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月影を裂く銀の翼

 その夜、男爵家の領地を包む闇は、月明かりまでも呑み込むほど濃く沈んでいた。夜気は冷え、吐息が喉の奥で薄く張りつく。


 遠く一声、犬の吠えが切れて、草の露が裾をじわりと重くする。レズンブール伯爵家の紋章を掲げ、伯爵の私兵と思しき者たちは増員され、屋敷の周囲と街道の要所ごとに見張りに立っている。金具が触れる乾いた音、鎧の継ぎ目が軋む気配が、風の筋に乗って散った。


 少しの物音でも探られ、得体の知れない侵入者であれば、容赦のない手が伸びるだろう。だが、旗と装備が揃っているからといって、誰が集め、誰の命令でここへ立たせたのかまでは確定していない。レズンブール伯爵と宰相との関係は、王宮でも噂されているが、だからといって両者が結託しているという証にはならない。


 しかし、ステファン率いる銀翼騎士団の臨時分隊は、それでも突破しなければならなかった。女王メービスから預かった書状を、どうにかロゼリーヌの手へ――夜の肌理に紛れ、密やかな潜入の息が静かに合わされる。


「ステファン班長」


 声が枝先で折れ、冷えが喉に薄く貼りつき、息の底が浅くなる。森の小道を抜けた先、若い兵が声を落として呼ぶ。


 王都から隠密に派遣された一員だ。緊張が頬の皮膚を薄く引き、肩の上下が浅い。腰の小刀が鞘の縁でかすかに鳴った。今回の任務にかぎって、同行者たちはステファンを「班長」と呼ぶ。


「南西側も夜番へ替わりました。街道へ出た巡回は二人。戻るまでには、まだ時間があります」


「こちらも同じだ。塀の内側へ入るのは私一人にする。お前はここに残り、退路を見ろ」


「しかし――」


「今は書状を渡すことが最優先だ。下手に数を増やせば、敵に気取られるぞ」


「屋敷内の状況把握も必要かと存じますが」


「逸るな。私たちは戦いに来たわけではない。陛下の命令を遵守せよ」


 若い兵は言いかけた言葉をのみ込み、短く頷いた。


 王都を出たのは、ステファンを含めて二十名だった。銀翼騎士団の臨時分隊として集められた者たちは、出立の日も道も分け、この領内へ入ってからも一か所には集まっていない。街道、村外れ、屋敷を見下ろす斜面、荷車が通る道。それぞれが旅人や日雇いに紛れ、見えるものだけを記録していた。


 ヴォルフ殿下が直々に選抜したという面々には、騎士らしい家柄や経歴を持たない者も多い。初めて名を聞いた者もいれば、軍の記録では目立たなかった者もいる。ステファンは、彼らを集めたヴォルフの判断を、そのまま信用したわけではなかった。だが、ここまでの道で、誰一人として手柄を急がず、自分の見聞と推測を分けて報告した。魔族大戦の最前線を生き抜いた者たちの働きに、疑う余地はなかった。


 ステファンは喉の奥で息を一度潰し、耳を澄ます。雲に入った月光がひと筋、塀の欠けを浅くなで、革手袋の縫い目がかすかに軋む。どこかで刀の鞘が袖に触れ、擦れが風に紛れ、空気を薄く切った小音が消える。湿った土の冷えが足裏へ上がる。


