逆襲のオウラ6世6
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有給休暇をまとめて取得し、私はプラントリーの忘年会開催5日前に帰省した。
「ア、アルティーバ様!!一大事です!!」
宰相邸に到着するなり、小走りで出迎えた執事長が、取り急ぎ舞踏室へ行って欲しいと私に告げた。
事の詳細を問う間もなく舞踏室へ走り、勢いよく扉を開け放つと―
兄と義姉、イコリス、そしてサイナスが『国王オウラ6世』の前で土下座していた。
忘年会の練習を始めていた兄は、手作りの白い衣装に金糸の鬘、葉冠を身に着けた格好だった・・。
「おかえりなさいませ、アルティーバ様。」
宰相邸で御者を務める王弟『ジェイサム』が、振り返ってにっこりと微笑んだ。
「ジェイサム殿、ただい――いやいや、どうして陛下がおられるんですか?!」
「兄上の・・陛下の素晴らしく仕上がった筋肉を、プラントリー忘年会で披露してはどうかと私が思いつきまして。宰相邸にお連れしました。」
「素晴らしく仕上がった・・?」
ジェイサムは誇らしげに頷いた。
ふっくらしていた頬がシュッとなり、精悍な顔つきへと変わった国王は、濃紺の帽子に揃いの上質なウールのスラックス、そして外套を着ていた。
よく見ると外套は、鎧の上から羽織っているかのように浮いている・・。
「宰相よ。私は其方に謝って欲しいのではない。顔を上げてくれ。」
「はい!申し訳ありません!」
「・・其方らは平民の舞踊曲を踊るらしいね。」
「はい!申し訳ありませんっ!!」
「・・謝らなくていい。私の扮装をして踊るとは、実に楽しそうだ。」
「どうか、お許しくださいっ!すみませんでした!!」
兄は額どころか、上半身をべったりと床に擦りつけて平伏した。
「私を真似する宰相が、踊りの途中で奇術のように私と入れ替わったら、皆びっくりするだろう。本人が『ラタタ』を踊れば、プラントリーの者達も大いに盛り上がると思うのだが、どうかね?」
「ははーーっ!仰せのままに致しますー!」
(盛り上がるか・・?むしろ絶対に笑えないと、震え上がるんじゃ・・。)
私と同じ予感を抱いたのだろう。義姉とイコリス、サイナスは真っ青になっていた。
その日から、『真・国王ラタタ』の入念な予行演習が始まった。奇術の段取りは順調だったものの、肝心の国王の踊りに問題が生じた。
平民の舞踊曲ラタタは、足さばきが独特だ。スキップに似た小刻みな足運びから、『裏拍』で体重を移動して跳躍し、連動する動きで腰を振る。
この『裏拍』を多用した踊りが、国王には難しいらしい。更に、観客を煽る曲中の掛け声も、ことごとくずれてしまう。
真面目な国王は連日みっちりと練習に励んだが、その踊りは滑らかな動きには程遠かった。
・・見かねたサイナスが「ラタタを踊るのではなく、素晴らしい肉体を最大限魅力的に見せる姿勢を、披露してはどうか」と言い出した・・。
この案に食いついたのは、ジェイサムだった。
国王の筋肉美を皆に知らしめたいジェイサムは、とにかく服を脱がせたがった。当の国王も満更でもない様子で、半袖シャツを着せるまでにはかなりの説得を要した。
けれども、ジェイサムが用意した半袖シャツは小さく、国王が着るとパツパツだった・・。
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こうして、国王がラタタを踊らないことが確定したのだ。
ラタタの曲が流れているが、踊ることなく筋肉を誇示する国王。その姿に釘付けとなった観客席は、地獄のような静けさだった。
・・私は冷や汗が止まらなかった・・。
悠々と舞台の最前部へ歩み出た国王は、真横に向いた状態で静止した。
