罪色(つみいろ)の髪に宿る誓い
ミツルは王宮の執務室の窓際に身を寄せ、雪の色に沈む空をぼんやりと眺めていた。
宙を舞う細かな雪片が、窓の外をじわりと白く塗り潰していく。分厚い雲が日差しを遮り、空も雪も鈍い銀色に見えた。暖炉には火が入っていたが、窓際に立つミツルの背に、そのぬくもりは届かなかった。厚い絨毯を通して、床の冷たさが足の裏に伝わってくる。
ひとつ息を吐き、窓に背を向ける。机の上には、片づけきれない書類が積み重なっていた。
これまでも原議には自ら目を通し、評議に臨んできた。ただ、日々届く書類の多くは、宰相が仕分けをしてくれていたのだ。今はその分まで引き受けなければならず、どれを先に処理すべきか、見極めるだけでも時間がかかる。
その宰相は今、ここにはいない。女王の名代として男爵家を訪れる許可を取りつけ、六頭立ての絢爛な馬車で王宮を発った。コルデオの報告では、出立時に伴ったのは、儀礼的な訪問に見合う護衛だけだったという。
雪は深く、ヴィルは、あの馬車では男爵領まで早くても二週間、下手をすれば三週間はかかると読んでいる。宰相は、北方でリュシアンを王太子として担ぎ上げ、勝ち誇って王都へ戻るつもりなのかもしれない。
ミツルは曇った硝子へ目を戻した。あの馬車が男爵家へ着いたとき、ロゼリーヌとリュシアンは、いったい何を迫られるのだろう。
「まるで大名行列といったところね。ヴィルの予想では、道中で兵を増やして男爵家に乗り込むつもりなのでしょう。そうやって、ロゼリーヌ様とリュシアンに絶望を突き付けて、抵抗など無駄だと思い知らせるつもりなのかしら……」
窓の外を見つめたまま、ミツルは唇を噛んだ。
「……必ず助けるって約束したのに、わたしはこうしてまだ動けずにいる。なんて情けないんだろう……」
ミツルは目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
もっとも、宰相に名代としての訪問を認めたのは、救出に必要な時間を稼ぐためでもあった。許可を渋れば、宰相は男爵領近隣の貴族や駐在軍を動かし、すぐに屋敷を押さえたかもしれない。
出立に先立って渡した書簡も、その訪問を許すためのものだった。母子の意思を確かめぬまま王宮へ連れ出すことも、リュシアンの擁立も、認めてはいない。だが、その書簡を全権委任の証だと偽られれば、二人にはどう映るだろう。見捨てられたと思い込まされるのではないか。ヴィルに打ち明けた恐れが、いまも胸から離れない。
女王の名代という大義名分を得た宰相は、堂々と街道を進み、行列そのもので権威を示すつもりなのだろう。一方、ミツルたちは、その間に伯爵の確保とロゼリーヌたちの救出を果たし、王都が混乱する前の手打ちを狙っている。
危うい綱渡りをしている自覚はある。伯爵の捜索はダビド班に託し、レオンとクリスの動向を伝える報せも待っている。
王宮を長く空ける危険は、宰相も承知しているだろう。王宮には自派の重臣がおり、貴族院の後ろ盾も得ている。女王には何もできないと、高をくくっているのかもしれない。とはいえ、残された猶予はそう長くない。
「伯爵の消息を突き止め、確保できれば。点と点を結べるだけの証拠さえ掴めれば……宰相の策謀を暴いてみせるのに」
抱えている白き聖剣マウザーグレイルの柄に触れた指先が、かすかに震える。
はたしてレズンブール伯爵は、宰相麾下の影の手に消されたのか、あるいは拉致され、何処かに監禁されているのか。女王からの召喚状を、伯爵はどう受け止めていたのだろう。切り捨てられると予見していたのなら、生き延びるための交渉材料として、何らかの「証拠」を握っていたとしても不思議ではない。しかし、消息が途絶えた今は、それさえ確かめようがない。