――やはり厳しいか。正面は論外。門を開かせる目もない。


 指二本、次いで親指を折る。合図は静かに伝播した。動きは二手。屋敷からやや離れた位置で陽動にあたる組と、塀の内側へ単身で入るステファンだ。


 陽動は大げさに騒がない。一瞬だけ「あちらかもしれない」と注意を逸らせばいい。掌の小石を三つ、投げる間隔まで決めて散る。夜露が石に沁み、指腹が冷たくなる。


「無理は承知だ。……頼む、任せた」


 頷きが闇にほどけ、陽動組は木立の陰に溶けた。黒革の外套が低い枝を掠め、小さな葉擦れが消える。


――殿下は、魔族大戦で一体何を見てきたのだろうか。


 喉の奥でひとつ息を押し入れ、北側を見据える。厨房の搬入口がある。封鎖は当然と見るべきだ。ここで機を逃せば、王宮に留まる女王陛下の足場も揺らぐ。


 梢を裂く羽音が遠くでひと跳ねする。それを合図に、ステファンは目で促した。


「……行くぞ」


 囁きにも満たない低さで、しかし重みを帯び、夜気の膜がわずかにたわむ。


 ステファンは塀の影に身を寄せ、月が雲へ隠れた拍を狙う。わずかな暗さの揺らぎが、巡回の視界に細い溝を開ける。塀際の空気が沈む。見張りの影が陽動の方へ細く消えた。すぐに膝、肩、手の順で壁に触れる。


 今だ――。掌に石灰の粉が薄くつく。目地の溝へ爪をかけ、肩を送る拍に息を止める。頂で身体を畳み、踵を外して土の沈みだけで受ける。腰の留め具が鳴らぬよう、帯を抑える。


――音を立てるな。ここで終わる。


 足裏に土の弾力が微かに返る。胸の内側で鼓動だけが高鳴り、舌の裏へ乾きがのぼった。裏庭の暗がりに、二つの影。低い掛け声が玄関の方へ流れていく。足音が薄くなったのを見計らい、壁沿いを這うように裏手へ。


 狭い露地の先、板張りの戸。戸口には油燈が掛けられているが、布で半分覆われ、光は床だけを舐めている。夜間の搬入があったのだろう。用心の痕跡が灯の縁に残る。灯油の匂いが薄く鼻へあがった。


 当然、無防備ではない。廊下の奥で足音がこちらへ寄ってくる。靴釘が石を掻く音。ステファンは柱の影に身を伏せ、呼吸を薄く伸ばした。


 やがて裏口がきしり、侍女らしき女が戸口に立つ。籠へ道具を詰め、肩越しに用心深く暗がりを掃く。今なら、声を掛けられる。


 驚かせてはまずい。悲鳴は刃より速い。肩の力を落とし、壁に貼りつくよう進む。泥のついた靴底で乾いた葉を踏まないよう、指先で足を置く先の土を確かめる。ステファンは剣から手を離し、両手が見えるよう胸の前へ上げて、庇の影からゆっくり姿を現した。


「静かに。声を上げないでください。我が名はステファン・ギヨーム。女王陛下の命を受け、ロゼリーヌ殿への書状をお持ちしました」


 侍女の身体が強張り、籠の中で灰掻きが小さく触れ合った。逃げるでも、すぐに人を呼ぶでもなく、彼女はステファンの顔と、何も持っていない両手を交互に見た。


「王宮から、ですか……?」


「はい。あなたに危害を加えるつもりはありません。証拠として、陛下直々の書状をお見せします。どうか信じてください」


 侍女は答えなかった。けれど、後ろへ下がりながらも戸を閉めなかった。ステファンは動きを急がず、外套の合わせから封書を取り出した。女王自身の赤い封蝋は崩れていない。宛名が彼女にも見える向きにして、掌の上へ置く。


「これをロゼリーヌ殿へお渡しいただきたいのです」


 侍女は封書へ目を落とした。手を伸ばしかけたものの、すぐに引き、廊下の奥を振り返る。


「ここでは……。中へ。音を立てないでください」


 戸の隙間が人一人分だけ広がった。ステファンは一礼し、侍女のあとに続いた。


 戸が内へ吸いこまれる。石床の冷たさと、鍋に残る脂の匂いがひやりと肌へ寄る。瓶や木の卓が所狭しと並び、火は落ちているのに、灰の温度だけが低く残っていた。


 戸が閉じられる。侍女は手早くステファンをテーブルの陰へ促し、廊下の気配へ耳を伸ばす。屋敷の内部にも見張りの足が通い、金具の触れる音が細く渡る。足音が遠ざかるのを待って、侍女はステファンにその場に留まるよう手で示し、厨房の奥へ消えた。


