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勇者がヒモになったなら  作者: ひーらぎ
4章「勇者の、ヒモの、おれの選択」
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4章「勇者の、ヒモの、おれの選択」3

今作品は、C90「よろづ屋本舗」にて販売した作品となります。


 もう何本タバコを吸ったのか、一郎が空になった箱を握り潰してエプロンのポケットへねじ込んだ。

「血液は品田アルト……アイツのものだとわかった」

 横目で見ていたアルベルトは今聞いた話を耳へ留めたまま、驚く程鮮明に浮かんだ当時の光景に瞼を下ろす。

 品田アルトが死んだ理由はわかった。それでもやはりこの結末はあんまりだ。

「それから……どうしたんですか」

 何を言えばいいかわからず、沈黙にも耐え切れなくなったアルベルトが話を先に進める言葉を作る。一郎の深い溜息から漂うタバコの匂いが遠のく頃に、声はやって来た。

「葬式をやって、雨宿りは半年近く休業だ」

「半年も……いや、半年だけですか」

「時々覗きに行くたびにアイツの写真の前でぼろぼろ泣いてよ……情けねぇ。俺は何も言えなかった。でもよ、人間、落ち込み続けるのができない生き物なんだろうな」

 口寂しくなったのか、ただ喋り続けるのが辛いのか。一郎は次のタバコを求めて腰へ巻いたエプロンへ手を突っ込んだ。しかし出てくるのはねじり潰されたセブンスターのパッケージのみ。舌打ちと共にそれをしまう。

「半年くらい経ったある日……深雨ちゃんは今までと全く同じ。ケロッとした顔で店を開けたんだ。もう大丈夫なのかって聞いたらよ……」

 中途半端に途切れた声と一緒に、微かに鼻を啜る音がした。震える男の背中を見つ続けていいのかわからず、アルベルトは写真立てへ目を逃がすことにした。

 直後、壁を殴りつける音に驚かされる、

「深雨ちゃんはいつもとなんも変わらない笑顔で言いやがった」

 裏返る声。ささくれを剥いたようなぎこちない息継ぎ。噛み締めた唇。口へ広がる鉄の味。その全てが伝わってきそうな声にアルベルトの目頭まで熱くなっていく。

「アルトはちょっと出掛けてるだけだから、もう帰ってくるんじゃないかなってよ」

「そ、そんなことって――ッッッ!!」

 急に視界が歪んだような気持ち悪さに、気付くとアルベルトはシューズケースを支えに片膝を付いていた。どくんどくん、激しく脈打ちだした心臓を片手で押さえていると、一郎の手が肩へ触れる。

「おい、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫です……ちょっと立ち眩みがしただけですから」

 頭が割れるような頭痛に額へ脂汗が滲んだ。アルベルトは感じたことがないレベルの頭痛を堪えながら、不格好な苦笑いを取り繕う。

「今の話聞いただけで頭が痛くなるなんて情けないです……ははは」

 でも、アルベルトは立ち上がると共に、心配そうな目をやり続ける一郎へ言う。

「でも葬式は挙げたんですよね。じゃあなんで」

「あ、あぁ。葬式は挙げたささ……確かにな。けどなアイツの遺体は見つからなかったんだよ」

「遺体が見つかってない……!?」

「あぁ。だから葬式って言っても形だけの小さなもんだ。だからお前を見たとき……俺も本当にアイツが生きてるもんだと思っちまった」

 一郎の困り下がった目元は確かに真実を述べているた。この状況でつく嘘でもない。嫌というほど現実を直視した男のついていい嘘、つける嘘なんかじゃない。

「見つかってないって……どういうことですか」

 アルベルトがそのままの感想を口にする。

「アイツは足場に埋もれて死んだ。崩れる足場にいち早く気づいたアルトが深雨ちゃんを庇って下敷きになった。目撃者もいたから間違いない。それに……商店街中の人間を集めたような人集りじゃ逃げることも無理だったろうさ。逃げる意味もないしな」

 一息で言って壁へ背を預けた一郎が向く。

「警察さえも首を傾げた。鉄骨の下敷きになっただけでどうして遺体が綺麗さっぱり無くなるんだって。バカみたいな出血じゃ生きてないだろう……そう判断されたし、誰もが死んだと確信できる事故だった。だから……葬式をあげた」

「そんな……もし生きてたら」

「生きてたら……か」

 抑揚のない声が聞こえた次の瞬間、

「じゃあどうしてアイツは帰って来ねぇんだよ!」

 それまで淡々と喋っていた一郎が鬼のような双眸でアルベルトの襟首を掴んだ。玄関扉へ追い詰められる。息苦しさに、血管が浮き出た腕を離そうともがくが一郎の腕はビクりとさえ動いてくれない。徐々に意識が薄い霞に覆われていく。

「アイツは……アイツは死んだんだよ!! もういねぇんだよ!! それをお前は! お前さえ……お前さえ現れなければ……クソッッ!!」

 悔しさを舌打ちに変えた一郎がアルベルトの首から乱暴に腕を放した。壁伝いに投げ出されたアルベルトが咳き込みながら荒々しく呼吸する。体内の酸素が少ない分、より頭痛が酷くなったようだ。

 深雨もこんな頭痛を味わっていたのだろうか? 

