16話 剣で開けられない扉
六本の腕を数え直している間に、白い肩が窓の向こうから消えた。
次の足音は、すぐ頭の上で響いた。天井から細い砂が落ち、ゲンが俺の灯を手で隠す。こんな所で見つかれば、部屋へ近づくために見つけた台まで壊される。俺は図を上着へ押し込み、みんなのいる角まで引いた。
「戻るぞ。柱を入れる前に、あいつを台の前からどかす」
「戻るのはいいんですけど、どうやってどいてもらうんですか」
「一人で頼みに行く気はない。まず、今ある物を揃える」
リオンの目が、俺の空いた右手へ下りた。
そうだった。台は見つけたが、肝心の柱は通りへ置いたままだ。道具のない俺たちが九人で戸を眺めても、床が丈夫になるわけじゃない。
通路を配給室まで引き返し、トビと護衛に水場の五人を呼びに行ってもらった。担架を通す幅は調べてある。戻ってきた搬送兵が、負傷した工兵の脚を持ち上げずに角を曲がれたと教えてくれた時は、俺もようやく、あの線を太く描けた。
水場から水袋と食料も運び、十五人分の場所を空ける。今いるのは十四人だが、一人分は、戸の近くへ残した。
「まだ柱を運べます。歩ける方の足なら――」
「ここまで運ばれたばかりで、次の荷へ混ざるな。どの袋に何が入ってるか、こっちへ教えろ」
ゲンに言われ、工兵は毛布から手を出した。留め具の数と、柱をつなぐ順番を口にする声は、さっきより確かだった。
*
柱の車は、水場の外で斜めになっていた。
俺はゲン、オルト、無傷の交代工兵、それに護衛と戻り、戸の陰から通りを見た。巨人はいない。橋の崩れた石と、リオンが置かせた記録箱が残っている。箱の蓋の上には粉が積もり、番号の札はもう見えなかった。
手前の角まで歩いて確かめ、みんなへ手を振る。オルトと護衛が車を起こす間に、ゲンたちは長い柱を一度ほどいた。
「重そうなら、俺が先に持って戻れます。金具の袋くらいなら」
「お前まで息を使うな。今は車がある。そっちの車輪に石が噛んでないか見てくれ」
俺は袋から手を離した。
自分だけ先へ行けると、荷の方も早くしたくなる。だが、金具を抱えて何度も戻ったあとで、肝心な時に足が出なくなったら、俺は何のために呼ばれているのか。
車輪の脇から石を退け、右手で軸を確かめる。前に並んでいた柱を低く積み直すと、車は水場の戸を通った。給水路の角では前後を持ち替え、誰も水へ入らずに配給室まで運べた。
柱は、ただ長い棒ではなかった。両端へ広い板をつけ、継ぎ目の輪を回すと少しずつ長くなる。ゲンが一本を組む間に、もう一人の工兵が次の物を並べた。俺の役は、長さを書いた紙を逆さに渡さないことだった。
それは、ちゃんとできた。
九人で、もう一度部屋の下へ向かった。
残る五人には、ここの戸を閉める時も合図を返してほしいと頼んだ。先へ進んだ者だけで、帰り道を塞いでしまうわけにはいかない。
鉄戸の先へ出る前に、リオンが俺を止めた。隣の通路から、台の前を覗ける。巨人は外の鎖へ片手を掛け、エルナの部屋の前を横切っていた。
「荷を渡す間、あの腕を外へ向ける。ロイ、向こうの低い壁まで戻れる場所を作れるか」
「歩いていけば。壁が残っている間は、戻れます」
「長く引きつけなくていい。二度、向きを変えさせてくれ。そのあとは俺たちへ渡せ」
俺は低い壁を見た。あそこへ行って帰るだけなら、できる。
できると言ってしまったあとで、上を通った刃の長さを、なるべく見ないようにした。向きを変えてくれればいい相手が、こちらの家ごと引っ繰り返す大きさなのは、少々、話が違う気もする。
セラが俺の隣へしゃがんだ。
「こちらから見て右の刃を狙う。肘が壁より下へ来たら、合図をする」
「刃を、受けるんですか」
「受けるのは俺だ」
オルトが盾を持ち上げた。俺の目が左肩へ行ったのに気づくと、彼は盾の縁を地面から離す。
「ずっと押し合いはしない。一発だけ、こっちへ流す。お前も、その前に俺の後ろへ戻れ」
「……それなら、早めに言ってください。俺、一発の途中へ入れるほど速くないです」
「だから、今言っている」
リオンが短く笑い、弩を据える兵へ場所を示した。
