第十四話【すべての罪を、わたくしに】
ランダル公爵邸を出て間もなくのことだった。
王の兵がわたくしたちの馬車を取り囲んだ。
護衛たちが剣へ手を伸ばそうとするのを、わたくしは目で制した。
ここで抵抗すれば、クラリネス家まで反逆者にされてしまう。
「抵抗はしません。陛下のもとへ案内なさい」
わたくしと爺はその場で捕らえられ、王城へ連行された。
──
冷たい石造りの玉座の間。
王はわたくしを裁く場に、わざわざお父様まで呼び出していた。
「お父様……」
「エルザ……? 陛下、これはいったい、どういうことでしょうか」
何も知らないお父様が、不安そうにわたくしと王を見比べる。
玉座に座る王は、この状況を楽しむように口元を歪めた。
「クラリネス卿。今日は、そなたの娘が書いた面白い手紙を見せてやろうと思ってな。おい、読め」
王の命を受け、従者が手紙を広げた。
『臆病な父上は、もう用済みです。わたくしはレオンを利用して公爵の地位を手に入れ、父上を毒殺した後、クラリネス家のすべてを我が物とします。その際は、貴殿にもお力添えをいただきたい』
玉座の間が静まり返った。
手紙の末尾には、確かにわたくしの署名が記されている。
「どうだ、クラリネス卿。強欲な娘であろう?」
「なっ……。エルザ、本当なのか?」
お父様が、信じられないものを見るような目を向けてくる。
胸が張り裂けそうだった。
「陛下! 何かの間違いです!」
お父様はわたくしをかばうように、一歩前へ出た。
「娘が、このような恐ろしいことを考えるはずがありません。何者かに脅されたか、そそのかされたに違いありません!」
お父様……。
心の中で謝りながら、わたくしは冷たい笑みを作った。
「お父様の甘くて遅い政治には、もううんざりですの。わたくしなら、領民からもっと上手に搾り取れますわ」
「そ、そんな……。嘘だと言ってくれ、エルザ……」
お父様は顔を覆い、その場へ崩れ落ちた。今すぐ駆け寄り、すべて嘘だと伝えたかった。
けれど、ここで悪女の仮面を外すわけにはいかない。
「手紙の護衛が手薄だったのが運の尽きだな」
王が、見下すような声で笑い声を上げた。
「運搬中の馬車が野盗に襲われ、宛先を書いた封筒は川へ流されたそうだ。だが、この手紙だけは残っておった。誰に協力させようとしたかは知らんが、貴様がおのれの親の毒殺を企てた事実は変わらん」
わたくしは口を閉ざしたまま、王を見返した。
宛先の封筒は、わざと雇った野盗に捨てさせた。
王城を出た時から、密偵がわたくしを見張っていることには気づいていた。裏切りを疑われれば、王はわたくしだけでなく、クラリネス家まで潰そうとする。
お父様を「被害者」に仕立て上げ、クラリネス家を守るための偽手紙だ。
「さらに、辺境伯にも反逆を持ちかけていたな!」
王は手を上げ、もう一つの証拠を従者へ運ばせた。
差し出されたのは、赤い封蝋に刻まれたクラリネス家の紋章が「上下逆」になっている封筒だった。
「余の密偵が屋敷を改めたところ、残っていたのはこの封筒だけだ。今お前が助かっていない事実を見ても……辺境伯は関わり合いになるのを恐れて、手紙を燃やしたのだろう。だが、この逆さの封蝋こそが反逆の意思を示す何よりの証拠!」
王は勝ち誇ったように宣言した。
そう。中身がなければ、辺境伯を反逆罪に問うことはできない。それでも逆さの封蝋があれば、わたくし一人を反逆者にできる。
密書には、レオンの保護を願う言葉と共に「読み終えた手紙を燃やし、封筒だけを残すように」と記しておいた。
二通とも、わざと王に見つけさせるための手紙。
お父様と辺境伯を王の怒りから守り、すべての罪を「わたくし一人」へ集めるために。
