い少女が目の前にいた。
体格からして高校生くらいか?
海外の子供は日本人の子供と違い、見た目の成長が早い。
アメリカで中学校から出てくる長身の学生を見たことがあるから、もしかしたら中学生くらいだろうか?
日に焼けた肌で赤茶けた髪の少女は、シャツにデニムの短パン姿で、服の節々に泥のような汚れがついていた。
彼女だけじゃない。
周囲を見回すと性別も年齢もまちまちの人達がいた。
数はざっと七人くらい。
おそらく俺と同じような境遇で、この場にいるのだろう。
特に手足を拘束されている様子もない。
俺も意識を失う前はロープで縛られていたが、ほどかれて手足の自由が利く。
海外のニュースで読んだことがあるが、間違いない。
これは人身売買で集められた人達だ。
自分には遠い世界の出来事だと思っていたのに、まさか自分がこんな卑劣な犯罪の被害に合うなんて、夢にも思わないし、悪い夢なら早く覚めてくれと切に願う。
「ここは、どこだ?」
誰でもいいから状況を教えてほしかった。
目を合わせた少女に聞くと、彼女は俺の知らない言語で話した。
「ソコロ!(助けて!) エステ・ルガール、ノ・メ・グスタ!(この場所、嫌だ!)」
「ごめん。スペイン語かな? 俺は英語しかわからない」
倉庫の扉が開いて武器を構えた男達が侵入して来た。
その中からスキンヘッドの男が近寄り、少女の赤い髪を引っ張り乱暴を働く。
「おい!? 手を離せ!」
自分が合わせ持つ倫理と正義感から、少女を助けなければと盾になった。
後になって、それは悪手だと思い知らされる。
俺が強引に間に入ったことでスキンヘッドの男は手を離したが、それにより逆上。
男は何かを叫びながら俺の顔を殴る。
迸るような痛みが頬に広がった。
こちらが床へ伏せると、スキンヘッドの男は容赦ない暴力を続ける。
嵐に耐える小動物のように俺は暴力の波に耐える。
スキンヘッドの男は気が済んだのか、俺の顔に唾を吐きかけて去っていく。
俺は伏せったまま自身のダメージを確認した。
顔面を殴られたことで鼻から出血している。
今、起き上がれば鼻の出血は酷くなる。
しばらく横になり、出血が治まるまで待とう。
なんにしても腕、足、腹と打撲の痛みで起き上がれない。
手で痛みを感じるところを探り、骨折していないかまさぐる。
幸いにも倒れた時に受け身の姿勢を取ったからか、骨折している箇所はなさそうだ。
とは言え、本当に力任せに暴力を振るわれたので、その激痛は皮膚を貫通して内臓まで痛め付けた。
呼吸する度に痛みが電流のように駆け巡る。
こういう時に元救急救命士の経験が役に立つ。
ただ、現状を考えれば嬉しくはない。
少女が俺のことを気遣ってくれる素振りを見せたが、俺は視線を合わせることはしなかった。
情けないが彼女を庇ったことで、代わりに俺が暴力により無残な姿になった。
むしろ、こんな惨めな思いをしたのは彼女のせいだとすら考えてしまった。
少女はスキンヘッドの男に腕を乱暴に掴まれて連れていかれる。
彼女が俺に視線を送りSOSを発したが、俺は顔を背けて見ないふりをした。
何も見ず何も聞かないことにすれぱ、それは何も起きなかったのと同じ。
そう、自分に言い聞かせた。




