銀世界に降る静寂
昼間だというのに、灰色の雲が空を覆い尽くしていた。太陽はまるでその厚い雪雲の彼方へと逃げ去ったかのように、町へ向けてはほの暗い光しか注がない。陰鬱な曇天が視界を狭め、瓦屋根の連なる宿場町全体を不吉なほどの暗さで包み込んでいる。
凍てついた大気のなか、雪を伴う風が荒れ狂い、小さな氷の粒が容赦なく頬を叩くたび、ミツルは外套のフードをきゅっと引き寄せて深くかぶり直した。
「……まだ昼なのに、こんなに冷えるのね」
吐き出した息が白く漂う。雪混じりの風はつんと肌を刺し、地面に敷かれた石畳には踏むたびに乾いた靴音がこつこつと響いた。それさえも、辺りに漂う張り詰めた空気をいっそう強く感じさせるようで、ミツルの鼓動まで速めてくる。
軒先の鎖がからんと一度だけ鳴り、戸板が遠くでみしりと軋んだ。
通りを見渡せば、人気はまばらで商店も戸を閉めているところが多い。かすかに灯る明かりさえ、何かを恐れるように小さく震えているように感じられる。屋根のへりから、固まった雪がざらりと滑り落ちた。
こんな状況では、暖かな飲食店の湯気や香りなど夢のまた夢。張り詰めた空気の冷たい沈黙だけが重苦しく広がっていた。
「ここが次の宿場のはず、なんだけど……本当にここで間違いないの?」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、ミツルは前の乗り継ぎ所で覚えた道順を思い返す。
いつもなら旅人や行商人で賑わう要所のはずなのに、あまりにも閑散としていて不安を誘う。情報通りなら、ここは北へ向かう道中の重要な中継地点の一つ。馬の乗り継ぎや物資の補給に欠かせない場所というのは間違いないはずだった。
――この陰鬱な空気。なんだろう? 嫌な予感がする。
雪混じりの風がもたらす寒さだけでなく、胸の奥を冷やすような得体の知れない不安が、じわりと広がってゆく。喉の奥がきゅっと細くなる。
そんなミツルの隣を歩く銀髪の青年……ヴィルは、冷たい風にも動じぬ様子で、感覚を研ぎ澄ませながら周囲を見渡していた。瞳は凛として鋭いが、その奥には静かな決意が潜んでいるように見える。外套の裾が風で鳴り、歩幅は乱れない。
――彼も感じている。いったい、この町に何が起きているの?
不審に思った瞬間、ミツルは町のあちこちに見慣れない灰色のマントを羽織る男たちが固まって立っていることに気づいた。
人通りの少ない横道や建物の影など、彼らの姿は思いのほか目につく。しかも、そのマントの端には見覚えのある意匠――宰相家の紋章が刺繍されていた。鈍い銀糸が曇天の下でかすかに光る。
「ヴィル。この状況……どうしたらいいと思う?」
込み上げる動揺を飲み込み、ミツルは低い声で彼に尋ねる。
そんなミツルの小さな戸惑いを気に留める風でもなく、ヴィルは顔をわずかに伏せながら人差し指を唇に当てて合図した。その仕草はぶっきらぼうに見えるが、彼の瞳には冷静な光があり、ミツルの乱れかかった心を落ち着かせてくれる。
「しっ。声を抑えろ。……いいか、あそこの曲がり角を見てみろ」
彼の視線に従ってそっと覗き込むと、曲がり角の先にもまた三、四人の男が身を寄せ合っていた。革靴が石の目地を擦る音が、一度だけ短く響く。
遠目に見ても、彼らの灰色のマントには確かに宰相家の象徴が確認できる。紋章を堂々と掲げるということは、何らかの公式な権限を与えられているのだろうか。けれど、どうにも胸騒ぎがする。
「あれ、宰相の……アレムウェル家の紋章で間違いないわね……。どうしてこんな小さな宿場にまで?」
ミツルは息を潜め、ヴィルに視線だけで問いかける。彼の表情は険しく、周囲の状況を探るように視線を走らせながら口を開いた。
「ここは北へ向かう中継点の一つだ。警戒の網を張るなら、ここを押さえておけば確実だ。あいつらの目的は、恐らく人の流れを監視し、不審者を片っ端から摘発することだろう」
「それって、男爵家の執事を襲ったみたいに?」