 真横に眠る深雨を目にすると、

「悪い……。お前は何も悪くないのにな」

 一郎の声がポツンと落ちる。

「い、いえ……」

「……いつまでも代わりをさせてすまねぇ。アイツはもう死んだ……そろそろ深雨ちゃんも受け入れる時なのかもしれねぇな。そのためにお前が現れた……そう考えるべきなのかもな」

 こちらを向かずに差し出された手を掴んで立ち上がると、

「アルトは……」

 掠れるような声にアルベルトの背筋が一瞬にして凍りついた。

 気を失ってたんじゃないのか……!? 最悪のタイミングだよ。

 一郎も同じだったのか、壊れかけのロボットのように深雨へ首を回した。

 まだ青白く、肩で呼吸をしている深雨はどこから話を聞いていたのだろう。

「アルトは……アルトは生きてます。だって……だって!」

 今にも転びそうな足取りですぐ傍のアルベルトの腕を胸に抱いた。

「ちゃんと生きてるじゃないですか。ここにいるじゃないですか!」

「み、深雨ちゃん。落ち着いて。あぁ、そうだ。そこにいるのはアルトだ。でも!」

「でもじゃありません! アルトは……あ、アルトは」

 一郎を睨んだ次の瞬間、深雨の言葉が唐突に引っ込められた。両目を強ばらせた深雨の視線が長い時間をかけてアルベルトへ焦点を合わせたかと思えば、

「……アルトはアルトは生きてるもん!!」

「み、深雨さん!!」

 急にアルベルトの腕を離して玄関扉を開け放った。咄嗟に捕まえようとした指先へは服の繊維が触っただけ。あっと言う間に階下のカウベルが耳を付いた。

「待って!!」

 一郎がいるのもお構いなしに、店を出たアルベルトだったが降り出した雨に一度足が止まる。

「雨ッ。なんでこんな時に!」

 水を含んで滑りやすくなったレンガ道へ踏み出し、駅方面へ駆けていく背中を追う。

 帰宅ラッシュが収まったとは言え、一本で都心へ出れる駅の周辺だ。すれ違う人の数は依然多い。傘も差さず一心不乱に走り続けるアルベルトと深雨へ不思議そうな視線を当てるが、それに対して何かアクションを起こす者は一人としていない。

 アルベルトはそんな人たちの目を、身体を避けるように走り、

「待ってよ、深雨さん!!!!」

 駅の陸橋通りへ登って西口のマンション群を抜けたところでようやく、ようやく彼女の背中を視界へ収めた。

「み、深雨さん……はぁ、はぁ、やっと……追いついた」

 追いついたのか、はたまた追いつかせてもらったのか。深雨は最初からここが目的地と言わんばかりに、一階がコンビニのマンションを正面にしたまま動こうとしない。

「深雨さん……」

 呼吸が落ち着くに連れて、それまで商店街へ置き去りにしたように聞こえなかった雨音や車の行き交う音、頭が割れそうな頭痛、冷え切った自分の体温が戻ってくる。そして肩から通じる彼女の凍えそうな身体にも――。

「風邪ひくよ……こんな薄着で飛び出したら」

 ビチョビチョに濡れた深雨を後ろから抱き締める。僅かに身動ぎした背中から細い吐息が上った。

「アルト……だよね」

 雨音へ負けてしまいそうな細い声と一緒に、お腹の前で組んでいた腕へちょこんと指が乗る。服越しで思っていた以上の冷たさに驚いていると、深雨の指が少しずつ求めるように絡んでくる。

「嘘だよね……アルトはそこにいるんだもん。死んでなんかないんだよね」

「お、おれは……」

 何も言えなかった。

 伸びかけた自分の音が降り頻る雨と一緒に地面へ叩きつけられては、雫と一緒に辺りへ弾けて散らばる。言葉の欠片を探そうと足元を気にするも、街灯を反射させるアスファルト上へは水溜りしか見えてこない。

