第五話【七色の貴族】
数年が経ち──
レオンはいつしか、自分のことを『僕』とは呼ばなくなっていた。
王都の貴族たちの間では、ある通信の魔道具が爆発的に広まっていた。
その魔道具を生み出した新参の伯爵を、レオンはランダル公爵家の応接室へ招いていた。
「よく来てくれた、クラウド伯爵。私がランダル公爵家嫡男、レオン・ランダルだ。本日は招きに応じてくれたことに感謝する」
レオンが次期当主らしく威厳を込めて挨拶すると、向かいに立つ男は右手を胸へ当てた。
背筋を伸ばしたまま、腰から浅く体を倒す。
非の打ち所がない『ボウ』だった。
「ええ、お初にお目にかかります、レオン様」
顔を上げた男は、七色の長い髪を揺らし、大げさなほど爽やかに笑った。
「ワタクシのような新参の伯爵を直々にお招きいただけるとは、まさにスマート! レオン様のため、マクシミリアン・アルヴァ・クラウド、馳せ参じました!」
「う、うむ……」
「クラウド伯爵などという堅苦しい呼び方は不要です。長ったらしいので、どうかスマートに『マックス』とお呼びください!」
「マ、マックス……?」
完璧な礼法とは裏腹に、あまりにも軽い態度だった。
レオンは少し面食らったものの、すぐに咳払いをして表情を引き締めた。
「……最近、マックス卿が王都で広めている通信の魔道具について、随分と噂を耳にしている。それが領地や民の役に立つものか、私自身の目で確かめておきたい」
「さすがレオン様! 新しい技術を恐れず、ご自身で見極めようとなさる。実にスマートなお考えです」
マックスは懐から、黒く光る小さな板を取り出した。
「こちらでございます」
「そんな小さなものが……魔道具なのか?」
「はい。ワタクシの能力の結晶、スマートなホーム端末! 通称『スマホ』の最新プロモデルでございます」
レオンは差し出された黒い板を受け取り、珍しそうに表と裏を眺めた。
「ふむ。これが、遠く離れた者同士で言葉を交わせるという……」
「そのとおりです。レオン様の気高き御手にこそふさわしい、最高の一品に仕上がっております」
マックスが画面へ触れると、黒い板に光がともった。
「確かに、領地との連絡が早くなれば、魔物の被害や食料不足にもすぐ対応できる。使い方を覚える価値はありそうだ」
「お気に召していただけて何よりです。ぜひ、ランダル家の輝かしい未来のためにご活用くださいませ」
「……大儀である」
満足そうにうなずくレオンを見て、マックスはにんまりと笑った。
「ところでレオン様。Aランクの素晴らしい力をお持ちのあなたに、一つご提案がございます」
「提案?」
「神託都市オラクルで開催される武闘会へ、出場してみませんか?」
レオンの眉がわずかに動いた。
「武闘会か」
「ええ! 武闘会マニアのワタクシから見ても、レオン様なら間違いなく上位へ食い込めます。優勝すれば、莫大な賞金と名誉が手に入りますよ」
「確かに当家は財政難だ。賞金は魅力的ではあるが……断る」
即座に返された言葉に、マックスは大げさに肩を落とした。
「おや。理由を伺っても?」
「私は次期公爵として、我が領地と民を守らなければならない。賞金や名誉のために、遠く離れた都市へ行く余裕などないのだ」
「ですが、優勝賞品の一つである『禁書庫の閲覧』は、ランダル公爵家が許可を出したものですよね?」
「いかにも。当家が許可を出し、賞品として提供している」
「そのランダル家の当主が優勝すれば、よからぬ噂が立つと心配なさっているので?」
「邪推だ。それに、私はまだ当主ではない。母上はいまだ病床に伏しているが、父上の体調は少しずつ快方へ向かっている。当主交代など、まだまだ先の話だ」
レオンはマックスに背を向け、窓の外へ目を向けた。
眼下には王都の街並みが広がり、その遥か先には、自分が守るべき領地と民がいる。
「私には、ここを離れる自由などない」
その声には次期当主としての責任と、わずかな疲れがにじんでいた。
「それほどの力を武闘会で見られないとは、残念ですねぇ。ですが、レオン様。『自由がない』というのは少し違います」
「……どういう意味だ」
「自由より守りたいものがあるだけですよ」
レオンは振り返り、初めてマックスを真っ直ぐに見た。
「マックス……。道化かと思えば、なかなかの人物ではないか」
マックスは食い下がらず、軽い調子で笑った。
「気が変わりましたら、いつでもこのマックスへご連絡ください。スマホなら、遠く離れていても実にスマートにつながりますので!」
「考えておこう」
マックスはマントを翻し、深々と一礼して応接室を後にした。
──
ランダル公爵家の重厚な門を出ると、マックスはさっそく自分のスマホを取り出した。
ある人物へ通信をつなぐ。
数回の呼び出し音の後、静かな女性の声が聞こえてきた。
『……どうだったかしら?』
「エルザお嬢様。あなたの予想どおり、見事にフられましたよ! 領民を守るためだと言って、なんとも立派に断られてしまいました」
『そう……。ご苦労様、マックス。無理なお願いをして、ごめんなさいね』
「いえいえ。ワタクシも、ランダル家が管理する『禁書庫』の謎には興味があります。それに、王都でワタクシとスマホの噂を広めていただき、感謝しております」
『お互い様よ。あなたの魔道具がなければ、わたくしの計画は進められないもの』
「それにしても、なぜレオン様を武闘会へ? あのお方は、てこでも王都を離れそうにありませんよ」
しばらく、返事はなかった。
やがてエルザが、小さく息を吐く音が聞こえた。
『……方法は、わたくしが考えるわ』
それだけ答えると、通信は切れた。
マックスは暗くなった画面を見つめ、肩をすくめる。
「何を企んでいるのやら。とてもスマートな計画には思えませんが……」
一瞬だけ考えるような顔をした後、すぐに商人らしい笑みを浮かべた。
「まっ、儲かって世界の謎まで知れるなら、ワタクシとしては大歓迎ですけどね!」
七色の長い髪を揺らし、マックスは王都の雑踏へ消えていった。