「いや、あれは影の手による仕業が濃厚だが、意図するところは同じだな。分かっているだろうが、ここを通らなければ先には進めない」
「そうね……。だけど、これじゃ『仲間』と接触するのも難しくなる。町中に敵が潜んでいる可能性だってある……」
はっきりとした証拠はないが、嫌な予感ばかりが強まる。空の暗さがいっそうミツルを追い詰めるようで、胸の鼓動を抑えられず、指先が手綱の感触を探すみたいに、外套の端をつまんだ。
ヴィルは冷静な口調のまま、鋭いまなざしを宰相の私兵たちへと向けていた。
「決めつけるには早いが、用心するに越したことはない。慎重に行こう」
「……そうね。目立つ行動は避けないと」
ミツルが返すと、ヴィルはひとつ短く頷いてから周囲の建物を観察するように視線を巡らせる。
正面の通りは開けていて、あの灰色のマントたちに見咎められる危険が大きい。すると彼は、物置のように古びた小屋を見つけ、そこへ視線を留めた。
「とりあえず、あそこに馬を隠すぞ。馬具も見えにくく偽装すれば、しばらくは気づかれないはずだ」
「ええ、わかったわ」
ミツルは彼の言葉に続いて、重種馬の手綱を手に古い物置小屋へと足を運ぶ。雪混じりの風がさらに強まり、馬も少し興奮気味に鼻を鳴らした。慌ててその鼻面を撫でて宥め、物置の裏に繋ぐ。大きな体をわずかに震わせる馬に向かって、ミツルはそっと囁いた。
「……ごめんね。すこし我慢してて」
ヴィルがその様子を横目で見ながら、馬の背や馬具を布で覆っていく。風雪のなかで布はすぐ濡れてしまう。真昼間にここへ大勢の人が来ることはなさそうだ。小屋の戸がぎい、と低く軋む。
「よし……これで目立たない。行くぞ、顔を隠せ」
「うん」
ミツルはフードをさらに深く被り直し、ヴィルとともに物置小屋を離れた。
今は女王陛下でも精霊の巫女でもなく、ただの旅人。ミツルはそう自分に言い聞かせながら、一歩ずつ足を進める。けれど、心臓の高鳴りはどうしても収まらない。石畳を踏む足音が耳にまとわりついて、思わず呼吸が浅くなりそうになる。
「……あんなに大勢の、それも私兵を配置するなんて、宰相も抜かりがないわね」
「少なくともこの町に関してはな。もし俺たちが来るのを予測していたなら、ある程度数を置いていても不思議じゃない。正面から挑むのは得策じゃない」
ヴィルの低い声が風を裂いてミツルの鼓膜に届く。ミツルは黙って頷き、慎重に通りを見回した。
灰色のマントを身につけた兵士たちは、商店が並ぶはずの大通りを我が物顔で占拠している。表向きは無頓着なように見えるが、目だけは鋭く辺りを監視しているようだ。
「……見る限り、七人から八人はいるみたいね。全体ではもっといるかもしれないけど」
「町中くまなく見張っていると見ていい。乗り継ぎの支援者たちも、これでは警戒して表には出てこれまい。そう簡単に接触できるとは思えんな」
「だとしても、ここで足止めを食らうわけにはいかないわ。ボコタへ急ぎたいのはもちろんだけど、わたしは、ロゼリーヌさんに『見捨てない』って約束したんだから……」
焦燥感が胸を締めつける。ミツルは彼らの装備に目を遣り、マントの隙間から覗く篭手に目が止まる。
「あれをよく見ろ、ミツル……」
ヴィルが声を落とし、赤茶の革と鎧板の幅を指摘した。
「王都の工房では出にくい染めだ。鎧板の幅もそうだ。それと、鋼にうっすらと青みが出ている。あれは、アルバート製かもしれない」
「あなた、わかるの?」
「この時代の様式に興味があってな。軍司令部詣でのついでに、調べていたのさ。研究にと取り寄せられた他国の武具もいくつかあった。もちろん、アルバート製についてもな」
「それでか。なるほどね」
「軍で見たものは、鞘口の口金が三点留めで、縁の面取りの幅が狭かった。特にあの青みは、向こうの工房で見られる特徴らしい。ただ、ここからでは細部までは見分けられんがな」
「ヴィル……あれってもしかして、例のアルバート領から流れてきたという闇取引の品なのかしら?」
彼はそれに頷くと、警戒するように目を細めながら、ミツルの耳元で小さく囁く。