 結局自分は肝心なことについては全て沈黙するしかできないのか……。

 不甲斐ない自分に苛立って仕方がない。こんなとき、品田アルトなら何を言うのか、そんなことばかり考えてしまう。そのせいか、

「……ねがい」

 深雨の声を聞き取ることができず首を傾げそうになる。正面を向いたままの彼女は相変わらずこちらを向こうとはしない。すっかり繋がった手を確かめるよう何度も握り直していた。

「お願いだから……お願いだから思い出してよ、アルト……」

 心が凍りついたような気がした。

 息をするのさえ苦しい状況に耐えている間も深雨は止まらない。

「本当にここも覚えてないの……? 嘘だよね、本当は覚えてるんだよね」

 ぐしょ濡れの顔が振り向いた。アルベルトを胸元へ寄せて、頭へそっと顎を乗せる。

「もういいんだよ。本当は覚えてるんだもんね……ここを忘れるなんて……」

「……」

 胸が破けそうなほど痛い。

 泣き続ける彼女を見続けるより全部打ち明けてボロクソに罵られて無様に捨てられる方がずっと楽だ。何も言えない生き地獄なんかと比べるよりずっと、ずっと――。

 しかし深雨は逃げ出すのを許してはくれない。

 アルベルトが身動ぎして距離を取ろうものなら、その度強く抱き直してゼロ距離へ戻される。もう頬へ触れているのが雨なのか涙なのかわからない。

 濡れ続け、言葉を押し殺す時間をどう終わらせたらいいかわからなかった。故に沈黙を維持していると、

「ねぇ……どうして」

 鼻を啜った深雨が背中へ回していた腕の力を緩めた。随分ぶりに開いた微かな距離に吐息を落とす。深雨と目が合った。

「どうしてなんとも言ってくれないの! 覚えてるでしょ? ここでわたしに告白してくれたんだよ? ひとりにしないって……ずっとずっと一緒に、傍に居てくれるって言ってくれたんだよ? それも忘れちゃったの? ねぇアルト! なんとか言ってよ……お願いだから。お願いだから……」

 ぱしゃん。

 服を握り締めた深雨が水溜りへ膝を崩した。お腹へ顔を埋めるように抱き締められたアルベルトは直視するには厳しすぎる現実に固く目を閉じる。すすり泣く声、服越しに伝わる涙の温もり、肌へ食い込む彼女の爪――いろんなものが鮮明にわかるようになり、よりアルベルトの胸を痛み付ける。

「ごめん……」

 謝ることしかできなかった。

 彼女の顔を見れば少しはマシな言葉が出てくると思っていたのに何も浮かんではくれない。幾つも湧いてくる「ごめん」の意味を自分自身へ言い聞かせるように続ける。

「ごめん……」

 今まで品田アルトを演じてきて。

「ごめん……」

 深雨さんの優しさに漬け込むような真似をして。

「ごめん……」

 彼の代わりを全うすることさえできなくて。

「ごめん……」

 品田アルトじゃなくて。

「ごめん……」

 あなたを好きになって……。

 あと何度「ごめん」を重ねれば自分の中のモヤは晴れてくれるのだろう。

 アルベルトはそれだけを思って言葉を紡いだ。しかし一向にモヤが晴れることも、深雨の涙が乾くこともない。

「ごめんなんていらないから……思い出して。もう一回……ここでわたしに好きって……嘘でもいいから。嘘でも冗談でもふざけててもいいから――好きって言って!」 


『ひとりにしないから。何があってもおれがずっと傍にいるから。だからおれと――』


 脳内へ桜の花びらとフェンスに囲まれた先へ幾つも聳えるマンションが過ぎった。隣へ居るのは――。

 誰かの声と、『ここ』ではないどこか。

 見覚えがあるようにも感じるし、始めて来た場所にも思える。アレボスにこんな場所はあったか?

 記憶を遡る度に脳を締め付ける痛みが更に激しくなり――いつの間にか彼女を真下に見ていた視界は、真っ暗な雨空を映していた。背中の冷たさにアルベルトが片手で右即登部を抑えて腰を上げる。先程まで泣すがっていた深雨が背中を向けていた。

「アルト……アルトは、アルトなの?」

「お、おれは……」

「……ほんとうにアルトでいいの? 信じて、いいの?」

 鼓膜が破けそうな轟音と共に夜空へ雷鳴が走った。

 どうしてそんな顔をするんだよ……。

 いろんな感情が混ざった結果、全てを諦めた無に近い表情の深雨が半身で見ていた。すぐ目を切って遠のく彼女を見つめながら、

「おれは――誰なんだ」

 雨音にその声をかき消した。

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