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帰るぞ、英雄ども。  作者: 金手 新
第一章 地下都市の帰り道

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05話 英雄の仕事

 リオンは俺の説明が終わる前に弓へ手を伸ばし、吊った左腕を動かそうとして顔をしかめた。俺が荷台の端から立って弓を渡そうとすると、彼は首を振る。


「紐だけ直してくれ。弓は背負っていく」

「その腕で、弓を引くんですか」

「支える方を傷めたのが面倒でな。今のまま引けば、狙いの方が先にずれるだろう」

「それなら、俺とセラさんで先を見てきます。工兵も残ってますし、エルナさんの声は届いていました」

「二人が確かめた場所までなら、頼んだだろう。だが、下へ続く扉があるんだな。そこに残った人の顔を、俺は忘れている。紙に名前があるから捜せ、と外から命じて終わりにはしたくない」


 弓の紐を直す間に、もう一度だけ止めた方がいいのかと思った。けれど、あの扉の先を知っているわけでもない俺が、大丈夫ですから待っていてくださいとは言えなかった。格子へ入れた犬より大きいものがいたら、次も同じやり方で済むとは限らない。

 リオンは近くの兵を呼び、弩を支えごと持ってこさせた。短い鉄の弓へ木の柄を付けた物で、道の警備に使っているものらしい。兵が巻き取り用の柄を回し、弦を張ってから台へ据える。


「横棒を載せれば、抱えずに狙えます。この高さでよろしいですか」

「ああ。右手だけでも向けられる。中では装填と支えを頼む。撃つ向きは俺が決めるから、前を通る時には声を掛けてくれ」

「はい。予備の矢も持ちます」


 吊った左腕を胸へ寄せたまま、リオンが弩の先端を左右へ動かす。待ってもらうつもりだったのに、下へ来るための道具まで揃ってしまった。

 オルトも荷台で右の膝へ帯を巻き直してもらい、荷車の隣に立ててあった盾を取った。


「下りは膝を曲げっぱなしになるからな。途中で止まる場所は、俺が立って休める幅も見てくれ」

「分かりました。エルナさんも足首を傷めてますから、帰りはもっと場所が要りそうです」

「なら、その人の分も頼む。盾を横にする所は俺が選ぼう。先に行くお前が通れるだけじゃ、俺が引っかかる」


 俺は大盾を見上げた。荷車へ載せる時には、こんなに大きくなくてもいいだろうと思ったものが、今は俺の前へ来てくれる。車を大きい方に替えておいたのは、まったく正しい選択だった。

 ミラは上の入口へ出す資材と、残る兵の位置をリオンと決めた。王都へ向かった伝令はまだ戻っていないので、返事を受ける者も残す。

 俺と三人、それに弩を運ぶ兵が一人。先で待つゲンとトビを合わせれば、七人になる。入口の兵へ人数を伝え、胸へ掛けた灯の留め具を確かめてから、俺たちは山へ歩き始めた。


   *


 仕分け場に入ると、鉄の犬が格子の奥で顔を上げた。セラは俺たちを左の壁へ寄せ、歯の届かない距離を通らせる。

 折れた棒は小部屋の床へ転がり、犬の脚に弾かれていた。先の金具だけでも取りたかったが、顔を寄せたら手の方を持っていかれそうだ。あとで取れそうなら、と考えて通り過ぎた。

 縦穴の上では、ゲンとトビがまだ仕事をしていた。向こうの戸へ続く割れた床には赤い布が張られ、こちらの階段口には二本の柱が差し込まれている。上から剥がれかけた石を、そこで支えていた。


「枠は留めた。横の板がまだ落ちるから、戸を開けたら先に抜く。戻る時も、柱には触らねえでくれ」

「板は俺が受けよう。開ける前に、どっちへ落ちるか教えてくれ」


 オルトとリオンが扉の前へ回り、セラも剣を抜いた。俺は灯を足元へ置き、管へ口を寄せる。


「エルナさん、ロイです。三人と戻ってきました。今から下へ続く戸を開けるので、こちらで大きな音がしても、その部屋の戸には触らないでいてください」

「聞こえています。さっきから動いてはいません。袋のパンを食べたので、水も飲めました」

「よかった。そちらへ下りる道を見ます。また部屋が動いたら、すぐ教えてもらえますか」

「はい。こちらの小さい灯も、点いたままです」


 オルトがゲンに図板を借り、部屋の隅に描いた足の印を確かめた。リオンも窓と水の位置を覗き込む。二人とも管の声を聞いていたが、エルナを思い出したとは言わなかった。

 図を見終えると、ゲンは布で包み直して腰の袋へ入れる。俺は灯を手に戻し、彼の横へ付いた。

 トビが上の留め金を外し、ゲンが横棒を押すと、鉄戸が俺たちの方へ開いた。下へ挟まっていた板が滑り、オルトの盾へぶつかる。俺も手を出しかけたが、指を入れられる隙間がない。


「トビ、横から縄を掛けろ。俺が止めてるうちに、脇へ寄せる」


 二人が板を引いてどかすと、戸の向こうに六歩ほどの床が見えた。その先の広間で、赤い光が次々にこちらを向く。

 八つあった。手前の六体は刃や槍を腕に載せ、奥の二体は胸の弓を、並んだ胴の隙間へ向けている。


「工兵は戸の陰へ。ロイ、灯を右の壁へ寄せてくれ」


 動こうとしたところへ、奥から鉄棒が飛んできた。オルトの盾が短い音を立て、棒が床へ落ちる。盾には緑の輪が浮いていたが、本人は一歩も下がっていなかった。

 俺は急いで右へ寄り、灯を上げた。今度は手前の六体が走ってくる。戸へこれだけ押し寄せられたら、俺の戻る場所まで塞がれてしまう。


「左の二つは俺が受ける。セラ、残りを!」

「右を空けろ。刃の先まで入る」


 オルトへ振り下ろされた二本の刃が、盾の上で止まった。袖からのぞく腕へ緑の筋が走り、彼が肩から押した途端、二体は足ごと浮いて壁へ叩きつけられる。胴が潰れ、赤い光が石の中へ消えた。

