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1 さつき待つ

 ピ、ピ、ピ、と機械音がピッチを上げながら続いていく。

 最初は音をかき消すようだった足音が、少しずつ薄れていき、今はもうただ一人のものになっている。

 切り返す速度が増しているから、かなり苦しい筈なのに、その女子生徒の足取りは軽い。最初は感心した眼差しで見たいた他の女子たちだが、彼女が測定を終えないと着替えに行けないことに気づいて、時計をチラ見しながらざわめきだした。

「----おわりで、」

 その空気を察したのか、足は止まった。ステージに置いたタオルで汗を拭いはするが、呼吸に乱れはなかった。

「まだ行けそうだけど?」

 記録簿をもった教師が小首を傾げたが、

「A、になったので、」

と、淡々と返した。

 やや鼻白んだ教師だが、特に反抗的という平坦な表情に、軽く息をついて全体に集合をかけた。挨拶の後、一団は更衣室へと流れていく。

「文化部、だよね?」

「たしか、」

「バスケ部の藍未や陸上部の橘定さんよりも残るって、なに?」

 ひそひそと、時の人について話すことを止められない。

「紗子!」

 体育係の友達が、片づけを終えて追いついてきた。

「すごかった! いつの間にシャトルランが得意になったの!?」

 屈託のない言葉に、あの、女子特有の、出る杭をけん制するような緊張が解けた。

「うん、びっくりした。」

 会話に乗ってきたのは、引き合いに出されたバスケ部の藍未だ。

「今年も私が一番だと思ったのに、・・どうかな、バスケ部?」

「体育のバスケしか知らないし、」

「いや、ピリオド中走り回ってもらえるだけで戦力になるし?」

「まさかまさか、」

 本気にはせず、笑い飛ばした。

 最終学年の、最後の大会まで一月あまりである。少し惜しそうな顔はしたが、それ以上押すことはなく、バスケ部の主将は前方の友人たちを追いかけて離れていった。

「昨年もまあまあ良かった・・気がするけれど、こんなダントツトップじゃなかったよねぇ? え? まさか毎日、走りこんでいたとか!?」

「まさか。」

 自分でも不思議、とばかりに首を傾げた。

「妙に、身体が軽くて・・つい、」

「ええ? そんなことある?」

と、訝し気だったが、

「でも、毎日、走り込むような時間・・・ないか。」

 納得したように、少し気の毒そうにその友達は結論付けた。


 初夏。町のあちらこちらで白い花が咲き誇り、澄んだ香りが風に乗る時季を、誰もが心待ちにする。

 田植えが終わって、少し丈を伸ばした苗がそよそよと風に揺れるなか、この町では祭りの季節がやってくる。

 町の東北にある神社の大祭に合わせて、町をあげた盛大なまつりが、週末の二日にわたって執り行われるのだ。

中心部のメインストリートを車両止めして、山車やパレードが通り、出店やキッチンカーも立ち並ぶ。通りに隣接する広場では、さまざまなジャンルの演奏や踊りなどが一日中組まれていて、とても賑やかだ。

 メインイベントは、一日目の宵の神楽と、二日目に行われる行列と本神楽である。

 近年は《町並保存協会》が主導しているが、町内の学校も積極的にかかわってきた。新学期が落ち着いた四月末から、授業の一環としてさまざまな準備や練習が行われている(二日目は登校日で、振替休業日がある)。また、先述のステージ発表に参加する部活や有志いるから、とても忙しい日々になる。

 この時期、午後の授業は一時間カットされて、各組ごとの活動になる。

「紗子、今年は参加できるね!」

 《町並保存協会》から搬入された、手提げ提灯組立キッドが入った段ボールを開けていたところ、柑埜(かの)が上機嫌で話しかけてきた。

「頼りにしてるから!」

「・・できる範囲になるけど、」

 紗子の歯切れは悪かった。紗子は小等からずっと提灯の組にいるが、()()()()行列したことがない自覚がある。

「紫子()()は舞手でしょ!? こっちには出張らないんだから?」

と、言った先を、

「紗子!」

 彼女を呼びつける声が遮った。

「行くわよ!」

「----はい、」

 淡々と返事をして立ち上がろうとした紗子の肩を、後ろから柑埜ががしりと抑えた。

「ねぇ、紫子サン?」

 軽い口調で話しかける。

「いよいよ舞手だって?  おめでとう。ずっと目指してたもんね。有言実行で、すごいね。」

「ええ。立派に務めてみせますわ。」

 今までの誰よりも(歴史に残るのは自分だ)、と言わんばかりに胸を張った。

「うん。で、提灯(うち)はさ、目玉だったお姫さん(紫子サン)がいないんじゃあ、地味になること確定なんだけど、でも応援しているよ!」

 大方の子は、支給された提灯にちょっとした飾りつけをして制服(私服)の上に法被を着るのだが、学年に一人ずつくらい、自前の創作提灯に天女(天人)もかくやという衣装をもって参加する()()が出る。

 彼女たちの学年では目の前の女生徒が()()で、その衣装やら小(~大)道具やら歩行の補助やらに、紗子は黒子のように追われるのが通年のことだった。

「ええ、お互いに気張りましょう!」

「うんうん。・・・で、さぁ?」

 にこ、と笑い、切り込んだ。

「紗子は、提灯(うち)なんだよね、()()()。で、これから各活動の時間()()()、舞手の組の紫子サンはどこに連れて行こうってのかな?  しかも、代表に一言の断りも入れず?」