 ほどなく、先ほどの侍女に伴われ、年配の侍女が足早に入ってきた。揺れる灯に横顔がかすかに強張り、視線は鋭い。


「本当に王宮からいらした方なのですか?」


「はい。ただし、証拠となる物はこの封書だけです。信じていただけますか?」


 ステファンは封書を差し出した。年配の侍女は受け取らず、灯りの下へ寄せるよう求めた。油燈の明かりの下で、宛名と封蝋を時間をかけて見定める。そのあいだも、彼女の片耳は廊下へ向けられていた。


「メービス女王陛下……!? 陛下がロゼリーヌ様へ……」


「封は一度も解かれておりません。私が陛下からお預かりし、ここまで運びました」


「なぜ、門からお入りにならなかったのです。王宮からの使者なら、名を告げて正面からいらっしゃればよろしいでしょう」


「それでは、門を押さえている者たちに、封書を取り上げられるか、封を解かれるおそれがあります」


「なんですって……」


「彼らが誰の命令で動いている者なのか、背後関係についてはまだ確認できておりません。門を押さえている者へ、この封書を預けるわけにはいきませんでした」


「彼らはレズンブール伯爵家の紋章を掲げていましたが……」


「偽装である可能性も捨てきれません故」


「わかりました」


「この封書は、陛下ご自身がロゼリーヌ殿へお気持ちを伝えるためにしたためられたものです。内容については存じません」


 年配の侍女は黙ったまま、封書から目を上げた。


「では、王都へ向かった当家の執事は、どうなりましたか?」


 問いは低かったが、若い侍女が息をのみ、両手を胸元で組んだ。


「何者かの襲撃を受け、瀕死の重傷を負われました」


「ああ、なんてことでしょう……」


「ですが、執事殿は生きておられます。いまはこちらで保護しており、医師が手当てを続けています」


「……そうですか。よかった」


「はい。残念ながら書状は奪われました。ですが、執事殿からは事情を伺うことができました。陛下はその話を聞いて、この書状を書かれたのです」


 若い侍女が口元を押さえ、年配の侍女はしばらく目を閉じた。やがて顔を上げたときも、封書を受け取る手はまだ伸びてこなかった。


「それなら、なぜ、もっと早く……」


「申し訳ない。それまで王宮におられる陛下には、こちらの情報が何も届いていなかったのです。襲撃した者が誰なのかも、伯爵家の真意も、宰相が水面下でどう動いているのかも、分かっていませんでした。ですが、陛下は最悪の事態を危惧しておられました。だからこそ、お二人を見捨ててはいないというご意志を伝えるため、私をこちらへ送り込んだのです」


 年配の侍女の目が、もう一度、封蝋へ落ちた。


 そのとき、廊下の奥から、軍靴の音が近づいてきた。


 若い侍女が油燈を持ち上げ、年配の侍女は手で戸棚の陰を示した。ステファンは封書を懐へ戻し、音を立てないよう身を滑り込ませた。積まれた麻袋が肩へ触れ、乾いた麦の匂いが鼻をつく。


 厨房の扉が開く。


「今、男の声がしなかったか?」


 低い声とともに、外套を着た兵が一人入ってきた。胸元に縫い取られた紋は、門に掲げられたものと同じに見えた。男は厨房を見回し、作業台の根菜と、戸口に置かれた灰の籠へ目を止めた。


「いいえ。明朝の下ごしらえをしておりました。灰の籠を倒しかけて、この子を叱っていたのです」


 年配の侍女が答えると、若い侍女は俯き、灰掻きを握り直した。


「こんな夜中にか。紛らわしいことをするな」


「昼は荷の受け入れに時間がかかりますので。朝の支度まで遅らせるわけにはまいりません」


 兵は鼻を鳴らした。若い侍女の手から油燈を取り、食料棚の奥へ光を向ける。光は穀物箱の縁まで届いたが、脇に積まれた麻袋がステファンの靴先を隠した。兵がもう一歩、食料棚のほうへ踏み込めば見つかる。剣を抜けば二人の侍女まで疑われる。ステファンは壁へ背をつけたまま、男の足の向きだけを見ていた。