それから後ろ側にある腕で反対の手首を掴み、前側の脚は少し折り曲げ、上半身だけを観客席へと捻る。
重心の乗った前側の太ももが筋張って血管を浮かせ、腰巻の革ひだを押し広げて隙間から大腿四頭筋が溢れ出した――その刹那
「「キャーーーっっ!」」
茶色の革のひだからのぞく、逞しい色白の大腿四頭筋に、女性陣から嬌声が上がった。それは悲鳴ではなく、興奮に満ちた黄色い声援だ。
「良い血管浮いてるよ!!」
筋肉を称える最初の掛け声を発したのは、ナザフォリスだった。
「僧帽筋がでかいっ!」
「腹筋が切れてるー!」
「その胸、西瓜が詰まってるのかっ!」
ナザフォリスをきっかけに、男性陣が一斉に褒めだした。指笛を鳴らす者もいる。
・・笑わずに済むならばと、半ば自棄になって懸命に盛り上げているのが見て取れた。
舞台の左側へ移動した国王は、観客に背を向けて背中の筋肉に挟まれた溝を強調した。
「「キャーーー!」」
「いかつい雄牛背負ってるねっ!」
客席の盛り上がりに合わせ、イコリスと義姉が国王の後ろから紙吹雪を撒く。
とはいえ主役は筋肉。国王の体に紙吹雪が張りついてはならない・・とジェイサムから指示されている為、二人は細心の注意を払って紙吹雪を散らしていた。
皆を見据え、国王はゆっくりと舞台の右側へ進んだ。
舞台下の一族から目を逸らさず、国王は両腕を頭の後ろで組み、腹筋に力を込めた。そして片足を前に出して、つま先だけで軽く立ち上がる。
「「キャー、色っぽーい!ギャー!!」」
両脇が露わになった国王に、正面の女性達が堪えきれずに喚いている。
その中のプラントリー熟女が、王都使用限定で発行されている金券を、国王の足下へ投げた。
国王はそれを拾い上げると、革ひだ付き腰巻きへ差し込んだ。
熟女だけでなく国王も、『仮面亭』での金券の受け渡し作法をご存じだったようだ。仮面をつけ、水着で踊る踊り子が、客から投げられた金券を水着に差し込む。・・仮面亭のお約束だ。
国王は金券のお礼とばかりに、艶めかしく筋肉を熟女へ見せつけた。
「「陛下ああー!キャあああー!」」
女どもの歓声が沸き立ち、次々と新たな金券が舞台へ投げ込まれた。
金券全てを腰巻きに差し終えた国王が舞台中央へ戻ると、黒子衣装に着替えた兄が『擬蛾陛下』で使う予定だった台座を持ってきた。国王の背後に台座を置いた兄は、それに乗った。
観客席に向かい立つ国王が、両手を拡げて天を仰ぐ。
台座に乗った兄が高い位置で如雨露を傾け、国王の頭上から温かい湯を降り注がせた。
濡れた白いシャツが肌に張りついて、国王の筋肉が描く嶺峰がせり出した。
滴り落ちる雫は腹筋や太ももで湯気を立ちのぼらせ、幻想的に肉体を包んだ。この演出の考案者は、ジェイサムだ・・。
お湯を浴びると同時に終っていたラタタの曲が、また流れ出した。
兄とサイナス、そして私は、兄を先頭にして『騎馬』を組み、しゃがみ込んだ。次いで、ずぶ濡れになった国王が、宰相一家の騎馬へひらりと跨がった。
足を上げた拍子に、国王の内腿ががっつり見えた為、女性達の金切り声が凄かった・・。
「プラントリーよ。さあ、我と共にラタタを踊ろう!」
プラントリー一族と一緒に楽しくラタタを踊りたい。それが国王の願いだった。
だが、裏拍を踏めない国王に代わり、曲に合わせて小刻みにスキップするのは、騎馬役の私達だ・・。
「オーレィ!」
観客を煽る掛け声は、サイナスが国王のふくらはぎを叩いて合図を出している・・。
ラタタに誘われた一族は立ち上がり、舞台下で狂喜乱舞した。
ナザフォリスはなぜか泣いており、涙を飛び散らしてラタタを踊っていた。
国王がとったポーズは、サイドチェスト、バックラットスプレッドからのアブドミナルアンドサイ。最後がレインメーカーポーズです。




