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0.プロローグ
この家に来た日のことを、私はよく覚えている。
春だった。
居間の隅では、ラジオが低い音で鳴っていて、台所では割烹着姿の人たちが、音を立てずに立ち働いていた。
庭の梅はもう終わりかけで、
風が吹くと花びらが少しだけ落ちた。
廊下の板は、長い年月で少し反っていた。
廊下のいちばん奥、渡り廊下の先の蔵に、大きな箪笥があった。
黒くて、重たそうで、
この家より、古いのではないかと思った。
「これはね」
と大奥様が言った。
「この家のものは、みんなここにしまうの」
私は黙って頷いた。
その時はまだ、
何をしまうことになるのか、
私はよく分かっていなかった。




