8 前日譚1 誰かまた 〜再会
過去編です。
物語はすこし遡る。
「ようこそ。」
若い当主は緊張の中にも穏やかさを保って遠来の客を迎えた。
「穏やかな、良い場所だ。」
「ここは特別です。」
花を終えた橘の、より濃くなった緑が風にそよいで、彼らの頬に光の粒を散らす。
「最初に挿し木され、根付いたこの木がございますから。」
そう、挿し木と親の木との、辛うじて残っていた細いよすがを辿った、運命の再会であった。
「此度は招きに応じていただいて感謝しております。」
「いえ、こちらこそ。招いていただいたこと、心より嬉しく思っております。」
その、門ともなった古い橘の木を見晴らせる木立の中に、最初の会談の席は設えられていた。
丸いテーブルを挟んで、向かい合って座った二人の背後には、それぞれの護衛が立つ。着席した二人と同様、彼らも分かたれたものであるから、平静を装いつつも興味は波打っている。
「我らが挿し木となって、じき百年。」
直截な物言いに、訪問者は目を瞠る。
「町の多くの者たちはもはや自分たちがいずれのものであるのかを忘れ果てております。祖父は曽祖父に忠実でした。祖父亡き後、父がようやく祀りを、祭の中に紛れ込ませることから始めました。本町とは異なり、ここでは我々に特別な権威が認められてはおらず、一町民として事業を立ち上げました。」
語る当主(と護衛)は、黄橙色のブルゾンを羽織っていて、胸元には《町並保存協会》と刺繍されており、それは仕事のユニフォームだった。対する訪問者は、肩飾りに胸章、飾りボタンをふんだんに用いた正装であった。
「ようやく、物見櫓が町並に馴染んできたところです。榊も何とか切らさずに置けるようになりました。はじめの頃は、もっと見栄えのする花を飾れとの要望がひっきりなしでしたが。何より、もともと、曾祖父に従った時鳥も少ない。何も知らずに《町並保存協会》への就職を希望する者もいるが、素質がなければごく表向きの仕事しか任せられず、慢性的な人手不足で、・・大事な場にも関わらずこのような仕事着で参ったこと、お詫び申し上げる。」
大事な約束の日にすら、仕事を詰めざるを得ないという切迫感をよく語る服装でもあった。
「----犠牲が、増えてきているのです。綻びから侵入されて、・・すす病もちらほらと発生しておりますし、行方知れずの者は恐らく食い破るために連れ出されたか、町中で篭められているのか、」
「それは、」
「まだ物見の段階だとは思います。ですが、このままでは遠からず侵攻となると我々は分析いたしました。」
主人は椅子から立ち上がり、地面に片膝をついて頭を垂れた。背後の護衛たちも、主に倣って膝まづく。
「恥を忍んで連絡を取らせていただいた次第です。どうぞお力をお貸しください。曾祖父の無責任かつ身勝手な振る舞いを許しがたいとお思いでしょう。私などが頭を下げても価値などないに等しいでしょうが、血の末として幾重にもお詫び申し上げます。そちらさまにしてみれば我が私財は僅かばかりでございますが、すべてお持ちいただいて結構ですし、橘正の血の者は未来永劫、分家として橘樹に従いましょう。」
「お立ち下さい。」
訪問者も膝をつき、主人へと手を差し出した。
「我らは同じ樹繋の者、百年の昔のことなど今の我らには水に流すべきことゆえ、むしろ、あなた方の無事を知れたことが僥倖なのです。」
二人は手を取り合ったまま立ち上がった。
同じ年の頃の当主二人は、育ちが違えど、同じ木から分かれたことが納得できる、似通った雰囲気を纏っていた。
「まずは応急の処置を迅速に行うことが肝要かと。」
再び座して、今度は町の地図を広げて、実務的な話を始めた。
「境を護る者が必要です。護りを固めるようにいたしましょう。こちらの時鳥や一族から、櫓の守備へ人を遣わしましょう。」
「ありがたい。」
「祀りを重ねて本町とのつながりも強化するのと同時に、樹繋として自覚を持つように啓蒙していく必要もあるでしょう。」
「もちろん。これまでが不自然すぎたのです。」
「百年あっての現在です。急がずに参りましょう。」
援助の約束に、当主は肩の荷が少し軽くなったように息を吐いた。誰にも相談できずに、重圧を背負ってきた苦悩が感じられる仕草であった。
軽い、小さな足音が、常緑樹の古い葉が落ちて、褐色に乾いた葉を踏む音に気づいたのはそんな時だ。
父親の背に駆け寄ろうとしたのだろうが、そこに見知らぬ男たちを見つけて、急ブレーキをかけたようだった。
「----娘です。」
よろしいか、と目で問いかけてから手招いた。
物珍し気に目を瞠って、けれど物おじしない瞳が真っすぐに客人を映した。
「こんにちは。お客様、ようこそ。」
「こんにちは。お嬢さん、いくつにおなりかな?」
ありきたりの問いに、童女は指を使いながら答えた。
「忘れているよ。まず名前だろう?」
若い父親が促した。
「こうこです。お客様、ごゆっくり。」
きちんと躾けられている口調と共に一礼し、離れた所で待つ側仕えだろう娘のもとに走っていった。
「利発なお嬢さんだ。お子さんは彼女のほかには?」
「あの子が長女です。」
若い当主であるから、これから彼女の弟妹が生まれる可能性はある。
「うちの総領息子も同じ年の頃だ。----考えてみますか?」
冗談めかせば、ゆっくり首は振られた。
「こちらではあまりそのような風習はないので。あの子の母親も一族ではございませんし。」
何にせよ、先の先の話だ。急ぐことはない----のだが、
「縁組はともかく、」
さらり、と秘事が告げられた。
「じき、競が開かれると予想されている。」
「! なんと!」
この町が築かれるに至った因縁の。
「こちらが、そも百年近くを保ち、今、ほころび始めている理由がそれだ。」
「現守・・・イチョウノミコトに衰えが・・、」
「現生の媛があと二人となった。そのうちの一人はもう幾許もないという。」
十人の媛と共に、守位に就いた異例の人物。
ここは----己の乙女を奪われた男がつくった、うつほの町。
「不敬な話だが、空位はあり得ぬ。」
そっと眉を寄せたのち、
「十年前後で競は執り行われると、どの樹繋もそれを織り込んで準備を始めている。そんな時に、こちらから連絡をいただき、まさしく時間が動き出した、とそう思ったのですよ。わたしは。」
現本家の当主は真摯な顔で言を継いだのだ。
「五樹家の橘として、今度こそ最良の守候補とその乙女を送り出さねばなりません。そして、その役は我が息子とあなたの娘の世代となりそうだ。」
タイトルの和歌は「新古今和歌集」藤原俊成の作