 廊下の奥から別の兵が名を呼んだ。


「ああ、今行く」


 男は油燈を作業台へ戻し、若い侍女を一瞥した。


「余計なところへ出歩くな。必要な物があるなら、明日、門の者へ言え」


 扉が閉じ、軍靴の音が遠ざかっていく。聞こえなくなっても、年配の侍女はすぐには動かなかった。廊下へ耳を澄まし、もう一度扉の外を確かめてから、戸棚の陰へ寄る。


「もう大丈夫です。ですが、これ以上ここにいては危険です」


 ステファンが出ると、若い侍女は灰の籠を抱きしめるように持ったまま、閉じた扉を見ていた。


「毎晩、あのように見回りが?」


「イストリアの伯爵家から来たと名乗っておりますが、私どもには、それ以上のことは分かりません」


 年配の侍女は声を抑えて答えた。


「使用人が外へ出るにも許しが要ります。買い入れた物は門で一つずつ調べられ、屋敷の中で誰が誰と話したかまで問い質されることがございます。何もかも、リュシアン坊ちゃまの警護のためだと言われました。けれど、これでは……」


 言葉はそこで止まった。何と呼ぶかを口にしなくても、門を閉ざされ、屋内まで見張られている事実は変わらない。


「ロゼリーヌ様のご体調が心配です。様子はいかがですか?」


「夜もお休みになれない日が続いております。兵たちが屋敷へ入ったことも、リュシアン様がお屋敷の外に出られないことも、ご自分の責任のように仰って……ですが、私どもの前で決して弱音をお吐きにはならないのです。私どもにはそれが不憫でなりません」


「坊っちゃんも、ずっと書斎かお部屋にいらっしゃいます」


 若い侍女が続けた。


「前は、勉強が終われば庭へ出て遊んでおられたのに。近ごろは窓から外をご覧になるだけで……。私、もう一度、坊っちゃんが外で笑うところを見たいです」


 台所の静けさが言葉の余白に沈み、灰の匂いが細くひろがっていく。


 暮らしの音が塗り潰される屋敷。ステファンはふたりをまっすぐ見て、声を落とす。


「……怖れることはありません。メービス陛下もヴォルフ殿下も、必ず動きます。

 あのお二人は、精霊の巫女と騎士です。あなたも魔族大戦の噂はご存じでしょう。その力がどれほど心強いか。我ら銀翼騎士団も、男爵家の皆様をお守りします。……今は辛いかもしれませんが、どうか堪えてください」


 ステファンは再び封書を取り出した。


「お受け取りいただけますか!?」


 年配の侍女は若い侍女を見た。若い侍女は唇を結び、今度は迷わず頷いた。


 年配の侍女が両手を差し出す。ステファンは封蝋を傷つけないよう、その掌へ封書を置いた。受け取った彼女は宛名を確かめ、前掛けの内側に縫いつけられた深い物入れへ収めた。その上から布を戻せば、外からは何も見えない。


「今すぐお目にかかれるとは申し上げられません。見張りが廊下を離れる時刻を待たねばなりませんから」


「承知しています。返事をいただくために来たのではありません」


「……分かりました。この書状は、私が責任を持ってロゼリーヌ様へお渡しします」


 年配の侍女の声に迷いはなかった。


「ご協力に感謝します」


 ステファンは深く頭を下げた。


「もう、お戻りください。万が一見つかったら、あなたも私たちも……」


 年配の侍女の視線がステファンを急かし、灯が細くなる。長居は危うい。空気がまた固くなる。


「安心してください。すぐに出ます。……本当に、ありがとう」


 気配が薄れたとき、裏口の扉がわずかに開く。冷たい夜気が頬を撫で、胸の強張りがわずかにほどけた。ステファンは一度だけ振り返った。布の影で、ふたりの小さな頷きが重なる。