「----代表は?」

「あたし。」

 ひらひら、手を振って。

「紫子サンも、ずっと提灯だったんだから、()()()()()()()()()()()()()? 段取り多いし、人数も一番だし。小等の子たちのお世話もあるし。位置の割り振りに、途中のパフォーマンスの考案に、衣装合わせ、お囃子隊と虫かご隊との打ち合わせ。最高学年の、貴重な戦力(紗子)をどうして連れていこうっての?」

「柑埜、」

 困ったように紗子は友人の名を呼んだが、止める気はさらさらないようだった。

「舞手の習練場には部外者は入れないと聞いたよ? 連れて行ってどうするの?」

「わたくしたちは一緒に帰るの、だから、」

「だったら、終わりに待ち合わせでいいじゃん。終了時間は決まっているんだし。うちはね、人手が要るの。外で無為をさせるのなら置いていって。・・なお、どうしてもというのなら、そっちの代表からあたしに話を通すように言って。ああ、神楽の代表は紫子サンだった?」

 で、ないことは、代表者打合せで確認済みだが、しれ、と言ってのける。指名されなかったことに棘々していたことを知っている紗子が首を竦める。

「----紗子、」

「はい。」

「時間ぴったりに迎えにいらっしゃい!」

 き、と柑埜を睨みつけた。

「例年より、わたくしたちの代の行列が見栄えのしない、とか言われないよう、しっかりお願いしますわ!」

捨て台詞を残して、つむじ風のように去っていったが、それでも扉の閉まり方は丁寧で、そこは感心に値する。

「橘浦の総領娘だから、まあ候補から漏れることはないとは思ったけど。まさか、舞手の装束とか扇とかも、特注のきらきらにする気じゃないよね?」

 柑埜が毒づく中、チャイムが鳴った。予鈴だ。

「・・間に合うかな、」

 習練場まではなかなかの距離だ。心配そうに窓の方を見遣る紗子に、呆れたように見る。

「あんたと小等で知り合った時には、もう紫子があんたに引っ付いていたわけだけど! 橋浦の家にお世話になっているっていったって、紫子とあんたは別に主従関係じゃないでしょ。」

 そこに担当の教員が入ってきた。代表として、前方の席に向かう前に、早口に言った。

「紫子も苛つくけど、あんたも、もう少し物申しなさいな。」

「・・うん、」

 紗子は、浅く頷いた。

「自主自律! だからね?」

「・・それは学年目標でしょ。」

 顔色を見計らって、最後、笑いに落としてくれた友だちの気遣いに、紗子の目の奥はじんわりと熱くなったのだ。


 小等校三つ、中等校一つの生徒は二日目の、夕方から夜に行われる「炎鉦(ほしょう)」の行列に関わる組と本神楽に参加する組の、どちらに参加する。人数配分は九割九分が行列だ。

 行列内でさらに、お囃子・提灯、そして虫篭と呼ばれるみこしの班に割り振られるが、お囃子は専門性が高いので、最初から適性(可能性)で振り分けられていて一度入ると入れ替えはほぼないが、あとの二つは小等の頃は毎年変わる児童もいる。中等になると、自分の適性と好み、それから最終学年でのリーダー役を見越して選択していくようになる。

 神楽の舞手は希望ではなく、選考である。基本的な舞の作法については、各校ごとに巡回の特別講座が年一回あって、最終学年の生徒から選出される。だが、今年は百年に一度の大祭で舞の回数も増えるということで、その一学年下まて選考対象になった。

 この神楽舞は対舞である。男女で五番まで。選考されたのは、不測の事態に備えて、倍ほど。本番の舞手になれない場合は、前座の群舞に配置されるが、それでも十分に名誉あることだと言われている。

「よくさらってきておいでです。」

 師範とお呼びなさい、とだけ告げて、参集した候補に、名簿順に基本舞を舞わせた女性は、一番舞の本命とみなされている橘浦(きつうら)紫子に対しても、他の生徒に対するのと同じ、平坦な口調で返した。

 もっと手放しの賛辞を期待していた紫子の頬が、踊り終わった紅潮のまま強張った。

「みな、悪くございません。さすが叉始祇(さしき)町の代表として集まった方々、下地がしっかりしておいでで、うれしく思います。」

 どこか権高い話し方をする。

 例年ならば《町並保存協会》内の実行委員会の役員が、選考日にのみ現れるだけで各校ごとに習練するものだった。それが本日の顔合わせ以降も特別に開放されたこの館に毎回全員が集うなど、今回は何もかも勝手が違う。

「きちんと伝承されていて安心いたしました。」

とは、壁際に控えている各校の担当職員と《町並保存協会》のブルゾンを来た職員に向けたものだ。

「当然ですわ。」

 ひとり、す、と視線を上げて紫子は応えた。

「わたくしたちはずっと本祭の舞手を夢に見て習練を積んできたのですから。まして今年は特別な大祭、おなざりの覚悟でここに来たりはいたしません。」

「おや、頼もしいこと。」

「ええ。どうぞ良しなにお導きください。」

 言葉上はへりくだっているが、目にはただの協会職員風情と反発する色があるのを、師範は風にそよぐ柳の枝のごとく受け流し、いっそ挑発的に微笑んだ。

「全員、このまま習練を積むことを許可いたしましょう。()()()大舞(一番舞)を引き寄せるか、()()()()()()()()()。」





 

 

 

各章タイトルにしている和歌は「古今和歌集」よみびとしらず。


参考文献 「有職植物図鑑」八條忠基 平凡社

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