俺は灯を絞り、低い壁の裏を歩いた。戻る角から先へ五歩。足元の欠けた所を避け、灯を外へ出す。
白い頭が回った。
俺は待たずに角へ戻る。灯を持つ右手が遅れて胸へ寄り、外で石の壁が叩き潰された。今いた場所へ刃が刺さり、屋根に残っていた瓦までまとめて通りへ落ちていく。
近い。思っていたより、ずっと。
けれど、足元の床はつながっていた。俺は壁の奥を回り、さっきより一つ先の戸口まで歩き直す。喉で息を二度整え、今度は戸の縁から灯を見せた。
「こっちです!」
声に反応したのか、灯を見たのかまでは分からない。ただ、刃が壁から抜け、こちらへ曲がってきた。
俺がオルトの後ろへ退いた時には、もう、盾に緑の輪が浮いていた。
盾が刃を斜めに受け、そのまま前へ押し返す。耳の奥が痛む音と一緒に、巨人の肘が石の台へ乗り上げた。オルトは踏ん張り続けず、盾を引いて横へ抜ける。
そこへ金色の矢が通った。
肘の白い囲いが弾け、中の継ぎ目が見える。セラは低い壁を蹴らず、その脇の床から踏み込み、剣を振り下ろした。手首から続く白い光が刃先の外まで伸び、露出した肘を、下の石ごと断った。
長い刃が台から滑り落ちた。
白い腕の残りが宙へ跳ね、巨人の胴が片側へ傾く。俺はそれを見てしまった。今なら、もう一度。
隣のセラも前へ足を出しかけていた。
「荷を入れろ!」
リオンの声が飛んだ。
セラは巨人へではなく、車の後ろへ回った。俺も灯を低くして、ゲンたちが鉄戸を越える方を照らす。柱を載せた車が通り切ったあと、彼女は戸口へ剣を向け直した。
巨人は残る掌で台を叩き、絡んだ鎖を引いている。腕を一本失っても、戸の向こうの建物より大きい。俺たちの方へ向き直るまでの時間を、勝てそうだと思うために使ってしまうところだった。
*
柱を入れる台は、部屋の床より下にあった。
ゲンと工兵が二本を立て、少しずつ長さを変えていく。上の金具へ両方が当たるまで片側だけを押し上げず、輪を回すたびに、戸口へ回った俺たちへ声を寄越した。
俺とトビ、護衛は、部屋の裏の廊下へ上がる。ここは昨日も通った道だが、床の欠けた側を見れば、何度来たかなど関係ない。右手で壁へ触れ、戸の隣の管を開いた。
「エルナさん。下に、柱が入りました。今度は戸を開けられます」
「さっきの音は、皆さんだったんですね。何度呼んでも、音が重なってしまって」
「はい。こちらは全員います。そちらの床は、動いていませんか」
彼女は返事をする前に、何かを擦る音を立てた。しばらくして、管の奥で息が近くなる。
「今は動いていません。ただ、私が歩いた所へ、そのまま入らないでください」
「戸の前が空いていても、ですか」
「私一人が通れた所を描きました。机を戸の側へ寄せた時、床の継ぎ目が下がったんです。外から二人入れば、私が乗った時より重くなります」
俺はトビと顔を見合わせた。
戸を開けて、二人で入って抱えればいい。ここまで来ても、俺の頭の中には、その続きがあった。部屋ごと支えても、中の床まで元へ戻ったわけではないのだ。
「どの板が下がりましたか。机から戸まで、線を一本ずつ教えてください。ゲンさんにも聞いてもらいます」
「はい。……私、通れたから、そこを道だと思ってしまいました」
「俺も、今からその道へ入ろうとしてました。まだ誰も乗ってないので、直せます」
ゲンが下から上がり、戸の前へ板を渡す場所を測った。板の端は部屋の床へではなく、外の廊下と、支えた箱の枠へ掛ける。俺は彼女の返事を聞き、図へ人が立つ場所を描き足した。
下では工兵が柱の留め具を締めている。護衛は廊下の柱へ回した縄を引いて確かめ、ゲンは戸と枠の間へ薄い木を挟んだ。ようやく、セラを呼べる。
彼女は巨人の方を一度見てから、俺たちの横へ入ってきた。剣先だけを戸の留め金へ当て、伸びた光で上と下を外す。切れた板を、ゲンと護衛がこちらへ引いた。
俺は灯を持ち上げた。
床が、途中から裂けていた。
机の脚を両手で掴んだエルナが、その向こうに座っている。右の靴は脱いでいて、足首の下に折った上着があった。
細い管へ向けて何度も話した口が、今度は、俺たちのすぐ前で動く。
「ロイさん。手を、貸してもらえますか」




