第十八話【刑の鐘】
「ガハハ! 大将を守る盾が、たった一人かよ!」
「我々も随分と舐められたものだな」
巨槌のガルドと、双剣のセイル。
国王軍が誇る二人のSランク能力者が、左右に分かれてアラタへ迫る。
一歩踏み込むたびに地面が砕け、凄まじい魔力の圧が周囲へ広がった。
しかし、二人を前にしても、アラタは表情一つ変えなかった。
(ツリー。相手はSランクが二人だ。殺さずに止められるか?)
問いかけた瞬間、世界から色が消えた。
音が止まり、すべてが白く染まっていく。
《強大な身体強化を伴う物理事象を確認。両者の攻撃を干渉させることで、死亡させずに無力化できます》
アラタの視界に、二人の攻撃が交わる無数の未来が流れ込んでくる。
その中に一本だけ、鮮やかな赤い線が引かれた。
(それでいこう)
アラタが未来を選んだ瞬間、世界に色が戻った。
「死ねえええっ!」
ガルドが大地を砕く勢いで、巨大な戦槌を振り下ろす。
同時に、セイルが死角へ回り込み、双剣を交差させながらアラタの首を狙った。
力と速さ。
互いの長所を補い合った、逃げ場のない連携だった。
直撃すれば、命はない。
だが、アラタは赤い線をなぞるように、半歩だけ前へ出た。
「──なっ!?」
戦槌が、アラタの鼻先をかすめる。
アラタはすれ違いざまに、振り下ろされる戦槌の柄を手のひらで押した。
ほんのわずかに軌道が変わる。
それだけで戦槌はアラタを捉えることなく、横から迫っていたセイルの双剣へ激突した。
「ぐっ……!?」
凄まじい金属音が戦場に響いた。
双剣が砕け、衝撃を受けたセイルの体が後方へ吹き飛ばされる。
しかし、セイルもSランク能力者だ。
空中で体勢を立て直し、着地と同時に予備の短剣へ手を伸ばした。
その目の前に、すでにアラタがいた。
「な──」
驚く暇もない。
アラタのナイフの柄が、胸当てと腹当ての隙間へ入り、みぞおちを正確に打ち抜く。
息を失ったセイルの体が折れ曲がった。
続けて首筋へ放たれた一撃が、その意識を刈り取る。
セイルは声も上げられず、その場へ崩れ落ちた。
「セイル!?」
ガルドが仲間へ目を向ける。
その一瞬に、アラタは巨体の懐へ潜り込んでいた。
「よそ見している場合か?」
「貴様──!」
ガルドが戦槌を引き戻そうとする。
だが、巨大な武器は懐へ入られると、その重さが弱点になる。
アラタはガルドの膝裏を蹴り、体勢を崩した。
わずかに下がった顎へ、ナイフの柄を下から突き上げる。
「がっ……!」
脳を揺らされたガルドは白目をむき、地響きを立てて倒れた。
二人のSランクが攻撃を始めてから、わずか数秒。
派手な魔法も、激しい打ち合いもない。
アラタはただ、必要な場所へ手と足を動かしただけだった。
戦場から、音が消えた。
敵も味方も、目の前で起きたことを理解できずに立ち尽くしている。
「……嘘だろ」
国王軍の兵士が、震える声を漏らした。
「Sランクが二人とも……散歩のついでみたいに……」
アラタは倒れた二人が生きていることを確かめると、すぐに国王軍の中央へ視線を戻した。
「ルーティ。二人は止めた。指揮を出している馬車までの最短ルートを教えてくれ」
ボールの向こうで、ルーティが我に返った。
『え、ええ……! ここから真っ直ぐよ! ただし、馬車の周囲にはまだ大勢の護衛がいるわ!』
「わかった」
アラタは辺境伯へ振り返った。
「辺境伯。動ける精鋭に、あの馬車を包囲させてください。指揮官を降伏させれば、国王軍への命令は完全に止まります」
「承知した!」
辺境伯は剣を掲げ、声を張り上げた。
「精鋭部隊、前へ! 目標は中央の馬車だ!」
辺境伯軍の精鋭たちが、混乱する国王軍の中へ、一本の槍のように突き進んでいく。
その先頭を走るのは、アラタだ。
立ち塞がる兵士の剣をかわし、ナイフの柄で意識を奪う。
アラタが開いた道を、精鋭たちが一気に駆け抜けた。
やがて金色の馬車は完全に包囲され、逃げ場を失った指揮官たちが剣を捨てる。
中央からの命令が途絶えた。
「なるほど……」
辺境伯が、混乱する国王軍を見渡す。
「兵を殺すのではなく、軍を殺すのか」
指揮を失った国王軍には、もう戦うべき相手も、進むべき方向もわからない。
前線の崩壊が中央へ伝わり、中央の混乱が右翼へ広がっていく。
数万の兵士たちは、一つの軍として動けなくなっていた。
レオンは目の前の光景を信じられず、震える声で尋ねた。
「勝てるのか、これで……」
アラタは国王軍から目を離すことなく、短く答えた。
「勝てる」
「まだ、これだけの兵が残っているのだぞ」
「戦いは、剣だけで終わらせるものじゃない。相手の判断を終わらせるものだ」
その言葉を証明するように、国王軍の一角から逃げ出す兵士が現れた。
一人が逃げれば、その隣も続く。
やがて逃亡は波のように広がり、数万の軍勢が崩れていく。
「追撃はしない。退路を残すんだ。逃げ道がある敵は──戻ってこない」
レオンはその意図を悟ると、すぐに剣を掲げた。
「全軍、追撃するな! 武器を捨てた者に手を出すな!」
辺境伯も続けて声を張り上げる。
「レオン様の命に従え! 退路を空けよ!」
命令が伝わると、辺境伯軍の兵士たちはその場で足を止めた。
国王軍は武器や旗を投げ捨て、我先にと戦場から逃げていく。
辺境伯軍は一人の死者も出すことなく、数万の国王軍を退けた。
あまりにも一方的な勝利。
レオンがようやく安堵の息を吐き出そうとした、その時だった。
「辺境伯様! 王都内の斥候より、緊急の伝令です!」
副官が血相を変えて駆け寄ってきた。
「何があった!」
「国王軍の敗北を知った王が、見せしめとして、エルザ令嬢の執事長を処刑すると布告しました!」
「何だと!?」
「処刑は、今から王城前の広場で行われるとのことです!」
「爺……!」
レオンの顔から、再び血の気が引いた。
アラタはすぐにレオンへ尋ねる。
「エルザのそばにいた、あの人か……?」
「ああ。私にとっても、祖父同然の人だ。幼い頃からエルザに仕え、ずっとあいつを支えてきた」
レオンは王城を見上げ、唇を強く噛んだ。
王都の城門は固く閉ざされ、その向こうには高い城壁がそびえ立っている。
正面から軍を動かしていては、間に合わない。
アラタは迷わず、脳内でツリーへ呼びかけた。
(ツリー。城壁を越えて、処刑が行われる広場へ一番早くたどり着くルートを頼む)
《了解。強行突破による最短ルートを表示します》
アラタの視界に、一本の赤い線が浮かび上がった。
その線は城壁の真下まで続き、垂直の壁を駆け上がるように、遥か上へ伸びている。
そして城壁を越えた先から、処刑台のある広場へ向かって一直線に落ちていた。
「……本気か?」
あまりにも常識外れな道を前に、アラタは一瞬だけ目を細めた。
だが、ほかに間に合う道はない。
「レオン、急ぐぞ!」




