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逆襲のオウラ6世5


 張り詰めた冷気に、寒空が澄み渡る年の瀬。『笑い納め演芸合戦プラントリー大忘年会』の垂れ幕を張った宿泊施設の大宴会場に、プラントリー一族が集結していた。


 舞台で披露される演芸を楽しみながら、美味しい料理に舌鼓を打つはずが、頭首兼宰相の家族が座る円卓だけ、重苦しい空気に包まれていた・・。


 一族の者は皆、『国王ラタタⅡ』で買った不興を払拭せねばという重圧に、兄家族と私が緊張しているのだと解釈していた。・・だが、そうではない。


 私達は、これから一族に訪れるであろういまだかつてない過酷な地獄に、恐怖していたのだ。


 兄夫婦とイコリスは、暗い顔で俯いていた。私も連日の練習で、目の下に隈ができている。いつもは図太いサイナスでさえ、肩を落としてもそもそと前菜を食べていた・・。

 本番で失敗するわけにはいかない。味わう余裕はないが、私は卓上の料理を口へ運び、体力の回復に努めた。



 そうこうしているうちに宴会場が暗転し、一族の歓声が上がった。

 去年披露したナザフォリスの歌劇『隣でしゃくれただけなのに』名場面集が始まったのだ。

 しゃくれた顔を貴族に笑顔と勘違いされる場面や、親衛隊との踊りなど、観客受けの良かった山場だけを選出したようだ・・。


 私とサイナスは、場内の暗さに乗じてこっそり準備を始めた。



 「とーなーりでぇー、しゃーくれたー、だーけーなーのうにぃーーーっっ!!」

  海沿いの崖の上で中年女性を自供に追い込み、親衛隊へ引き渡すと――ひとり舞台に残ったナザフォリスは、寄せ返す波の効果音のなか、大見得を切ってしゃくれた。

 一族はどっと湧き、続いて拍手喝采が巻き起こった。


 終演後、ナザフォリスはお辞儀や手を振るなどして、満足げに舞台から捌けていった・・。




 いよいよ次は、兄の『真・国王物真似』の番である。


「今年はラタタを踊らないのかしら。」

「『真』だから、原点に還ったものまね芸なんじゃないか?」

「陛下は花見では普通に話してたよね。・・公の場の君主喋りを真似るのかなあ。」

 多少なりとも期待を寄せたざわめきが、観客席より聞こえてくる。



 黒子の衣装を着たサイナスと私は、舞台上で二頭の獅子が描かれた巨大な布を広げた。

 当初の予定では、蛾の羽根を片方ずつ描いた二枚の巨大布を展開し、兄の背後で羽ばたくように揺らす『擬蛾陛下(ギガへいか)』になるはずだった・・。

 けれど広げた布は、身を屈め飛びかかる寸前の獅子と、咆吼する獅子をそれぞれに描いた二枚を、つなぎ合わせた巨大布だった。


 陽気なラタタの前奏が流れ、満を持して国王の格好をした兄と、侍従姿のイコリスと義姉が、舞台袖からスキップして登場した。

 一族は皆、途端にがっかりした。

「ああ、今年も『国王ラタタ』なんだ。」そんなしらけた雰囲気が、観客席に充満している。


 昨年の『国王ラタタⅡ』との違いは、手に持っていた扇子が飾り房(ポンポン)に変わり、歌劇『隣でしゃくれただけなのに』の『黒松の書き割り』が舞台上に置かれたままになっていることくらいだった。

 パラパラとお愛想の手拍子が始まったが・・ラタタの多幸感あふれる曲調は一族の一体感を誘い、やがては小気味よい手拍子が宴会場に鳴り響いた。



 ラタタが間奏に差し掛かると、イコリスと義姉が、兄の身に纏っていた白いローブを受け取り、そのまま兄の前面へと掲げた。

 昨年は5枚の扇で兄の上半身を覆ったが、今回はローブで全身を隠した為、一族の視線が一気に集まった。


 しばらくしてローブが取り払われると、・・なぜかローブを着て、後ろ向きに立っていた。

 全身を隠したローブは絵の具で模様を描いた手作りだったが、新たに身に纏っていたローブは、上質な絹織物に刺繍を施した豪華なローブだった。

 ローブ以外の装いは隠される前と変わらないので、一族は首を傾げた。



 間奏が終わりに近づいた瞬間、豪華なローブがばさりと回転した。

「「!?」」


 振り向いたのは、()()()()()()()だった。さっきまでラタタを踊っていた兄ではない。


 観客席は凍りつき、静まり返った。一族は驚きのあまり、声も出なかったのだ。


 獅子を描いた二枚の布は、中央だけ縫い合わせていない。

 黒松の書き割りに潜んでいた国王が、獅子を描いた布の裏を通って中央の切れ目をくぐり、ローブで隠された兄と入れ替わったのだった。

 唖然とする観客席に、落ちたグラスやフォークの音が響く。誰もが口を半開きにして硬直していた。

『国王物真似』を見ていたら『御本人が登場』したのだ。無理もない・・。


 だが、未曾有の試練はここからだ。



 ラタタが再び前奏に入ると、国王は(かつら)と葉冠を取り去った。

「「!!??」」


 残っていた薄毛を剃り上げた、美しい坊主頭を晒した国王は、続けざまにローブを脱ぎ捨てた。

「「!!!???」」


 国王は真冬なのに、白い半袖丸首シャツを着ていた。

 下半身は、剣闘士が穿くような革製のひだ付き腰巻きで・・かなり短い。


 だが一族を驚愕させたのは、季節外れの服装ではなかった。

 目を奪われたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。



 国王が両腕を軽く曲げ胸を張ると、大胸筋が膨れ上がる。次いで肩の筋肉が張り出し、半袖シャツが上へずれて・・おへそが丸出しになってしまった。

 ・・半袖シャツが、明らかに小さいのだ・・。


 皆、瞬きを忘れたように目を見張り、顎がゆっくりと下がっていく。


 国王はラタタを踊らず、両腕を左右に大きく広げた。

 肘を直角に曲げ、拳を耳の横で握りしめると、シャツの裾はさらにずり上がった。完全にさらけ出された腹部は、割れた腹筋の隆起がくっきりと浮かび上がっている・・。



 かつての優美な長身痩躯は、消え去っていた。目の前の国王は、厚みのある胸板に岩壁を思わせる広い背中を備えた巨漢だ。

 適時適量の鍛錬、厳格な食事、そして戦略的な休息。これら血の滲む努力によって、肉体を再構築した姿は・・あまりにも衝撃的だった。



 ・・万が一にでも誰か一人が吹き出せば、一族の理性は崩壊し、笑いが全員へ伝播してしまうだろう。

 たとえ国王に魅了が効かないとしても── 今は、絶対に笑ってはいけない局面なのだっ!

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