ダビド班やレオン、クリスたちは、北方の雪を分けて必ず伯爵に辿り着く――そう信じている。だが、ミツル自身も、ロゼリーヌとリュシアンのために動かなければならない。宰相が戻れば、根こそぎ権威を奪われるかもしれない。
ヴィルは、北方行きの手立てがあると語り、そのための準備を引き受けてくれた。いつでも動けるようにしておこうという言葉に、あのときミツルは頷いた。それでもまだ、動き出すための手札が足りない。
「……足踏みしている余裕なんて、これっぽっちもないのにね。なのにわたし、こうして指を咥えているしかないなんて」
言葉が途切れ、暖炉の火がはぜる音が聞こえた。ミツルはマウザーグレイルを抱え直し、冷たい柄に手を添えたまま、深く息を吐いた。
◇◇◇
ミツルは肩をわずかに竦め、書類の山から一枚を取った。指の腹に、羊皮紙のざらつきが伝わる。収穫報告、兵の配備、支払督促……これまでは宰相が優先順位をつけていたものだ。今は、その分まで自分の目で選び、捌かねばならない。
「宰相が抜けただけで、こんなにも仕事の回りが乱れるなんて……。あの人が、長年国政に大きな貢献を果たしてきた事実は、認めざるをえないわね」
宰相とは幾度も意見が衝突した。それでも、国政を支えてきた手腕まで否定はできない。民衆にどれほど支持されようと、それだけで女王の務めを果たせるわけではなかった。
メービスは、即位の直前「王家に初めて誕生した緑髪」と公表された。精霊の加護と聖剣探索の宿命を持ち、離宮で大切に育てられた特別な姫君――救世の英雄という偶像は、民衆から大きな支持を得た。
だが、口外できない事実がひとつある。
――メービスは黒髪の巫女なのだ。
王家にとって忌むべき災厄の象徴、黒髪。その色をウィッグで覆い、緑髪の女王を演じている。
黒髪は不吉なものとして忌まれてきた。両親に似ず、黒い髪と翡翠色の瞳を持つ王家の姫には、デルワーズの面影が重ねられる。精霊の言霊を宿して厄災を呼ぶ――そう決めつけられることもあった。脱色したところで、黒髪に生まれた事実までは消せない。露見すれば、烙印は避けがたい。
父である先王オリヴィエは、表向き「緑髪の姫」として、メービスをこの王宮の外に送り出した。はるか未来から来たミツルは、その身体を借りることでしか、生きる場所を見つけられなかった。
古い因習を打ち破る機会をひそかに探しながら、ミツルは今も秘密を抱えている。真実を知るのは、ごく少数。すでに王宮には、黒髪の巫女と王位簒奪を結びつける噂が、まことしやかに流されている。
窓の外の衛兵たちは寒さのせいか、動きが鈍い。そんな様子まで気になってしまう。王都の静けさは厳冬のせいばかりではない気がした。
ミツルが手元の書類に目を戻したその時、扉を控えめに二度叩く音がした。
「女王陛下、少しお時間を賜ってもよろしゅうございますか」
聞き覚えのある低い声に、ミツルは思考を切り替えた。書面を机へ戻し、扉へ目を向ける。
「どうぞ、コルデオ。報告を聞かせてください」
ミツルは声を和らげた。こうして平静でいられるのも、彼らが支えてくれるからだ。
「畏まりました、陛下」
扉が開き、コルデオが入ってきた。わずかに強ばった面持ちで、一通の封筒を差し出す。
「ステファン殿より、風耳鳥による急報が届いております。通信文は私めがここに書き写してございます」
ミツルは封筒を受け取り、中の紙を取り出した。紙の縁が指先に冷たい。息を整えて、畳まれた通信文を広げる。
書き出しには、男爵家の侍女と接触し、屋敷内の状況を知り、ロゼリーヌの託言を受け取った旨が記されていた。
「監視が厳しい中、よく届けてくれたわね。ステファンたちも寒い中大変だったでしょう……ありがたいわ」
だが、その先を読み進めると、胸の奧がきしんだ。紙を持つ指に、自然と力がこもる。
◇◇◇
