↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/22

第二十一話【玉座に朝が差す】

 地下牢を出たわたくしたちは、王城の最上階にある玉座の間へ向かった。


 レオンに支えられながら、長い階段を上っていく。


 途中、何人もの城兵が剣を構えて立ちはだかった。


 けれど、アラタのそばに浮かぶボールと、汚れた赤いドレス姿のわたくしを見ると、誰も剣を振り下ろそうとはしなかった。


 兵士たちの間にも、処刑場の映像はすでに届いていた。


「俺たちは、陛下に騙されていたのでは……」


「だが、命令だぞ……?」


 戸惑いの声が広がり、やがて兵士たちは道を空けた。


 兵士たちは王の命令よりも、自分の目で見た真実を信じ始めていた。


 そこへ、城門の守りを辺境伯軍へ引き継いだマスターとリゼリアも追いついた。


 アラタが先頭に立ち、玉座の間の巨大な扉を押し開けた。


 ──


「貴様ら……!」


 玉座に座っていた王が、血相を変えて立ち上がった。


 その周囲には、屈強な近衛兵《このえへい》たちが何重にも並んでいる。


 外の軍勢が敗れたと知り、自分を守るために集めた兵士たちなのだろう。


 王は震える指で、わたくしたちを指差した。


「近衛兵! この反逆者どもを斬り捨てよ!」


 怒号が玉座の間に響き渡る。


 けれど、近衛兵たちは誰一人として動かなかった。


 剣を抜く者も、槍を構える者もいない。


「な、何をしている! 余の命令が聞こえぬのか!」


 近衛兵の列から、ガイゼル近衛隊長が進み出た。


 腰に差していた剣を鞘《さや》ごと外し、静かに床へ置く。


「王よ。あなたの行いは、すでに全世界に知れ渡っております。私の隊まで騙していたとは……」


「だからどうした! あのような映像、反逆者どもが作った偽物だと触れ回ればよい!」


 わたくしはレオンの腕から離れ、王の前へ一歩進み出た。


「映像が偽物とおっしゃるのでしたら、陛下が正しいと証明するものを、すべて民へお示しになればよろしいのです」


 王の顔から、わずかに余裕が消えた。


「その上で、どちらが真実なのか、民に選ばせればよいではありませんか。ご自分が正しいのであれば、何も恐れる必要はございませんでしょう?」


 王は玉座の肘掛けを強く叩いた。


「民など、目の前に差し出された情報に簡単に踊らされる愚か者に過ぎぬ!」


 やがてアラタが、呆れたように息を吐いた。


「結局、民に選ばせるのが怖いんだろ。だから騙して、自分で選んだと思わせてきた」


「何……?」


「王様というから、どんな人かと思ってたけど」


 アラタは王に鋭い視線を向けた。


「初めて会った王様が、ただの嘘つきとは──がっかりだ」


 王の顔が怒りで赤く染まる。


「測定不能の平民風情が、余を侮辱するか!」


 アラタは王を真っ直ぐに見つめた。


「身分で真偽は変わらない。平民だろうが王様だろうが、間違ってるのはあんただ」


 王は何かを言い返そうと口を開いた。


 だが、声は出なかった。


 アラタの言葉ではなく、周囲にいる近衛兵たちの目に気づいたのだ。


 そこにはもう、王に対する忠誠も畏れも残っていなかった。


「ガイゼル……!」


 追い詰められた王が、怒鳴るように名を呼ぶ。


「余はお前を近衛隊長に取り立ててやった! 誰のおかげで今の地位にあると思っている!」


 ガイゼルは何も答えず、玉座の間の脇にある扉へ目を向けた。


 その合図を受け、二人の近衛兵が一人の男を支えながら入ってくる。


 白髪交じりの髪。


 落ちくぼんだ頬。


 粗末な囚人服をまとい、痩せ細っていた。


 けれど、その瞳に宿る誇りだけは失われていない。


 レオンの呼吸が止まった。


「……父上?」


 かすれた声が、静まり返った玉座の間へ落ちた。


 男はゆっくりと顔を上げた。


「レオン……。無事だったか」


「父上!」


 レオンは、わたくしから離れて駆け出した。


 次期公爵としての体面も、貴族としての振る舞いも、その瞬間だけはすべて忘れていた。


 ランダル公爵の前で膝をつき、痩せ細った手を両手で強く握りしめる。


「生きていた……。父上が、生きて……!」


「ああ。心配をかけたな」


「処刑されたと聞かされ、私は……!」


 レオンは言葉を詰まらせ、父親の手に額を押し当てた。


 その肩が、小さく震えている。


 王が立ち尽くし、信じられないものを見るようにガイゼルをにらんだ。


「ガイゼル! なぜランダルが生きておる!?」


「無実のランダル公爵様を処刑するなど、忠義ではない!」


「ぐっ! この……!」


 ガイゼルはレオンに向き直る。


「ランダル公爵様を処刑せよとの命令を受けた時、私は従うことができませんでした」


 ガイゼルは拳を握りしめ、深く頭を下げる。


「城の外へ逃がせば、すぐに見つかる。やむを得ず、王にも存在を知られていない地下の旧牢へお隠ししておりました」


 レオンが顔を上げる。


「ガイゼル近衛隊長……」


「……はっ! なんなりと処分をお申し付けください」


「……本当にありがとう」


 レオンの瞳がわずかに潤んだ。


「──っ! 過分なお言葉、光栄であります」