「――絶対に、諦めないでください。必ず、状況を変えてみせます」


 言葉の熱が夜へ沈み、灰の匂いだけが残る。


 そのまま薄暗い庭へ身を滑らせる。扉がそっと閉じられ、外の風がすぐ近くに戻ってきた。


 塀を越える経路は来た道しかない。同じ道を二度通るのは危険だが、足を止める余裕もない。壁際を伝い、先ほど塀を越えた場所へ回る。月が雲間からのぞき、影がくっきりと濃くなる。湿った苔の匂いが根を張る。


――陽動が、うまく引きつけてくれていれば――。


 罵声が南西側から裂けた。


「……あっちだ、動いたぞ!」


 心臓が縮む。しかし罵声は、塀の外で遠ざかっていく。意図どおりだ。


 感謝を胸に、ステファンは一息で塀を攀じ登り、頂から外へ身を投げる。膝へ衝撃が薄く響く。転がらず、土の沈みで受ける。物陰へ滑り、耳を澄ます。追う足はない。倒木に背を寄せ、呼吸を整える。胸の高鳴りが収まり、肩の強張りがほどける。すぐに森の深い影へ吸い込まれ、合流地点へ向かった。


 合流地点にいたのは、陽動に出た二人と、退路を見ていた若い兵だけだった。ほかの者たちは、命じられた場所で監視を続けている。


「班長、首尾はいかがでしたか?」


 若い兵が尋ねた。


「成功だ。屋敷の侍女に預けた。とはいえ、本人の手へ渡ったかどうかは確認していないが」


 そこで言葉を切り、ステファンは暗い屋敷を振り返った。前掛けの内側へ封書を収めた侍女の手と、責任を持って渡すと言った声を思い出す。


「だが、必ずロゼリーヌ殿に届くと信じる」


 誰も歓声を上げなかった。陽動に出た兵が、南西側で確かめた配置を簡潔に報告する。


「物音を追ったのは二人だけでした。残りは門と屋敷の近くから動いていません。こちらへ追手も出ていないようです」


「判断するには早い。配置を変える可能性もある。今夜の巡回、門の人数、荷の出入りを、これまでどおり別々に記録しろ。こちらから戦端を開くな」


「承知しました」


「二人ずつ時間をずらして休め。夜明け後も全員は集めない。連絡地点も一度変える。指示は、各持ち場へ伝えろ」


 唇を結び、目で合図を送る。


「俺たちの戦いはこれからだ。あの母子を、女王陛下の願いを――俺たちで守り抜くぞ」


 言葉の尾が葉裏を震わせ、光が地に落ちた。


 指示を受けた三人は、それぞれ別の方角へ離れていった。ステファンも、先ほどの窪地へは戻らず、屋敷の東側を見渡せる雑木林へ向かう。足元の暗さが薄れ始めるころには、門前の人影と、街道を通る荷車を見分けられるようになっていた。


 女王の書状は、まだロゼリーヌ本人の手へ渡ったと確かめられたわけではない。屋敷を囲む者たちの命令者も、目的も、分からないままだった。それでも、王宮へ向けた言葉が途中で奪われ、返事のない時間だけが延びていたときとは違う。女王の言葉を収めた封書は、いま屋敷の内側にある。


 ステファンは木々のあいだから門を見据えた。月は西の梢へ傾き、その光を受けた雲の縁だけが、細い銀色を残していた。


 梢の縁に柔らかな朝日が差し、葉先から雫がぽたりと落ちる。黄金に染まる薄霧がゆっくり後退し、雲の切れ間から太い光が伸びた。


――この小さな突破口が、大きなうねりの端緒になる。


 胸の奥でそう繰り返し、ステファンは大樹の影へ身を沈めた。遠い屋敷を見張る瞳に、わずかな熱が灯っている。


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