私兵がモンヴェール男爵家を占拠し、ロゼリーヌ殿とリュシアン殿を事実上監禁している。
武装兵が屋敷の要所を固め、『伯爵は謁見の栄誉を餌に誘き出され、女王陛下の手の者に殺害された』と喧伝。
侍女の話では、『宰相こそがその陰謀を見抜き、女王陛下は屈してリュシアン殿の王太子擁立を認めた』と、私兵たちが吹聴している模様。その噂は母子の耳にも入っている。
私兵たちの間には、伯爵が死んだなら報酬はどうなるのかとの声がある一方、宰相到着まで母子を逃がさず屋敷を守れば、礼金が出るとの話もある。
現在、当班は屋敷周辺の山林などで監視を継続中。
ロゼリーヌ殿より、「わたくしたちは、女王陛下を信じて待っています」との託言あり。
◇◇◇
末尾の一文を、ミツルは何度も読み返した。
「ロゼリーヌ様……」
名を口にした途端、胸がきゅっと締めつけられた。
北方視察の名目での訪問。少しずつ互いの悩みを分け合った彼女。ギルクを失ってからも、リュシアンを慈しみ、育ててきた。その凛とした姿に、ミツルは人を守る責任をもう一度教えられた。
見捨てられたと思わされているのではないか。ミツルは、そう恐れていた。けれど、母子から届いたのは、信じて待っているという言葉だった。監視の厳しい屋敷から、侍女を通して伝えてくれたのだ。
追い詰められながら、それでも「信じる」と伝えてくるというのに、なぜ自分はまだここにいるのだろうか。
ミツルは瞼を伏せた。
「陛下、王都におきましても『女王陛下による伯爵暗殺』なる流言が広まりつつある由にて、報せが入っております。加えて、宰相派の一部貴族が、さながらそれを裏書きするかのごとき言動を見せております」
コルデオの沈んだ声に、ミツルは小さく首を横に振った。
「……そんなデマが一人歩きしているなんてね。笑えないわね」
ミツルは手元の通信文に目を落とし、紙をそっと机へ伏せた。
「しかも『宰相が見抜いていた』だなんて、いったいどういうつもりなのでしょう」
それでも、ロゼリーヌが「信じる」と託したそのひと言は、胸の底をじんわり温めていた。
黒髪を明かしたあの部屋で、ロゼリーヌが息を呑んだことを、ミツルは覚えている。信じて待ってくれているのだと思うと、こうして座っているのが急に苦しくなった。
一方で、ミツルが黒髪の巫女であることは、公にできない王家の秘密でもある。それが露見すれば国は混乱に陥るだろう。内乱の火種にもなり得て、宰相の思う壺……。
――それでも、彼女を見捨てるなんてこと、できない。できるわけない。
「ロゼリーヌ様……あなたが信じるというならば、わたくしは必ず応えてみせます」
囁くような声だった。窓外は相変わらず鉛の雲。太陽は隠れていても、雪の照り返しで窓辺は薄明るい。
「目下、王宮内においても宰相派が優勢になりつつございます。衛兵や兵士の中にも、陛下に忠誠を尽くすより、宰相派に与した方が安泰と見なす向きが出始めております。予断を許しませぬ」
「ええ……。宰相にとっては、わたくしを失墜させ、退位へ追い込むのが狙いなのでしょう。そして、リュシアン殿を王太子に据えると謳いつつ、実際は新王に祭り上げて、自らは摂政の座を得て実権を掌握するつもりなのよ」
言い切ってから、ミツルは唇の乾きに気づいた。
王都のあちこちで噂が広まり、自分の正統性を疑う声も増えていくのだろう。顔貌も、表向きの緑髪も、瞳の色も両親と似ぬ女王。そうした違いは、噂の餌になる。宰相はその弱点を、リュシアンの擁立を認めさせるためにも使うつもりなのだろう。
民がどんな噂を聞き、どこまで信じているかは分からない。それでも、伯爵暗殺の話を真に受け、女王に裏切られたと思う者がいても不思議ではなかった。
◇◇◇
「失礼いたします――ルードウィン・ヴァルナー卿、只今お越しになっております」
