14話 助けに来た人まで
朝、倉庫へ下ろされた柱を見て、俺は昨日の図の余白を思い出した。
紙の中なら、下へ二本の線を引けば済む。実物は俺の背より長く、一本分を何人かで運び、下でつなぐ物だった。これを二組、あの部屋の下へ持っていく。机の上で話していた時より、ずっと大きな仕事に見えた。
夜は倉庫より上の休憩所で寝て、左腕の布も替えてもらった。起きたらエルナも地上にいるような、都合のいいことは起きていない。水場から交代の兵が運んだ紙には、水も風も変わらず、本人は眠れたと書いてあった。
俺はその一行を二度読み、昨日から持っている手紙を上着の内側へ戻した。
「下へ入るのは十二名。入口はミラへ渡した。動いた場所は、上の図へも返してくれ」
リオンが弩を支える兵へ言った。
昨日の八人に、今日はリオンとオルト、弩を扱う兵、それに手当をする兵が加わる。オルトの左肩には布が巻かれたままで、リオンも左腕を吊っていた。セラは右の腿を確かめ、剣を鞘へ戻す。
揃った姿だけ見れば、もう負けるものがないように思えてくる。その隣へ柱を載せた車が来ると、オルトが肩を貸そうとして、ゲンに止められた。
「持つ人数は足りてる。あんたは、落ちてきた時に動ける方へいてくれ」
「少しなら運べるんだがな」
「途中で痛んだら、柱とあんたを一緒に運ぶことになる」
「分かった。それは、俺の盾でも広さが足らん」
車の端を押さえかけた俺も、手を離した。今日は右手で灯と図を持つ。左はまだ、道具の紐を強く引くための腕ではなかった。
*
巨人は、夜の間に広場の奥へ移っていた。
窓へ通じる道は昨日のまま残っている。水場から先のひさしには目隠しの布を掛け、車が露出する所は、上から来た護衛に灯の向きを見てもらった。俺も先に歩き、大通りを横切る角まで確かめて戻る。
柱を載せた車は曲がれる。帰りに担架を運ぶ時も、ここなら人が並べる。その幅を図へ書く間、ゲンたちは水場の隣の作業部屋で、古い棚を開いていた。
部屋の下にある台を、横から描いた金属の図板が出てきたのだ。
「ロイの写しと、ここの角を比べてくれ。柱を当てる場所は、昨日の戸口だけじゃ見えねえ」
ゲンが図板を広げた。紙より厚く、箱へ何枚も重ねてある。下の方には、別の建物を描いた物と、細かい番号の並ぶ板も挟まっていた。
リオンがその札を見て、右手で一枚めくった。
「この二枚は救助に使う。残りは、俺が預かる。工務局から来ている別の調査に当たるかもしれない」
「あとで、取りに戻るんですか」
「今、持てる分だけだ。これのために君たちを別の道へ出す気はない。救助に要る所を先に写してくれ」
俺は言われた二枚を図板へ並べ、右手で必要な線を写した。まだ中身を教えてもらえる話ではなさそうだ。だったら、別の調査も別の料金で引き受けることにしたい。こんな所で仕事を足されても、俺の腕は二本から増えない。
リオンは写しの済んだ板を箱へ戻し、ゲンへ俺の写しを渡した。片手で持てる大きさの箱だが、板を重ねると見た目より重いらしい。護衛の一人が引き受け、柱の車の後ろへ付いた。
大通りへ出る直前、トビが手を上げた。
俺が通った時には、壁の赤い灯は向こうを見ていた。今、その一つが高く向きを変え、目隠しの上へ出た柱の先へ止まっている。
トビが布を持ち上げかけたが、柱の車を止めたゲンが、それを待たせた。
「動かすな。みんな、壁へ寄れ」
赤い光が、柱から車輪へ下りてきた。
遠くで鎖が鳴る。俺は図を畳み、入口の方を振り返った。来た道の石の枠から、厚い戸が下り始めている。向こうで兵が叫び、戸の下へ棒を差しかけたが、留まらずに曲がった。
「棒を放せ! 下から出ろ!」
リオンの声で兵が手を引く。戸が床へ噛み合い、入口へ続いていた道が見えなくなった。
俺の足も、そこで途切れる。
分かっていて、戻ろうとしかけた。だが、あの戸の向こうへ身体が移る感じはしない。来た道の曲がり角は、まだ頭に残っている。それを思い浮かべたところで、閉じた鉄板がなくなるわけではなかった。
頭上の鎖が大きく跳ねた。
「車を端へ! 下の道には入るな!」
ゲンと二人の工兵が柱を壁へ寄せた。車輪が段差へ掛かり、背の高い工兵が後ろを持ち上げた時、通りの上へ白い腕が下りてくる。
石の橋が、上から叩き潰された。
落ちた梁が車の端を弾き、柱が横へ滑る。工兵の足が挟まれ、すぐには声も出なかった。オルトが右手の盾を斜めに差し入れ、飛んだ石を受ける。緑の輪が一瞬だけ浮かび、押し返された欠片が反対の壁へ散った。
盾の下で、敷石が沈んだ。オルトは受け続けず、一歩引いて盾を立て直す。
俺は《帰り足》で角の陰へ退き、叫んだ。
「柱の車です! 一人、足が挟まってます!」
セラが俺の前を抜け、車の横で剣を振った。折れた金具が落ち、ゲンが車を押し返す隙間ができる。トビともう一人の工兵が挟まれた脚を引き出したが、立たせることはできなかった。
大通りの奥から、人型の機械が二体走ってくる。
セラはそちらへ振り返り、剣を横へ払った。白い刃が胸の高さを通り、二つの胴が揃ってずれる。俺が次の角を見る間に、彼女はもう、落ちた鉄の脇からこちらへ戻ってきていた。
