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第四話【とどかない賛辞】


 それから三年。


 わたくしたちは十七歳になった。


 あの日から、わたくしは赤いドレスをまとい、扇子の奥で冷たく笑うようになった。


 初めの頃は、レオンを傷つけるたびに声が震えた。それでも小さな嘘を重ね続け、今では彼の前でも平然と、嫌な女を演じられる。


 それなのにレオンは、まだわたくしを完全には見限ってくれなかった。


 ──


 この世界では、成人が近づくと『神託板《しんたくばん》』による能力の測定が行われる。


 神託板から与えられる『ランク』と『スキル』。たったそれだけで、就ける仕事や将来まで決められてしまう。


 貴族も例外ではない。


 むしろ、家の力や体面を重んじる貴族社会だからこそ、神託板の評価は平民以上に大きな意味を持っていた。


 その測定を終えたばかりのレオンが、息を切らしてわたくしの屋敷へ駆け込んできた。


 彼は目を輝かせ、まるで幼い頃へ戻ったような笑顔を浮かべていた。


「エルザ! 見てくれ、神託板で『Aランク』が出たんだ! しかも、戦闘に特化した素晴らしいスキル構成だった!」


 Aランクは、国でも一握りしかいないほど高い評価だ。


 レオンは興奮した様子で、身振りを交えて語り続ける。


 差し出された手には、血豆や傷がいくつも刻まれていた。剣を振り続けてきた、彼の努力の証だった。


「これで、もう誰にも文句は言わせない。魔物やダンジョンを討伐して報酬を得れば、領民たちを飢えから救える。自分の腕一つで、みんなを守れるんだ!」


 家名を誇るためでも、自分の力を見せつけるためでもない。


 レオンは、苦しんでいる領民を救えることを喜んでいた。


 三年間、どれほど冷たくしても、彼の優しさは変わっていない。


 本当なら、今すぐ抱きしめたかった。


 傷だらけの手を取り、努力が報われてよかったと、誰よりも喜んであげたかった。


 けれど──。


 わたくしは赤いドレスの裾を翻《ひるがえ》し、扇子を開いた。


 これまでの小さな棘では、彼はわたくしを嫌いになってくれなかった。


 ならば今度こそ、その優しい心へ深く突き刺さる言葉を選ばなければならない。


「……能力の数値に一喜一憂するなんて、男性はどうしてこんなに野蛮なのかしら」


 レオンの笑顔が消えた。


「えっ……?」


「Aランクの戦闘能力を得たからといって、泥臭く剣を振り回すおつもり? 次期公爵ともあろうお方が、平民の探索者と同じように這いつくばって魔物を狩るだなんて……。品がなくて、反吐《へど》が出ますわ」


 わたくしの言葉を聞いたレオンの顔が、苦しげに歪んだ。


 この日のために、どれほどの重圧に耐えてきたのか。


 血のにじむような努力を重ねてきたことも、わたくしは知っている。


 知っているからこそ、一番傷つく言葉がわかってしまう。


「エルザ……」


 レオンは震える声で、すがるようにわたくしを見た。


「どうして……どうして、そんなふうに変わってしまったんだ? 昔の君は、そんなひどいことを言う人じゃなかった。僕が、君に何か悪いことをしたのか?」


「……何もしていませんわ」


「なら、どうして!」


 レオンが一歩、わたくしへ近づく。


「僕に悪いところがあるなら謝る! 君が望むなら直す! だから……もう一度、昔のように笑ってくれないか」


 やめて。


 そんなことを言わないで。


 今でも、わたくしを信じようとしないで。


 差し出された手を取れば、あの頃のように笑い合える気がした。


 けれど、それでは何も守れない。


 わたくしは扇子を強く握り、彼の手から目をそらした。


「昔のわたくしは、ただ子供だっただけですわ」


 鏡の前で、何度も練習した言葉。


 それでも、口にするだけで胸が裂けそうになる。


「それに……あなたのその甘っちょろいところが、昔から本当に鬱陶《うっとう》しかったのよ」


「っ……!」


 レオンの手が、力なく下がった。


 その顔から、最後に残っていた希望が消えていく。


 これでいい。


 これで──。


「帰ってくださる? わたくし、これから新しいドレスの仕立てがありますの」


 レオンはしばらく、その場に立ち尽くしていた。


 何かを言おうとして、結局、言葉にはしなかった。


 やがて唇を噛みしめると、重い足取りで部屋を出ていった。


 扉が閉まり、その気配が完全に消えた瞬間。


 わたくしは糸が切れたように、その場へへたり込んだ。


「……ごめんなさい、レオン」


 彼は、自分の力でみんなを守れると喜んでいた。


 けれど、Aランクがどれほど強くても、王の陰謀や国家の力を相手に、一人で勝つことなどできない。


 むしろ、彼が力と名声を得るほど、王はランダル家を危険な存在だと考えるだろう。


 せめて、わたくしという鎖だけは断ち切らなければならない。


 床に落ちた扇子を拾い、そっと胸へ押し当てる。


「……レオン、おめでとう」


 誰もいない部屋で、ようやく本当の言葉を口にした。


「あなたは、誰よりも立派ですわ」


 けれど、その言葉が彼へ届くことはなかった。



本日の更新は、第四話までとなります。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第五話は明日更新予定です。以降も、完結まで毎日更新いたします。


ブックマークに加えていただけますと幸いです。


ご感想もすべて大切に拝読いたします。

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