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逆襲のオウラ6世4


 夕闇に灯されたかがり火が薄桃色の桜の花を照らし、花びらの輪郭を際立たせている。


「献上の桜は、王城に根を累ね巡らし、我らの縁と共に深まり栄えようっ。累根讃寿(ルネッサンス)!」

「「累根讃寿(ルネッサンス)ーー!」」

 ナザフォリスの乾杯の口上に、プラントリー一族と国王が葡萄酒の満ちたグラスを頭上へ掲げた。

 

 中庭の中央に植樹された桜に集ったプラントリー一族は、マスクを付けていない。

 国王より提供された料理や酒の数々は、すべてプラントリー自らが給仕した。


 一応、親衛隊の隊員が遠巻きに配していたが、なぜかその手には葡萄酒のグラスが握られ、我らと一緒に乾杯していた・・。



 桜の木の下でグラスを飲み干したナザフォリスは、酒豪なのに頬を赤らめていた。60歳近い身体は、これまでの疲労が押し寄せ、限界を迎えているようだ。


 ファウストは、『魅了』により眠った生徒達の後遺症や暗示の影響を検査する必要があるとして、早々に離脱した・・。

 兄夫婦とサイナスの実母は、イコリスとサイナスが処置を受けている医務室へ向かった。私もサイナスの傷の具合を確かめたかったのだが・・兄に、ナザフォリスのお目付役を言い渡され、花見まつりの二次会が開かれているこの中庭に取り残されてしまった。


 国王とナザフォリスに挟まれ立つ私は、葡萄酒を一息に煽るほかなかった。



 『納会』の事後処理が控えている国王は、グラスに口を付けただけで葡萄酒を飲んではいない。ただ落ち着いた様子で、笑顔が溢れる一族の面々を温かく見守っている。


 無礼講の酒席で、国王との適切な距離感をつかみかねていた私に、ナザフォリスが声をかけてきた。


「いいか、アルティーバ。元来、クリスは物静かで穏和な男なんだよ。学生時代のあだ名は『控えメディオ』や『寡黙(かもく)リス』だったんだ。」

「・・懐かしい渾名です・・。」

 自嘲するように呟き、国王は目を細めて微笑んだ。


「クゥーっ。滅多に拝めない、このクリスの微笑みに、学院の女子どもは熱狂したものだ。普段はおとなしいくせに、ちょっと喋ったり笑ったりするだけで女子人気をかっさらっていくっ。」

「フフ・・。そんな、大げさですよ。フォリス先輩。」


「褒めてないっ。勘違いするなっ。女子人気のない男子の敵だと言ってるんだっ!」

「・・・・。」

 思い出話に花が咲くのかと思いきや、急にナザフォリスが怒りだした・・。理不尽な怒声に、国王は押し黙ってしまった。


 私はいたたまれなくなり、二杯目の葡萄酒を煽った。



「女子から引く手あまたでよりどりみどりのクリスだったが、私の助言で()()()をみつけられた!私のおかげで、王妃を射止められたんだよなっ。」

「・・・・。」

 表情が死んだ国王は、返事をしない。


「お、お水、飲んでください。酔ってますよ。」

「酔ってないっ。水などいらんっ!」

 ナザフォリスがこれ以上国王に絡まないよう私は水を勧めたが、受け取って貰えなかった。


「常々、クリスに言っていたんだっ。見た目で寄ってくる女は、いずれ禿()()()()離れていくってな!」


「ちょっと!ちょっと!何を言い出すの?!酔いすぎだよ!!」

「酔ってないと言っただろう!葡萄酒ごときで、私は酔わん!!」


「・・・・。」

 私の制止を振り払うナザフォリスの隣で、国王は微動だにせず沈黙していた。

 ナザフォリスの目は据わっており、完全に酒に呑まれていた・・。仕方なく私は、周りに目配せをして助けを求めた。



 国王に話しかけたそうにして、こちらを窺っていたプラントリーの熟女たちが、私の目配せを察して、酒瓶を手にやって来た。

「ナザフォリスさんは、お酒に強いですものねー。」

「この大吟醸とても美味しかったわー。ほら、飲んでみてー。」

 彼女たちは代わる代わるグラスにお酒を注ぎ、矢継ぎ早に飲ませ続けた。無神経に拍車がかかっていたナザフォリスは、ほどなくして酔い潰された。



 ・・国王から礼を言われた熟女たちは、(かつら)を外した真の姿を目撃していたにもかかわらず、顔を上気させてはにかんだ・・。


 自然と女性から好意を寄せられる本物のモテ男は、頭髪の有無・・容姿など関係ないのだ。長年、独り身の私には、嫌というほど分かりきっていた現実だった。



***


(陛下が学生時代にあまり喋らなかったのは、もしかすると、ナザフォリスのせいなんじゃ・・?)


 桜の木を載せた輿(こし)を担いで、一族総出で王城へ赴くという示威行動のような道化は、奇しくも国王との花見を実現した。

 葡萄酒を飲んでも酔えなかった花見を思い返していると、私はある推測に行き着いた。


 十代の血気盛んなナザフォリスに何を言っても無駄だと、後輩だった国王は諦めたのではないか、と。


(たしかナザフォリスは、卒業を一年延長していたよな・・。)

 フラーグ学院に在学するプラントリー男子がいなくなる場合、卒業を延長して生徒会副会長に残留しなければならない決まりがあった。


(陛下はナザフォリスの卒業延長に、絶望しただろうか・・。当時の生徒会は、険悪な雰囲気だったのでは―)

 私が考えを巡らせていると、サイナスが巨大衣装の仮縫いを続けながら話しかけてきた。



「昨日の『財政諮問会議』には陛下もいたの?元気そうだった?」

 そもそも私の王都への出張は『財政諮問会議』に出席するためだった。


「ああ、いたよ。元気というか・・体型が全体に丸みを帯びて、ふくよかになっていた。顔までふっくらしてて、びっくりしたよ。」

 国王の変わりようは、鬘を外した時よりも私に驚きを与えていた。


「へー、増量期かあ・・。ジェイサムは本格的だなあ。」

(?)


 サイナスが何を言いたいのか、まるで理解不能だったのだが・・年末、『本格的』の言葉の意味を、私は思い知らされることになる・・。

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