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帰るぞ、英雄ども。  作者: 金手 新
第一章 地下都市の帰り道

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03話 声のする方へ

 山の道を案内した兵は、巡礼堂の裏手で足を止めた。

 白い柱を回り込んだ先に、荷車を入れる低い口が開いている。地面へ並べた板には泥が付いているが、金具で左右を留めてあり、俺が靴の先で押しても揺れない。ここまでは人の仕事の跡があった。


「中の仕分け場の手前まで、今朝の確認が済んでいます。私はここで後続を待って、二人を案内します。上から落ちる物があったら、口へ戻って呼んでください」

「分かりました。先の様子が分かったら、ここへ知らせます」


 俺は兵へ手を上げ、セラと建物へ入った。左手の灯が照らす床には、荷車の車輪が擦った二本の溝がある。天井は外から見た口より高く、壁際には空の棚と、倒れた木箱が積もっていた。

 棚の箱を見ていると、中身が気になる。古い道具が残っているかもしれないし、荷に添えた図面だってあるかもしれない。けれど、床の溝をまたいだ先には大きな欠けがあった。俺は灯を下げ直す。覗いてから戻ろうとして穴を踏むのは、さすがに恥ずかしい。


 前を行くセラは、曲がり角の手前で俺を止める。


「待って。正面の戸の脇に、まだ動くのがいる」


 灯を少し上げると、棚の奥で細い腕が曲がった。

 人より頭一つ高い胴へ、二本の長い腕が付いている。顔があるはずの位置には横に細い切れ目があり、その内側が赤く光った。片腕の先は、指ではなく反った刃だ。


「さっき倒したものとは別か。あなたは壁のこっち側へ。刃が届く所へ入らないでくれ」


 セラが灯の届く所へ進むと、機械の腕が上がった。あの刃を、剣一本で受けるのかと思ったが、彼女は先に踏み込んで長剣を振る。

 まだ届かない。そう見えたのに、手首から走った白い光が剣先を越え、二本の腕をまとめて斬り落とした。傾いた胴へもう一振り入れると、頭が棚へ転がっていく。

 たった二回だ。俺が灯を持ち直している間に、長い刃はどちらも床へ落ちていた。伸びたと思った剣も元の長さへ戻り、セラは倒れた機械の首を見たまま足を止める。

 強い人と来てよかった。自分の棒を見て、そう思った。

 その棒を使うことになったのは、すぐあとだった。


 右の棚から、鉄の犬が飛び出してきた。俺の膝より高い背に、歯の代わりの鉄板がずらりと並んでいる。セラは倒れた機械の向こうだ。あの剣へ駆け寄るより、犬が俺を噛む方が早い。

 俺は右手の棒を犬の口へ放り、自分が歩いた床へ《帰り足》で退いた。三歩手前へ戻ったところで顎が閉じ、俺の代わりに棒が噛み折られる。

 袖にも灯にも傷はなかった。棒だけが、修理の相談をする形ではなくなっている。あれを盾の代わりに持っていたら、腕ごと持っていかれただろう。

 だが、向きを変えるより先に退く勝負なら、俺の方が早い。


 犬の後ろに、棚へ続く小部屋があった。入口の格子は上へ引き上げられ、壁に垂れた縄が止め金につながっている。あそこへ入れば、こいつも追ってくるはずだ。

 出る時に俺だけ戻ればいい。閉める戸まであるなら、ずっと逃げ回ってやる必要もない。


「セラさん、格子を下ろします! こっちは越えないでください!」


 壁沿いに走り、縄のすぐ脇へ両足を置いた。止め金は、縄を横へ引けば外れそうだ。そこを帰る場所に決めてから小部屋へ駆け込み、格子の奥で振り返る。

 犬は折れた棒を前脚で奥へ蹴り込み、低い天井へ背中を擦りながら格子を越えてきた。後ろ脚まで入ったところで縄の脇へ戻ると、顎が閉じたのは誰もいない床の上だった。

 右手で縄を引く。落ちた格子へ犬がぶつかり、仕分け場に大きな音が響いたが、枠は床の溝に収まって動かなかった。

 俺は普通に二歩下がった。鉄の歯は隙間から出てくるものの、俺の身体には届かない。

 これでしばらくは追ってこないだろう。ほっとしたら、奥へ転がった棒が惜しくなった。四銀もらうと言った時には、一本丸ごと使うつもりじゃなかったのに。


「怪我はないか」


 セラがこちらへ来た。人型の胴は棚の脇へ倒れ、赤い光も消えている。


「ないです。棒は見てのとおりですけど」

「私の方へ下がると思っていた。犬を奥へ入れる方を選んだんだな」

「逃げた先に、こいつも来たら困りますから。俺だけ出て、戸を閉められる所なら、こっちの方が早いです」


 セラが枠を押して確かめる間、俺も灯を当てた。格子は床の溝から動かず、犬の歯は何度か鉄を噛んで引っ込んだ。


「追っては来られないようだ。続けられるか」

「はい。あの剣、まだ届いていなかったのに斬れましたよね。刃が伸びたんですか」

「私の《遠斬り》だ。力を刃の先へ伸ばしている」

「剣の力じゃなくて、セラさんの?」

「そうだ。この剣を渡しても、同じようには斬れない。次の角は私が見るから、ここで待っていてくれ」

「分かりました。犬にもう一度会うのは、遠慮します」


 セラの剣を見た時は、もう俺の出番はないと思った。けれど、今の犬は俺が片づけたのだ。斬ってはいないが、出てこられないなら同じだろう。少しだけ胸を張って灯を持ち直すと、セラは次の曲がり角を見ていた。

 彼女は角を越える前に俺を待たせ、足元と、刃が出てきそうな棚の奥を確かめる。俺も今歩いた床を見てから、次の足を出した。

 仕分け場の奥を曲がると、床の向こうが大きく口を開けていた。

 四角い縦穴だ。対岸の壁まで灯が届かず、下も暗い。手前には、壁を伝って来た太い管が丸い口を向け、横の板には耳と口に似た印が刻まれている。

 セラが足場を確かめている間、俺は管へ近づいた。水の音かと思ったが、耳を寄せると、長い息がかすかに聞こえる。


「誰か、いますか。上の口に、迎えが来ています」


 管の奥で、何かが当たった。息を吸う音が大きくなり、俺は火を持つ手を動かさないまま、顔を寄せる。


「……ロイさん?」


 昨日の食堂で、紙を覗いた俺へ先に仕事の話をした声だった。


「そこに、いるんですか」


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