「ああ、その可能性はある。ダビドの情報では、伯爵がアルバート領のロドリゲス伯と組んで、大量の武器を密かに仕入れていたという話があった」
アルバート領――北部国境の向こう側に広がる隣国。
「彼はその武器を自分の私兵たちに与え、余りを売りさばいて利益を得ていたわけよね」
兵が腕を上げて合図する拍子、外套の内側に下げた号令札がちらりと覗く。宰相家の刻印の下には削った跡があるように見えたが、遠くからでは元の印までは読み取れなかった。
「そうだ。そして、伯爵が消息を絶った今、私兵連中は新たな雇い主として宰相の後ろ盾を得た。そんなところだろう。……それにしても、他国産と疑われる装備を堂々と見せびらかすなんざ、正気の沙汰とは思えん」
あえて威圧するために、装備を見せているのかもしれない。武具の製造元を示す刻印を削って打ち直したり、抜いたりしてあれば、様式はアルバート式でも「模倣だ」と言い逃れが効くだろうと想像できる。
「そういえば、ロドリゲス伯って……資料によるとアルバートの有力な貴族だったわね」
「そうだ。領内に工房都市を抱えるかなりのやり手だと聞くが、詳しいことまでは知らん」
「アルバートとは、昔から国境をめぐって揉めていたのよね。確か、先の魔族大戦の後にも、関係がこじれたのだとか……」
「その通りだ。記憶の欠落を理由に、資料を調べさせてもらったが――」
ヴィルは通りに立つ灰色のマントの男たちを一瞥し、ミツルに顔を寄せて、さらに声を落とした。
「直近では、大戦末期に起きた虚無のゆりかごの一件だな。発生したのはリーディス領内だったが、大量の魔獣が国境を越えてアルバート領に侵攻した。リーディスは軍を派遣して救援に当たったが、戦後になってアルバート側が、被害の補償を求めて魔石資源の権益を主張しだした。古くからの対立に、戦後の権益問題まで重なったというわけさ。国境沿いは今も荒れ気味だと聞く」
「アルバート側からすれば、『こっちはとばっちりを受けたんだから、迷惑料を寄こせ』みたいなところかしら?」
「笑えないが、そんなところだ」
ヴィルは雪を巻き上げる風に抗うように肩をすくめる。路地の奥で看板の鎖がからんと鳴り、兵の笑い声が風でちぎれた。
ミツルはそんな彼の横顔を見つめながら、微かな怒りが胸にこみ上げるのを感じていた。戦後処理のいざこざで、こそ泥のような利権争いが起こり、それに目をつけた者たちが国内外で暗躍する。
「……外交上の対立が続いているというのに、当の係争中の相手から武器や火薬を大量に仕入れるなんて、常軌を逸している……」
「それでも、互いにとってメリットがあるんだろう。ロドリゲス伯は、自領の工房都市で作った品を国外へ捌くことで、同時にレズンブール伯爵を通じてリーディスへの影響力を拡げることができる――」
ヴィルは腕組みをしながら、低く息を吐く。近くの木箱には新しい出納札があり、印の一部が黒く塗り潰されていた。ヴィルが低い声で、残る印は伯爵家のもの、上から加えられた符丁は宰相家のものだと教える。
「宰相はレズンブール伯爵の野心を知りつつも手を組み、都合よく駒として利用してきたわけか。まったく、黒い連鎖だな……」
「まったくよ。こうして自分の目で見て、ダビドの報告がどれほど深刻なのかよくわかった。ここまであからさまだと、呆れを通り越して笑いが出そう」
ヴィルは険しい表情でミツルの言葉を継いだ。
「男爵領で何か事が起きれば、それに乗じて国境を越えて介入してくる恐れだってある」
「だめ……それだけは絶対に阻止しないと。ヘタをすれば戦争になるわ」
「まぁ、向こうも『やられ損だ』と主張したいんだろうがな。どんな口実をつけてくるか、わかったもんじゃないさ」
「……本当に皮肉な話ね。リーディスは、魔獣の被害を受けたアルバートへ救援に向かった。それなのに、その被害を口実に、この国に食い込もうと虎視眈々《こしたんたん》と狙ってくるなんて……」
ミツルは唇を引き結んで、灰色のマントを纏う私兵たちに目をやる。彼らの気楽そうな雑談が、かえって危うい空気を漂わせていた。
