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逆襲のオウラ6世7


 忘年会は、国王とプラントリーが共にラタタを踊るという大団円で幕を閉じた。


 そうして新年を迎え、時計台がそびえる城壁下の広場には王族へ祝賀の意を表するため、シーコック国民が集まっていた。新年の祝賀が行われる城壁の上は、プラントリー一族と五大貴族が勢揃いしている。


 参列したプラントリー一族は、銀髪に合わせた薄灰色のコートに身を包み、不織布のマスクをつけていた。


 頭部に袋を被らなくてよくなったイコリスとサイナスも、不織布のマスク姿だ。二人は、久しぶりに会った『キャルクレイ』を、黒ずくめの『レンジー・ブリストン』と一緒に囲んで歓談している。

 五大貴族はそれぞれの髪色に合わせたコートを着ていたが、楽団を構成する貴族たちは黒い正装なのだ。

 チェリストのレンジーは、漆黒の衣装に橙の髪がよく映え、男前度がさらに増している。それなのに、顔は疲れやつれていた。


「・・君に似て、とても可愛いね。ハルの面影も少しあるかな。」

「そうなの、癖毛はお父さん似なのよ。」

 キャルクレイは件の花見まつりでは、つわりの真っ最中で不在だった。この夏、元生徒会長の平民の夫との間に生まれた子は、ようやく首がすわったばかりだ。

 幸せそうな微笑ましい光景に、私はすっかり油断していた・・。


 

 指揮を執るリヴェール一族の高名な音楽家は、青い髪と同じく顔色まで青ざめ、目の下には濃い隈ができている。彼はサイナスに気づくと、その眼光を鋭くした。

 プラントリーの斜め前で扇状に座る楽団員たちも、こちらを睨みつけてくる。


 楽団の一員として座っていたサイナスの同級生『ラビネ』が、ビオラを椅子に置き、駆け寄ってきた。彼は幼少からビオラを嗜んでおり、腕前を買われ楽団に駆り出されていたようだ。


 ラビネに何事かを耳打ちされたサイナスは、瞠目した。

「イコリス、アル叔父さん。・・『ノリノリ陛下』は年を明けても健在だ・・。この新年の祝賀でもやらかすぞ。」

「・・なん・・だと・・。」

 やる気が突き抜けた国王を、サイナスは影で『ノリノリ陛下』と呼んでいた。


(寒風吹き荒ぶこの城壁の上で、忘年会の筋肉芸を再演するというのか・・?)



 私とイコリスは慌ててプラントリーへ情報を共有した。吹き出さないには、事前の心構えが必須だ。

 忘年会であの筋肉芸を目にしている我らには、多少の耐性がある。なので皆は動揺することなく、深呼吸を繰り返して備えた。

 新年の祝賀でも国王がはっちゃけると知ったナザフォリスは、浅緑の瞳を潤ませている。


 私の推測とは裏腹に、若き日の国王とナザフォリスは良好で親しい間柄だった。

 国王が『フォリス先輩』と略して呼ぶほど慕っていたからこそ、将来の薄毛にまつわる不安を相談できたのだ。

 忘年会では、頭髪を失う恐怖を乗り越え、逞しく生まれ変わった後輩の勇姿に、ナザフォリスは感極まったそうだ。



 やがて昇った朝日が城壁を照らしだすと、高名な音楽家が指揮棒を振りはじめた。

 楽団の奏でる曲に私は、驚きを隠せなかった。いつもの日の出を称える古典音楽ではなく、大胆に編曲された音楽家の代表曲だったのだ。

 打楽器の演奏が続き、いつまで経っても主旋律が聞こえてこない。


 そこへ、頭巾付き外套を纏った大男を先頭に、五大貴族頭首が現れた。五人全員が、私の隣に立つサイナスをチラリと一瞥していく・・。

 次にプラントリー一族頭首である兄が、宰相として国王を先導してきたのだが・・兄は俯き、トボトボと力なく歩いている。対して白いローブの頭巾を深く被った国王は、堂々とした足取りだ。


 王妃と王太子ファウストが国王の傍に立つ。最後にもう一人、頭巾付き外套の男が登場し、先頭の大男と共に、国王を左右から挟む位置についた。

 弦楽器が幾重にも鳴り響いて、迫力ある音の雨を城壁下の民衆へ浴びせる。


 国王を挟んだ男たちは、体温を容赦なく奪う風に構わず、頭巾付き外套をバサッと取り去った。

 先頭の大男は、やはり王弟『ジェイサム』だった。もう一人は『納会』でサイナスを斬りつけ、アワージ島へ更迭された『元親衛隊団長』であった。

 二人とも、上半身は何も身に着けていない・・裸だ。


 半袖シャツを着ていないので、思わず私が一族を振り返ると、皆、私へこくりと頷いてみせた。・・覚悟は出来ていると・・。


 元団長もまた、頭を剃り上げている。筋骨隆々の上半身裸の坊主二人が城壁より見下ろす異様な絵面に、民衆は戸惑いざわめいていた。

 そのざわめきを打ち消すように、楽団の重低音が一段と大きく響いた。すると――


 中心で直立不動だった国王が、ローブの頭巾を下げた。眩い朝日を反射しながら、国王は剃髪した頭を民衆へ披露したのだ。


 「あれは誰だ?」という民衆たちの心の声が、私には聞こえたような気がした。


 葉冠が王妃の手から国王の頭上に戴かれると、城壁の下が一気にどよめいた。

 騒々しい民衆を意に介さず国王は王笏をジェイサムへ預け、悠然とローブを脱ぎ捨て、鍛え上げた肉体を惜しみなく晒した。


 ・・想定したとおり、裸だ。


「「!!!?!!」」

 忘年会で国王の肉体を目撃したプラントリーのように、民衆は目を見開き、顎が下がったまま固まった。


 ジェイサムと元団長は膝を曲げて腰を深く落とし、つま先立ちで両膝を大きく開いて背筋を伸ばす姿勢でしゃがんだ。二人は国王の両脇に控え、ジェイサムは右手に王笏を掲げている。