 右の四体には、セラが一人で踏み込んだ。最初の槍をかわして剣を引くと、白い光が剣先から二歩近く伸びる。仕分け場で見た時より長い。

 そのまま横へ振り抜いた一撃で、四つの胴がまとめて斬れた。足だけはまだ走ろうとするのに、刃を持つ上半身は先に落ち、広間で大きな音が重なる。

 四体いっぺんに済ませてしまうのか。俺がそちらを見ていたら、後ろから声が飛んだ。


「ロイ、灯を下げるな。奥を照らしてくれ」

「はい!」


 慌てて上げ直すと、リオンの右手から金色の光が弩の金具へ流れ、矢の先まで光った。前に倒れた機械がある。このまま撃てば、そちらへ当たりそうだ。

 オルトが盾を引き、セラが横へ下がる。リオンはその隙間へ撃った。矢が手前の機械の肩を抜き、奥の胸へ刺さる。背中から火花が散り、こちらを狙う弓が上を向いて止まった。

 残る一体がセラへ向きを変えたが、兵が弦を引き直す方が早かった。次の矢も胸を貫き、最後の赤い光が消える。

 俺は戸の脇へ逃げる場所まで決めていた。その必要がなくなったのはありがたいけれど、ほとんど灯を持っていただけで終わってしまった。


 セラが布で剣を拭いていた。白く伸びた刃は、もう普通の長さへ戻っている。


「《遠斬り》って、一体ずつじゃなくても使えるんですね」

「同じ振りに入れば斬れる。奥の二体まで届くほど長くはならないが」

「そこは俺の分だな」


 リオンが弩から右手を離し、兵へ残った矢を確かめさせた。


「あの矢、手前の機械まで抜けましたよね。そんなに強い弩だったんですか」

「軍の普通の備品だ。矢へ俺の力を入れた。《貫き矢》なら、あの板を真っすぐ抜ける。弓でも弩でも同じだが、曲がっては飛ばん。俺が狙っている先へ、お前まで出てくるなよ」

「それは、今のを見たら出ません」


 なら、あの盾も普通の物なのだろうか。表面の緑が消えたところを見て、俺はオルトへ訊いた。


「今の二体は、ぶつかった力で飛ばしたんですか。それなら棒の代わりに盾を持っても――」

「お前が持つだけじゃ出ないぞ。《返し盾》は、受けた衝撃の一部を俺の身体へ一呼吸だけ留める。押す時に返したんだ。盾を替えても使えるが、重さを支えるのは別の話だからな」

「やっぱり、俺の棒を丈夫にする方が早そうです」

「こいつらの一撃なら、俺には余るくらいだ。道はお前に任せる」


 八つの光を数えた時、俺は戻れる所を探した。三人は倒す順を決めていたのだろう。八体まとめて入る格子を探していたら、今頃は先に斬られていたかもしれない。

 借りた荷車には収まりそうもない鉄屑が、広間へ散らばっている。迎えに頼まれた相手を、ようやく実感した。


「そこの鉄棒、触らないでください。跳ねたものが残ってるかもしれません」


 トビが頷き、落ちた刃を避けて奥へ入った。ゲンは戸の支えを一つ足し、三人が通った床を棒で叩いている。

 広間の左には、縦穴に沿って下りる階段があった。入口へ大きな棚が倒れ、壁との間は横向きに一人が抜けるくらいしか空いていない。俺は左肩を入れかけ、後ろでトビが担ぐ縄と板を見て止まった。


「ゲンさん、こっちも広げておけませんか。俺なら抜けますけど、荷を持った人は通れません」

「戸を固定したら、こっちも支える。先へ行くなよ」

「はい。エルナさんを背負って戻ることになったら、結局あとでどかすでしょう。今のうちに通れるようにしたいです」


 ゲンが棚の上の石を確かめ、オルトは側面へ盾を当てた。トビと兵が縄を回し、床に残る柱の根元へ引くと、棚が少しずつ広間側へずれる。

 飛び出た細い鉄棒はセラが切った。俺は灯を床へ置き、切れ端を道具の柄で一つずつ脇へ寄せた。これなら、帰りに誰かが踏まずに済む。

 肩を正面へ向けて通れる幅ができ、俺は灯を取り、階段へ立った。ゲンに足を置く所を教わって三段下りたところで、戸の前を振り返る。そこまでの床は残っていた。何か出ても、あそこへ引き返せる。

 剣や矢では敵わなくても、こっちなら俺にも得意なことがある。次の段へ踵まで載せ、体重を掛けた。


 最初の曲がり角で、壁へ据えた太い筒を見つけた。俺の胴より太く、先は縦穴へ向けて下がっている。横には、両手でも持ち上げられそうにない丸い弾が並んでいた。


「砲だ」


 後ろからリオンが覗いた。筒の下には、何かを引きずった筋がある。そこへ食い込んだ鎖は、輪一つに俺の頭が入りそうな太さだった。

 灯を向けると、鎖を擦った跡が階段の下まで続いていた。砲の口も同じ方角を向いている。

 巡礼堂の外を守る武器なら、山の斜面か入口を狙っていていいはずだ。これが向いているのは、俺たちがこれから下りる場所だった。


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