「宰相が正規軍を引き連れて動いたのは、隣国への警戒や威嚇も兼ねている可能性が高いが……」
「もしかしたら、宰相自身も……アルバートと……」
フードをぐっと引き寄せ、ミツルは顔を隠す。ヴィルが視線を送ってきたが、その目には穏やかな決意の色が宿っていた。
「だとすれば、まさに売国行為だな。だが、そこまでは断定できん」
「そうね。宰相からすれば、伯爵ひとりに責任を負わせて、自分は追及を免れることもできるわけだし」
「ま、俺たちの仕事は、その闇を暴いて止めることだろう?」
ヴィルの唇がかすかに引き結ばれる。冷たい風が外套の裾を鳴らし、封蝋の割れた箱から油脂の匂いが漂う。あの札のように、金と指揮の出所も入れ替わったのだろうか。ミツルはヴィルの言葉を思い返した。
「……真相を突き止めるためにも、伯爵本人の話を聞きたい。まだ生きているなら、なんとしても彼を確保して、闇の全貌を明るみに出さなくちゃ。わたしたちにはそれが必要だものね」
「その通りだ。まずは乗り継ぎの支援者の無事を確認して、合流する手立てを探さねばなるまい」
ヴィルはミツルを見下ろすように視線を寄越し、少しだけ苦笑した。
「危険な橋ばかり渡る羽目になるが……これもまた、おまえが女王として、自ら決めた道だろう?」
「ええ。後戻りはできない。みんなのためにも、進まなきゃ。できることをする。それが今のわたしの役目だから」
雪混じりの空気が肺を満たすたび、胸がきゅっと痛む。
すると、ヴィルがミツルの肩にそっと手を触れ、小声で囁く。
「だからって気を張りすぎるなよ。今は派手に動くわけにはいかん」
「……わかってる。ありがとう、ヴィル」
そのとき、暗雲に隠れていた太陽の輪郭が、わずかに雪雲を透かして見えた。とはいえ、町の空気は依然として灰色に染まったまま。雲越しの光は力なく、路地の奥をほのかに照らしているに過ぎない。
ミツルはそっと唾を飲み込み、冷えた指先を外套のポケットに忍ばせた。気が張っているせいで寒さを感じにくいとはいえ、指先まで血が通っていないような感覚がある。ヴィルもまた、手袋と袖口の間から覗く肌が少し紫がかっているように見えた。
「……とりあえず、裏通りから回り込みましょう。予定の乗り継ぎ場所へ向かいながら、宿屋や酒場の裏手も覗いて、支援の人たちがいないか確かめたいわ。さすがに表通りを歩くのは、危険よね」
「ああ。正面から行けば、すぐにあいつらの目に留まる。横道を探して、裏から宿を覗いてみるんだ。私兵連中の展開具合も把握しておきたいし、支援の者と接触できれば、町の様子を聞けるかもしれない」
ミツルは周囲をぐるりと見渡す。軒並み閉じられた扉や雪をかぶった看板が、二人にあからさまに冷たい背を向けているようで、ひどく心細かった。かつては商人や旅人が行き交い、活気に満ちていたであろう道が、今はまるで廃墟同然だ。
「……ほんと、不自然よね。町の人たちは、どこに行ってしまったのかしら。いくら雪に閉ざされているからって、ここまで静まり返るものなの?」
ミツルが小声で呟くと、ヴィルは唇をへの字に曲げる。
「きっと、連中に怯えて家に籠もっているんだろう。出歩けば、言いがかりや脅しを受けるだけだ。抵抗すれば制裁を受けかねん。誰だって、下手に目立ちたくはないはずだ」
「そう……ね。寒さ以外に、どこか凍りついたものを感じるのは、そういう理由なのかも」
ミツルは瓦屋根を見上げ、そこに長く伸びるツララを見つめた。
光をほとんど受けない結晶が、細く鋭く先端を尖らせている。その透き通った氷のそばで看板が風に揺れるたび、きいきいという小さな音がどこか不穏な響きを持って耳に残った。
「……さあ、こっちだ。足元に気をつけろ」
ヴィルがミツルの手首を軽く引いて、小路へと導く。
メインストリートの裏手に入り込むと、途端に薄暗く、昼間であることを忘れさせるほどの闇が広がっていた。ところどころに積もった雪が踏み固められ、表面が氷のようになっているらしく、歩くたびにパリパリと心もとない音を立てる。