「・・()()()()()()じゃないんだから・・。」

 意味の分からぬ言葉を呟いたサイナスは、ガタガタ震えていた。必死に、笑うのを堪えているらしい。

(大人びたサイナスだが、まだまだ笑いの沸点が低いな。)

 私は余裕だと思っていた。・・この時までは・・。



 国王は荘厳な旋律に合わせ、次々と鍛え抜かれた筋肉を魅せる姿勢を繰り出した。


 ――民衆へ背を向け、国王の見事な背筋を知らしめた、その刹那――


 我らプラントリーの多くが、その場に崩れ落ちた。


 サイナスは腿を拳で思い切り叩いている。イコリスも胸を押さえてうずくまった。

 私はこみ上げる笑いを抑えきれず、鼻水と涙が止まらなかった。


 我らの方へ振り向いた国王の・・胸・・その乳首に・・葉冠と同じ『樟の葉』が貼り付けられていた。

 色白の気高い大胸筋に、鮮やかな『緑の葉っぱが二枚』ちょこんとくっついている・・。


 新年の祝賀におけるプラントリー一族の定位置は、中心に立つ国王の真後ろだ。ゆえに国王が振り返るまで、プラントリー一族は分からなかったのだ。()()()()()()()()が・・。



 宰相を務める兄は、一族たちへ両手を合わせ「耐えてくれ」と拝んでいる・・。崩れ落ちた者たちは不自然な咳払いも出来ず、猛烈に咽せてしまっていた。

 ナザフォリスは、立派に成長した後輩への感動など、消失したようだ。唇を噛みしめ過ぎて、不織布のマスクが赤く滲んでいた。


 我らが必死に笑いを堪えていると、聞きなじみのある旋律が流れてきた。


 平民の舞踊曲『ラタタ』だ。


 忘年会から一週間も経ってない・・。

 指揮を務める音楽家は、平民の舞踊曲を無理やり交響曲へ編曲させられ、奏者たちは急遽、弾いたことのない演奏を強いられたのだ。新年の祝賀に間に合わせようと、この短期間で厳しい練習を課された状況は想像に難くない。

 だから睨んでいたのだ・・ことの発端となったサイナスを・・。



 たとえ『交響曲ラタタ』であっても、踊るとなれば裏拍を踏む。

 踊れない国王はゆったりとした動きで筋肉美を披露していたが、平民の舞踊曲という選曲に、民衆は満面の笑みで手拍子を鳴らした。


 歓声が沸いて盛り上がるさなか、ジェイサムが王笏を振って、国王にラタタの掛け声の合図を送った。

「っ―オーレィ!」


 気付けば私とサイナスは、地面をバシバシと叩いていた。

 国王の掛け声は半拍ほど微妙にずれていたのだ。



「ブフォっ。」

 あらゆる突発的な面白事態に耐えてきた百戦錬磨のナザフォリスも、とうとう片膝をついた。


 土をつけたナザフォリスをみつけた国王が、ニヤリと口角を上げてこちらへ近づいてきた。

 砦の最前から退いた国王に代わり、ジェイサムと元団長が立ち上がり、ラタタを踊る。

 裸の男二人の野性味溢れる舞に、民衆からは指笛や雄叫びが飛び、これまでとは別種の盛り上がりが拡がっていった。




「ついに笑いましたね、フォリス先輩。」

「・・クリス・・。」


「笑われるのならば笑わせたいと、プラントリー忘年会に臨みましたが・・楽しませることが、人々の笑顔が、これほどまでに嬉しく心が喜びで満たされるとは知りませんでしたよ。フォリス先輩を笑顔にできて、私の本懐は果たせました。」

「天晴れだ!クリス!体を張って民を楽しませ・・笑ってはいけないプラントリーを・・この私を・・笑わせるとは!引っ込み思案で大人しかったあの少年が・・グス。」


「やっと笑ったのに、泣かないでくださいよ。感激屋なんだからフォリス先輩は。」

「な、生意気だぞ・・グス。それよりも、クリス!この子を抱いてくれっ。クリスのように逞しく優しい子に育つように!」

 忘年会を欠席していたキャルクレイは、皆から国王の変貌を聞き、ぜひ赤ちゃんを抱いて欲しいとわざわざ連れてきたのだった。


 キャルクレイから預けられた赤ちゃんは、膨れ上がった胸筋を母親の巨乳と勘違いしたのか・・。国王の胸に貼られた樟の葉を、母乳を探るようにまさぐった。


 またもやナザフォリスが膝を付き、私とサイナスは地面に突っ伏して悶絶した・・。


 国王の逞しい腕に抱かれた子の癖毛は、冬の朝日に透けて麦わら色に輝いていた。

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