 王は一連のやり取りに歯噛みし、なりふり構わず叫んだ。


「余を裏切ったのか!」


 ガイゼルの脳裏に、王城の正門でマスターから告げられた言葉が蘇った。


『迷っているなら、自分の心に従え』


 迷いは、もうなかった。


「裏切ったのは、陛下です。我が隊を欺き、罪なき者の処刑に利用した。もはや、私が忠誠を誓った王はいない!」


 ガイゼルは背筋を伸ばし、王を真っ直ぐに見据えた。


「自分の心に従ったまで──!」


 ガイゼルがそう言ってマスターに目配せした。


 マスターは目を合わせた後、伏し目がちに薄く笑った。


「おのれ……! 誰か、この裏切り者を斬れ!」


 王が叫んでも、近衛兵たちは動かない。


 それどころか、ガイゼルの背後に並び、王に厳しい視線を向けた。


「近衛隊長として、最後の忠告を申し上げます」


 ガイゼルは静かに告げた。


「王よ。国法の裁きをお受けください」


「余を裁くだと……?」


 王の顔から血の気が引いていく。


「余は王だぞ! 王こそが法だ! 余を裁ける者など、この国にはおらぬ!」


「法の上に立つ者がいるのなら、それは法ではありません。ただの暴力です」


「黙れえええっ!」


 王は玉座の脇に置かれていた剣へ手を伸ばした。


 しかし、剣を抜くより早く、二人の近衛兵が王の両腕をつかむ。


「離せ! 余に触れるな!」


 王は必死にもがいたが、屈強な近衛兵の腕から逃れることはできなかった。


 そのまま玉座から引きずり下ろされる。


「余を誰だと思っている! この国の支配者だぞおおおおっ!」


 惨めな叫び声が、廊下の奥へ遠ざかっていく。


 つい先ほどまで、わたくしを閉じ込めていた地下牢。


 今度は王自身が、裁きの日をそこで待つことになった。


 重い扉が閉まり、玉座の間に静けさが戻る。


「お嬢様!」


 聞き慣れた声に振り返った。


 開いた扉から、兵士の肩を借りた爺が入ってくる。


「爺!」


 わたくしは駆け寄り、その傷だらけの手を握った。


「無事だったのですね……!」


「はい。お嬢様も、ご無事で何よりにございます」


 爺は目元を拭い、深く頭を下げた。


「ずっとお一人で抱えてこられた覚悟が、ようやく報われましたな」


「あなたにも、ひどい苦労をかけました……」


「滅相《めっそう》もございません。私は最後まで、お嬢様の味方でいられれば、それだけで十分にございます」


 わたくしは、もう一つの不安を口にした。


「お父様は……?」


「王命によって侯爵邸に軟禁されておりますが、ご無事でございます」


「よかった……」


 胸を締めつけていた最後の不安が、ゆっくりと消えていった。


 ランダル公爵はレオンに支えられながら、玉座の前へ進み出た。


 弱り切った体で、近衛兵や臣下たちを見回す。


 その声はかすれていた。


 けれど、誰もが耳を傾けずにはいられない威厳があった。


「ランダル公爵家は建国以来、王家と共に禁書庫を管理し、王家に次ぐ王位継承権を持つ一族である」


 広間が静まり返る。


「王が民を欺き、国を私物化した今──この国を一時的に支える責務は、我が家にある」


 ランダル公爵は、誰も座っていない玉座へ目を向けた。


「だが、今の私に国を支える力は残っていない。ここにいるのは、病に倒れ、王の悪意を止められず、囚われることしかできなかった無力な男……」


 公爵は一度息を整え、レオンの肩に手を置いた。


「父上……」


「だから、レオン。お前が立て」


 レオンが息を呑んだ。


「我がランダル公爵家の当主代理として、そして正統な継承権を持つ者として、この混乱した国を支えるのだ」


「私が……この国を?」


「ああ」


 ランダル公爵の手に、力がこもった。


「民の前に立つ者は、迷ってもよい。間違えてもよい。だが、逃げてはならん」


 レオンは唇を強く結んだ。


「……私に、できるでしょうか」


 わたくしは、レオンの腕にそっと手を添えた。


「レオンなら、きっとできます」


 レオンがわたくしを見る。それから、アラタへ目を向けた。


「私は……まだ未熟だ」


「知ってる」


「おい」


 思わず返したレオンに、アラタはいつものように笑った。


「でも、一人じゃない」


 その言葉に、レオンは玉座の間にいる者たちを見回した。


 もう、何もかも一人で背負う必要はない。


「……まったく。お前に言われると、逃げ道がなくなるな」


 レオンは小さく笑うと、ランダル公爵に向き直った。


 そして、深く頭を下げる。


「父上。ランダル公爵家の当主代理として、この国を一時的に預かります」


 顔を上げた瞳には、強い決意が宿っていた。


「必ず、民を守ってみせます」


「ああ。行ってこい」


 ランダル公爵は、穏やかにうなずいた。


 レオンは背筋を伸ばし、玉座の間の先にあるバルコニーへ向かう。


 扉の向こうから、大勢の民衆の声が聞こえていた。


 歩き出したレオンが、わたくしを振り返る。


「エルザ。一緒に来てくれるか」


 差し出された手を見つめ、わたくしは微笑んだ。


「──はい」


 混乱する民衆の前へ。


 新しい時代へ向かうために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。