兵が水場の戸口へ弩の支えを据え、リオンが右手を添えた。金色の矢が通りの赤い灯を貫き、俺たちを追っていた光が消える。巨人は止まらなかったが、白い掌が次の壁へ伸びるまでに、退くための暗がりができた。
「水場の部屋へ入れ。足を出させるな」
リオンが負傷した工兵の横へ膝をついた。片腕を首へ回させようとしたが、箱を持つ護衛がまだ車のそばにいる。
「救助に使う二枚だけ抜いて、ゲンへ渡せ。残りは置く。手を空けて、その脚を頼む」
「隊長、こっちの札は――」
「見た。置いていく分は俺が報告する。今は、こいつの足を運べ」
箱の蓋が外れ、番号のついた金属の板が見えた。護衛は上の二枚だけをゲンへ渡し、箱ごと道へ置いて、空いた両手で工兵の膝を支える。リオンは右腕を背中へ回し、一緒に身体を持ち上げた。
俺は先に水場の戸を開け、寝かせる所から桶を退けた。十二人が入るには狭いが、負傷した人を通りへ置くわけにはいかない。手当の兵が靴を切り開き、曲がった足首を布と板で挟む。
外の白い腕が、ひさしを引き剥がした。
壁へ落ちた石の粉で、俺の図板が白くなる。オルトは戸へ盾を当てたまま、上の梁を見ていた。今度あれを受けたら、身体より先に天井が落ちるかもしれない。
「上への連絡は?」
「管は返事がねえ。戸の方にも声が抜けねえな」
ゲンが管の覆いを戻す。俺は部屋の奥へ回った。低い棚の下に、人一人の幅の小さな戸がある。昨日、トビが風の通る隙間を見つけ、外側の通りへ出る口かもしれないと言っていた物だ。
留め金を上げると、湿った空気が顔へ来た。中は石の細い通路で、少し先から上へ段が続いている。
「俺が見ます。上へ出られたら、ここのことを知らせてきます」
「先が塞がっていたら戻れ。上から出る穴を探そうとして、壁を登るなよ」
「歩ける所だけです。担架が通るかも、見てきます」
連絡に出る者の印だと言われ、ゲンから受け取った白い布を首へ結んだ。俺は戸をまたぐ前に、結び目を胸の方へ回した。
肩を正面へ向けると、壁へ上着が擦れた。腰を折って進み、分かれ道では床に溜まった泥の切れ目を見た。水の落ちる方へ行けば下だろう。俺が出たいのは上なので、風のある段を選ぶ。
十段ほど上がった所に、開いた横戸があった。戻る角の石を踏んでから、二歩だけ先へ進み、戸口へ灯を少し出してみる。
向こうの通路で、弓を載せた機械の胸が回った。
俺は角へ戻った。鉄の矢が目の前を横切り、さっき顔を出そうとしていた壁へ刺さる。
弦を引く音が響いている間に、腰を低くして横戸へ手を伸ばし、閉めた。戸の縁へ落とした横棒が、二本目の矢で震える。
倒す仕事まで、今の俺へ頼まれてはいない。俺は残る上り段へ入り、横戸から離れた。
息が上がってきたので、一度止まって水を飲む。急いで上へ出たいのに、空の手で一人進むだけでも、この角は身体をひねらないと通れない。負傷した人を横に寝かせたまま運ぶのは、無理だった。
最後の戸は、倉庫の下の坂へ出た。
見張りの兵へ呼びかけると、槍を向けかけた手が止まる。白い布が分かったのだろう。俺は段を上がり、壁へ右手をついて、伝えることを順に口へ出した。
「水場に十一人残っています。工兵が一人、足を傷めています。大通りの戸が閉じて、車を通せません。支柱も、あっちです。今通った道なら人は来られますが、担架は曲がれません」
「隊長も中か?」
「リオンさんもいます。ミラさんへ伝えてください。人が来るなら、手を空けて来てほしいです。入口の幅も、途中の角も、こんなにしかなくて」
俺は両手を広げかけ、左腕を下げた。兵は俺の身振りを見てから、後ろへ走る者と、その場へ残る者を分けた。
息を整えていると、上から搬送の兵が二人来た。畳んだ担架と、身体を支える帯を持っている。俺が幅を伝えると、一人が担架を広げ、布の端から端を確かめた。
「空なら入る。人を載せた時の曲がり方は、下で見よう。先へ案内してくれるか」
「はい。帰りも、この道だけだと思わないでください。身体を起こせない人は、通れないかもしれません」
「だから、二人で来た。ほかの道を開く間も、支える手は要るだろう」
その返事を聞いて、俺は戸の留め金から手を離した。
助けに来てもらえたのだから、急がなくては。けれど身体の方は、気が抜けたらしく、さっきまで平気だった喉が渇き始めていた。水をもう一口飲み、普通の足で、今上がった段を下り直す。
後ろの兵が角を通れるか、そのたびに振り返った。俺だけ早く着いても、人数が増えないことは、もうよく分かっている。
水場へ戻ると、工兵は寝かせられたままだった。痛みは少し収まったらしいが、身体を起こすと顔の色が変わる。二人の兵はまず水を渡し、それから帯を肩へ回した。
脚を板で固定した分、細い戸へ入る時に、身体の向きを変えられない。
空の担架は、俺が入った戸をすんなり通った。人を載せるつもりで角へ向けると、先端が壁へ当たり、後ろも動かなくなった。兵はそれ以上押さず、戸を開けたまま、担架を部屋へ戻す。
俺は壁へ貼った図を見上げた。今通ってきた線へ、鉛筆を置く。
上へ知らせる道はできた。
この人を連れていける道は、まだ、一本も描けなかった。




