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勇者がヒモになったなら  作者: ひーらぎ
4章「勇者の、ヒモの、おれの選択」
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20/31

4章「勇者の、ヒモの、おれの選択」2

今作品は、C90「よろづ屋本舗」にて販売した作品となります。


 昨日の大雨が嘘のように晴れて、セミの鳴き声が聞こえそうな暑い日だった。

「ったく、まだ六月だってのに」

 一郎がタバコを咥えて店から一歩外へ出ると、商店街のアーチを潜ったひと組の男女が肩を並べてゆったり歩いて来るのを見つけた。スーパーの袋を持つ男へ寄り添う女の方が頭一つ分背が高いのもあり、パッと見仲がいい姉弟とも受け取れる組み合わせだ。

「どれくらいできてるかな。楽しみだね」

「昨日雨で中止だっただろうし……一昨日とそんな変わってないと思うぜ」

「ちょっとは進んでるって。早く完成しないかなぁ」

 聞こえてくるのは何でもない日常の会話。しかし、それが何よりの幸せと眩しく微笑む女は間違いなく『姉』ではなく『彼女』の顔をしていた。男もまた、たわいもない日常のひとコマを愛おしそうに笑うのだから、近づくたびに『姉弟』から『気持ちのいいカップル』へ認識が改まっていく。

 すぐ近くまで来た二人を見ていると自分の青春時代まで蘇ってきそうで、一人恥ずかしさで悶えそうになってしまう。

「今日も仲がいいな、お前さんらは」

 つい冷やかしの一つでも、と声をかけると、

「おはようございます。いつも通りだと思いますけど」

「いつもそのテンションなのか……なんつーか、若いカップルってのは何でもかんでも初々しくておっちゃんは見てて楽しいよ」

「嶋さんのとこだって仲いいじゃないですか」

「バカ言うなよ。あんな鬼嫁……昨晩だって――」

「アンタ! そんなとこで油売ってないで客引きの一つでもしたらどうだい!」

「わぁってるよ! ったく……。まぁこんな感じだ。お前さんたちは平気だろうけど、アルト、お前も気をつけろよ? 今は可愛くても結婚したらどうなることか……」

 急に飛んできた怒声を適当にやり過ごした一郎が品田アルトの肩を叩いた。そして、あははと苦笑する深雨をにやりと流し見る。

「で、深雨ちゃんはこの馬鹿野郎をしっかり躾てやんな。夫婦円満の秘訣は主導権を握ることだ。尻に敷いちまえば男は逃げられねぇのよ」

「いいこと聞いちゃいました。平気ですよ。アルトはわたしのこと大好きですから」

「若いねぇ~。若い、羨ましい限りだ!」

「そんなことないですよ~。もうお酒だって飲めるんですから、大人です」

「俺からしたらまだまだ子供よ、子供」

 ガハハ、と豪快にひと笑いしてから、

「で、今日も見に来た、と」

「今日は臨時で働いてる店も休みなので。アルトと下見デートってわけです」

 ギュッ、と更に寄り添った二人へ目を細め、すぐ近くで工事音を響かせる建物へ首を回す。二階建て民家を改造して、一階部分を喫茶店にした建物は全方を鉄骨に囲まれ、作業服姿の男たちが忙しなく行き交っていた。商店街のど真ん中ということもあり、重機はなく軽トラックが傍らへひっそり止めてあるのみ。職人達の顔からも気合や緊張が十分見て取れる。

 一郎はニコニコ顔で作業を見つめる深雨とアルトへ背を向けて、

「この暑さだ。塩分も大事だろうさ。これ持ってきな」

 そう言って無造作にきゅうりの一本漬けを何本も突っ込んだ袋を二人へ差し出した。

「職人さんたちによろしく言っといてくれ。ここで仲良くしとけばうちのおんぼろもついでに直してくれるかもしれねぇしなぁ。じゃあ俺はそろそろ戻るわ。またどやされたらたまらねぇしな」

 深雨たちへ手を振って住宅と一緒になっている八百屋へ引っ込んだ。定位置であるレジ前へ腰を下ろし、丁度よく見える改装中の喫茶店『雨宿り』をぼうっと眺める。

「もう二年か。あのバカもいい娘とくっついたもんだ。こりゃ結婚も遠くないかねー」

 少し前まで生意気で後先考えずに突っ走るだけのバカだったのに成長したもんだ。

 幼い頃から見続けていた男の成長が面白く、つい吹き出していると、


 ガシャーン!!!!


 地面を震わせる金属音と、商店街を丸ごと吹き飛ばしそうな爆風が砂塵を巻き上げた。至るところから聞こえだす悲鳴と足音に一郎が椅子をひっくり返して立ち上がる。。

 慌てて表へ出ると、目の前の光景へ心臓が縮こまる息苦しさと身体の震えに襲われる。ジリジリ肌を焦がす日差しで額から生暖かい汗が伝う。

「おいおい……なんだよこれ。嘘だろ……!?」 

 徐々に砂塵が晴れていく。 

 一郎が完成されている人集りの先頭へ出ると、もう完全に目を背けることができない現実がそこにはあった。

 あちこちへ転がる鉄の塊や工具、木片――どこか怪我をして血を流す人たち。

「どういう冗談よ、こいつ」

 言葉を詰まらせた一郎が、鉄などの残骸の傍で泣き崩れる深雨を見つける。

「深雨ちゃん!」

 駆け寄るも彼女の目が向くことはない。

「あ……ると?」

 目の前のことに理解が追いつかず、譫言のような声を漏らしていた。肩を叩いても返答はなく、鉄骨が散乱した雨宿りへ這い寄る。

「アルト……? ねぇ……アルト? ねぇ!」

 濡れた声をひり上げる様に一郎は何が起きたのか頭の片隅で何となく理解し始めた。

「深雨ちゃん。何があった?」

 鉄骨へ手を伸ばした深雨の両肩を掴む。おろおろ両目いっぱいに涙を貯めた深雨が首を回した。言葉を作ろうと何度も唇が震えている。

「アルトが……わたしを庇って……あの下に。急に足場とかが崩れてきて……」

「……バカ野郎が! おいアルト!!」

 なんで神様は幸せな人間を見つけるとすぐ奪おうとするんだよ! 

 深雨から腕をほどいた一郎が鉄適当な鉄骨へ手をかけた。

「おい、アルト! 生きてんだろ!! おいッッ!!」

 ヌメッ、指先へ生温かい何かが触れた。指だけじゃない、サンダルの底にもだ。

 まさか、恐る恐る一郎がゆっくり目を下ろすと、赤黒い液体がレンガ道の溝を最初からある柄のように染め上げているじゃないか。

「あ、アルト……嘘。嘘!! アルト!!!」

 足元まで伝ってきた血液を見てしまったのだろう。深雨の搾り出した悲鳴が人混みの喧騒を一気にかき消し――ふらりとその場へ倒れた。

「おい、誰か警察と救急車!! クソ、なんでなんだよ!!」

 見てるだけの野次馬へ叫んで、一郎は一人鉄骨を漁り続けた。


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