扉越しの声に、ミツルは小さく息を呑んだ。やはり来たか……と胸の内でつぶやく。
ヴァルナー卿――宰相派の有力者として、評議の席でも顔を合わせてきた男。今度は宰相に代わり、女王の前へ出てくるのか。
ミツルは机に伏せていた通信文を折り畳み、書類の下へ収めた。
扉が開き、ヴァルナーが入ってきた。衣擦れの音が近づき、ほのかに甘い香りが漂う。
「女王陛下、ご機嫌麗しゅうございます。突然のご無礼、何卒ご容赦を。宰相殿のご不在を受けまして、僭越ながら本日より暫定的に王宮の政をお手伝い申し上げることとなりました。引き続き、御下命を賜りますようお願い申し上げます」
ミツルは微笑で迎えた。
「なるほど。宰相殿のご不在中は、これまで以上にお力添えいただけるというわけですね。どうぞおかけになって」
彼は備えつけの椅子に腰を下ろし、書類の山へちらと視線を滑らせてから、ゆっくり向き直る。
「不肖の身ながら、王宮が片時も乱れませぬよう、ささやかにお手伝いを……と申しましても、陛下の御政務を妨げる意図など毛頭ございません。ただ、近頃は民心を惑わす風聞が多うございまして。たとえば『伯爵謀殺説』など、耳目を引く話がございますな」
「ええ。なんでも、謁見を餌にレズンブール伯爵を呼び寄せ、王都に到着する前に暗殺するよう命じたとか?」
「無論、陛下を貶める類の噂など、嘆かわしい限り。ですが、火のない所に煙は立たぬと申す不心得者もおりますゆえ、かえって火消しが難しゅうございます。……つきましては、陛下のご意向が曲解されませぬよう、当面はみだりなご動座はお控えいただくのが賢明かと存じます。陛下のご名誉を守るための、あくまで策にございます」
「根も葉もない噂は看過できませんが、わたくしがそれを正そうと働きかければ『伯爵に続き宰相を狙う気か』などと、ますます誤解されかねない。貴殿は、そう仰りたいわけですね」
ヴァルナーは一瞬だけ目を細めたが、すぐににこやかな笑みを浮かべた。
「さすがは女王陛下、すべてお見通しでいらっしゃる。まさしく、その点が私めの最も憂うところにて。ここはどうかご自重を。外向きの火消しと段取りは、私どもが身を賭して整えておきましょう。何分にも、陛下のお立場が一分一厘たりとも損なわれませぬように、でございます」
牽制は十分に伝わった。ミツルは微笑を装って、ヴァルナーに問い返す。
「なるほど、慎重にですか……わたくしに余計な真似をされると、宰相殿の掲げる崇高な理想の障害になる――そう仰りたいのですね?」
「いいえ、とんでもない。そうは申しません。これも陛下の御身のためでございます」
「わかりました、ヴァルナー卿。ではしばらくは控えめにしておきましょうか。正直なところ、いまは日々の政務だけで手一杯でして、宰相殿のお力の偉大さを痛感しているのも事実ですのよ。彼が無事帰還されましたら、労いの宴を用意せねばなりませんね」
「御意」
満足げな表情を浮かべ、ヴァルナーは礼を尽くして辞した。扉が静かに閉まり、部屋には淡い香りが残る。ミツルは肩の力を抜き、細く息を洩らした。
「まるで監視役ね。あの人に動きを悟られれば、すぐに宰相の耳に入ることでしょう……」
「左様かと存じます」
ミツルは背もたれに身を預け、まだ指先が震えていることに気づいた。即位の喝采は遠のき、女王が伯爵を殺したという噂が立場を削っていく。黒髪まで明るみに出れば、混乱はいっそう広がるだろう。宰相に、退位を迫る新たな口実を与えてしまうかもしれない。
「……コルデオ、わたくしはどうすればいいと思いますか? ここで正規軍を動かせ、などと命じれば、二人目の犠牲を出そうとしていると騒がれるだけでしょうし……」
声がかすかに震えた。
「陛下のお心中、痛いほどお察しいたします。されど、勝機はなお残っております。伯爵の件を明らかにするには、なお調べを進めねばなりませぬが、宰相の到着に先んじて母子をお救いする望みはございます」
