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ルナティコ・アンブランシア ~メキシコを暴走する海賊救急車~  作者: にのい・しち
月狂1 CDMX(セーデーエメクス)

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10/24

10夜 ティトラカワン 我々を奴隷とする者たち

 目が覚めると人の顔が見下ろしていたので、驚いてのけぞる。


「おぉ!?」


 危害を加える人物から身を守る為の行動だったが、その必要はなかった。

 意識を失う前に襲って来た人間達とは違う、か細い少女が目の前にいた。

 体格からして高校生くらいか?

 海外の子供は日本人の子供と違い、見た目の成長が早い。

 アメリカで中学校から出てくる長身の学生を見たことがあるから、もしかしたら中学生くらいだろうか?

 日に焼けた肌で赤茶けた髪の少女は、シャツにデニムの短パン姿で、服の節々に泥のような汚れがついていた。


 彼女だけじゃない。

 周囲を見回すと性別も年齢もまちまちの人達がいた。

 数はざっと七人くらい。


 おそらく俺と同じような境遇で、この場にいるのだろう。

 特に手足を拘束されている様子もない。

 俺も意識を失う前はロープで縛られていたが、ほどかれて手足の自由が利く。


 海外のニュースで読んだことがあるが、間違いない。

 これは人身売買で集められた人達だ。


 自分には遠い世界の出来事だと思っていたのに、まさか自分がこんな卑劣な犯罪の被害に合うなんて、夢にも思わないし、悪い夢なら早く覚めてくれと切に願う。


「ここは、どこだ?」


 誰でもいいから状況を教えてほしかった。

 目を合わせた少女に聞くと、彼女は俺の知らない言語で話した。


「ソコロ!(助けて!) エステ・ルガール、ノ・メ・グスタ!(この場所、嫌だ!)」


「ごめん。スペイン語かな? 俺は英語しかわからない」


 倉庫の扉が開いて武器を構えた男達が侵入して来た。

 その中からスキンヘッドの男が近寄り、少女の赤い髪を引っ張り乱暴を働く。


「おい!? 手を離せ!」


 自分が合わせ持つ倫理と正義感から、少女を助けなければと盾になった。

 後になって、それは悪手だと思い知らされる。


 俺が強引に間に入ったことでスキンヘッドの男は手を離したが、それにより逆上。

 男は何かを叫びながら俺の顔を殴る。


 (ほとばし)るような痛みが頬に広がった。

 こちらが床へ伏せると、スキンヘッドの男は容赦ない暴力を続ける。

 嵐に耐える小動物のように俺は暴力の波に耐える。

 スキンヘッドの男は気が済んだのか、俺の顔に唾を吐きかけて去っていく。


 俺は伏せったまま自身のダメージを確認した。


 顔面を殴られたことで鼻から出血している。

 今、起き上がれば鼻の出血は酷くなる。

 しばらく横になり、出血が治まるまで待とう。

 なんにしても腕、足、腹と打撲の痛みで起き上がれない。

 手で痛みを感じるところを探り、骨折していないかまさぐる。

 幸いにも倒れた時に受け身の姿勢を取ったからか、骨折している箇所はなさそうだ。


 とは言え、本当に力任せに暴力を振るわれたので、その激痛は皮膚を貫通して内臓まで痛め付けた。

 呼吸する度に痛みが電流のように駆け巡る。


 こういう時に元救急救命士の経験が役に立つ。

 ただ、現状を考えれば嬉しくはない。


 少女が俺のことを気遣ってくれる素振りを見せたが、俺は視線を合わせることはしなかった。


 情けないが彼女を庇ったことで、代わりに俺が暴力により無残な姿になった。

 むしろ、こんな惨めな思いをしたのは彼女のせいだとすら考えてしまった。


 少女はスキンヘッドの男に腕を乱暴に掴まれて連れていかれる。

 彼女が俺に視線を送りSOSを発したが、俺は顔を背けて見ないふりをした。


 何も見ず何も聞かないことにすれぱ、それは何も起きなかったのと同じ。

 そう、自分に言い聞かせた。

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