ミツルは息を飲み、凍りついた水たまりを慎重に跨ぐ。
ヴィルはわずか先を行く形で、周囲を警戒しながらもミツルの歩みを気にかけてくれる。その背中が頼もしく感じられ、胸に芽生えた不安をわずかに和らげてくれた。
角を曲がるたび、路地はさらに狭まり、建物の隙間から吹き込む風がひゅうひゅうと甲高い音を立てる。
町の中心から離れれば離れるほど人影はなく、代わりに古びた木箱や打ち捨てられた荷車の残骸が積み上げられていた。きっとここは普段でも滅多に人が通らない場所なのだろう。
「……こんなふうにコソコソしてると、まるで賊か何かみたいね、わたしたち」
「とはいえ、堂々と女王陛下の姿で出て行って、歓迎してもらえる状況でもないだろう?」
「ふふ……そうね、確かに。それに、わたしが〝ただの女王〟ではないと知ったら、連中はどう動くのかしら。想像しただけで、冷や汗が出てきそう」
「そいつは、大事な時まで控えてもらいたいところだな。こんなところでぶっ放すんじゃないぞ」
「わかってるわよ。そんなことくらい」
こぼれる苦笑に、ヴィルは短く息を吐いて応じる。
「ほら、余計なこと考えて転ぶなよ。ただでさえ凍結してて危ないんだから」
「わかってるって。まったく、心配性なのはどっちなのかしらね?」
気をつけながら歩を進めると、足元の氷が軽くひび割れた。
「あわっ!?」
バリ、と甲高い裂け音が足元で響く。小さく驚いてヴィルの腕を掴む。彼はとっさにミツルの身体を引き寄せて支えてくれ、その腕のあたたかさがじんわりと胸に染みこんだ。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、なんとか。ありがとう」
ほっとしたように視線を交わし合い、ミツルは胸を撫で下ろす。ふいに感じた彼の体温がやけに心強く思えた。
「この先の店も覗いてみよう。支援の者がいないか確かめながら、町の様子も見ておきたい」
「うん……」
そんなやり取りをしながら、二人は路地を曲がる。かすかに光が差し込む先には、再び細い横道が続いているようだ。そこを抜ければ、酒場の裏口か裏通りに面した倉庫のような建物があるかもしれない。
冬の湿気を含んだ木材や石壁の匂いが鼻につき、思わずマフラーを鼻先まで引き上げる。先ほどまでの風向きが変わったのか、ひゅうと上方から吹き込む風がいっそう冷たく、頬を切るように感じられた。
「……風が、また強くなってきたわね」
振り返ると、空は相変わらずの厚い雲に覆われている。雪の粒は先ほどよりも大きくなり、頬を打つ冷たさが痛みに変わるほど。ヴィルは細かく舞う雪を払い落とすように外套の袖を振りつつ、軽く眉をひそめた。
「こんなところ、早く抜け出したいところだが……今は我慢だ」
「うん……」
二人は互いの足音を確かめるように、なるべく静かに歩を進める。ひび割れた氷を踏むときのパリッという音だけが、しんとした暗がりに小さく響いた。
ミツルの胸の奥で、前へ進もうという思いが燃え上がった。暗雲に覆われた空を見上げながら、ミツルはそっと唇を噛んだ。
――大丈夫。わたしには彼がいる。
そう信じて、足元の氷を慎重に踏みしめていく。
「……そろそろ出口が見えてきたな」
ヴィルの声は低く、どこか確信めいている。
ミツルはうなずき、半歩ほど後ろから彼の肩越しに、かすかに覗く光をじっと見つめた。
そこがどの建物の裏手なのかはわからないが、支援者が身を寄せているかもしれない。人の出入りがあれば、町の様子を知る手がかりにもなる。
「……ええ、気をつけましょう」
短くそれだけを告げ、二人は路地の角をそっと曲がり始める。
路地に閉ざされた静寂を破るように、雪を伴う風がまた一段と強く吹きつけてきた。横殴りの白い粒がフードの縁に当たり、視界がいっそう曇る。
それでもミツルは、ヴィルが示す先へと歩みを進める。その背を追い続けながら、終わらぬ吹雪を抜けた先に見えるはずの光明を、固く信じていた。