「そうですね……。まずは予定通り銀翼騎士団本隊の北方展開を急がせましょう。ステファン班と合流してもらい、状況に応じて母子の救出に動ける態勢を整える」
ミツルは地図を広げ、街道と山道を指でたどった。人質がいる以上、力ずくは禁物だった。宰相の到着まで、時間がない。
「宰相が先に着いてしまえば、既成事実を覆せなくなる恐れがある……。ロゼリーヌ様やリュシアン殿が傷つく前に何とかしなければ……」
「では、宮廷内にて引き続き宰相派の動向を探らせていただきます。信に足る少数の者を頼み、目立たぬ形で情報を集めましょう。併せて例の調査も急がせます」
「お願いします。くれぐれも気をつけて。こちらの動きがバレれば、すべてが水の泡です」
窓の外では風が強まり、雪が激しく吹きつけていた。ミツルは地図から目を離し、しばらく黙っていた。
「宰相が何を考えているのか、全く分からないわけではないのです。わたくしが王位を引き継いだのは、病に倒れた父上の意向を汲んでの緊急の措置でしたから」
「はい」
「……王家存続と国家再建のためには、仕方のないことでした。でも、黒髪を隠したまま女王を続けるのは難しいし、正直、わたくし自身もいつばれるかとヒヤヒヤしています」
「先王の御代より宰相を存じ上げる身として、彼が官僚として優秀であることは否みませぬ。ただ、実利を重んずるあまり、情理に乏しいきらいがございます」
「そう見えます。たしかに損得の勘定はしっかりしていますし、国政を運営するにはある程度の非情さも必要だと思います。だとしても、わたくしがレズンブール伯爵を殺させたというデマまで流し、ロゼリーヌ様たちを追いつめるようなやり方は、あまりに卑劣すぎます。……リュシアン殿は、まだ十歳なのですよ。わたくしは、ロゼリーヌ様の信頼に応えたい。たとえわたくしが忌むべき黒髪の巫女であるとしても……いいえ、だからこそ人を恐怖で支配するような理不尽が許せない。それがたとえ政治や国家運営の正しいあり方だとしても、わたくしは違う道を選びたいのです」
「ご英断と存じます、陛下」
侍従長の頷きは静かで、しかし重かった。
「あとはダビド班の報告次第でございます。決断に足る材料が得られればよいのですが」
「そうですね……。伯爵の消息だけでも、わかれば……」
ミツルは椅子から立ち上がった。ひとつ息を吐き、コルデオに向き直る。
「コルデオ、その時になったら、打ち合わせた通り、直接わたくしが動きます。宰相が着く前に男爵家を奪還して、ロゼリーヌ様とリュシアン殿を保護する。伯爵の消息を突き止め、わたくしが殺害を命じたという噂も覆さなければなりません。……リュシアン殿の自由意志を守り、あの純粋な瞳を曇らせないためにも」
「承知つかまつりました、陛下。及ばずながら全力でお支えいたします。しかしながら、我らが動けば、宰相派は『女王は二度目の凶行に及ばんとする』と喧伝いたしましょう。その危険だけは、何卒ご承知おきください」
「構いません。どう足掻いたとしてもわたくしは黒髪の巫女であり、いつそれが露見するかしれない。ならば、人を見捨ててウソのまま女王を続けるより、いま守るべきものを守りたい。……ロゼリーヌ様のくださった一言が、そう決めたわたくしの背を押してくれたのですから」
ミツルは胸に手を当て、瞼をぎゅっと閉じた。
――待っていて、ロゼリーヌ様、リュシアン。わたしは必ずあなたたちのもとへ行くわ。ミツル・グロンダイルは、そんなに脆くないのだから。
目を開けると、窓の外では雪が激しい風にあおられていた。
ミツルは机へ向き直り、散らばった書類を一枚ずつ片づけ始めた。日々の政務を捨てることはできないし、救出の準備も同時に進めなければならない。