「さあ……協力者を言え」
答えられるはずがない。
協力者など、最初から存在しないのだから。
「言わぬつもりか。これを見ても、同じ態度でいられるかな?」
王が指を鳴らす。
兵士たちによって、一人の老人が引きずり出されてきた。
その姿を見た瞬間、息が止まった。
「爺!」
白い髪は乱れ、顔や手には痛々しい傷が残っている。
「なぜ、このようなことを……! 爺は何も知りません!」
「ならば、本人に聞いてみよう。この娘が何を企んでいたのか、すべて話せ」
爺は苦しげに体を起こし、王を真っ直ぐに見上げた。
「私は、本当に何も知りません」
「強情を張るつもりか?」
「いいえ。お嬢様が何を計画され、何を成し遂げようとなさったのか、私は何一つ聞かされておりません」
爺はわたくしへ顔を向け、傷ついた顔で穏やかに笑った。
「お嬢様。あの夜のお言葉どおり、私は誰にも嘘をつかずに済んでおります」
胸が大きく震えた。
爺は、わたくしの計画を知らない。
それでも、ずっとそばにいてくれた。
「ただ一つ、私にもわかることがございます」
爺の声が、静かな玉座の間へ響く。
「お嬢様の心の内。それだけは、長年お仕えしてきた者として、わかっているつもりです」
「爺……」
「どうか最後まで、ご自分で選ばれた道をお進みください。この老いぼれのために、覚悟を曲げてはなりません」
わたくしは唇を噛み、こぼれそうになる涙を押し戻した。
人前では、泣かない。
「それでは爺まで……」
「その先はおっしゃいますな。これは私の選んだ道、人生なのです。私はいつまでも、お嬢様の味方です」
その言葉で、胸に残っていた迷いが消えた。
わたくしは顔を上げ、王を真っ直ぐににらみつけた。
「茶番は終わったか?」
王が不愉快そうに吐き捨てる。
「これは、わたくしが人生を懸けて、ようやくたどり着いた結果です。それを茶番と呼ぶとは、何事です! 恥を知りなさい!」
王は一瞬だけ息を呑み、すぐに顔を真っ赤にした。
「貴様……! 王たる余に、恥を知れだと!?」
「結論を決めてから罪を並べることを、裁きとは呼びません。これこそ茶番! 白状しても、しなくても、結果は変わらないのでしょう? でしたら、さっさとわたくしの首をはねなさい!」
「よかろう!」
王の怒号が、玉座の間を揺らした。
「クラリネス侯爵が娘、エルザ・フォン・クラリネス! 貴様を反逆の罪により、七日後、ギロチンの刑に処す!」
「お、お待ちください、陛下!」
憔悴したお父様が、必死に王へすがりついた。
「せめて、娘の命だけはお助けください!」
「黙れ! 本来ならば、親である貴様も連座で裁くところだ。だが、娘に命を狙われた被害者として、その責任を問わずにおいてやる。その温情がわからぬか!」
「陛下……!」
お父様の悲痛な声が、冷たい玉座の間へむなしく響く。
「連れていけ!」
──
近衛兵に両腕を取られ、地下牢へ続く階段を下りていく。
お父様は裁かれない。
レオンも、きっと辺境へ逃げてくれる。
レオン……。
あの日のあなたのように、わたくしも大切な人のために泥へ飛び込めたでしょうか。
求めていた結果を、自分の手でつかみ取った。
やり遂げたのだ。
それなのに、足の震えが止まらなかった。
──死にたくない。
皆で笑い合える未来も、きっとあったはずなのに。
髪が白くなるまで、レオンの隣で生きていたかった。
貴族でなくてもよかった。
どんな身分でも、どれほど貧しくても、ただ二人で穏やかに暮らせたなら──。
そんな柔らかな未来に焦がれながら、わたくしは冷たい地下牢で、最後の時を待つのでしょう。




