↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰るぞ、英雄ども。  作者: 金手 新
第一章 地下都市の帰り道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/20

10話 もう一人は残さない

 落ちた階段の切れ目から、上の灯が見えていた。大人の背丈を三つ重ねても届きそうにない。

 あそこを踏んだのは、ほんの少し前だ。足を滑らせたのなら、落ちる前に戻れたかもしれない。だが、戻るための道ごと落とされては、どうしようもなかった。


「トビ、こっちへ。下を照らすな、壁の戸を見せろ」


 ゲンが踊り場の横へ回った。

 俺たちの足場は残っているが、下の保守台では巨人が縁を掴んでいた。オルトが盾で指を押し返し、セラもその脇に立つ。二人とも壁側へ寄せた足をほとんど動かさない。さっきのように踏み替える余裕はないらしい。

 あの二人が止めているうちに、どうにか抜けなくては。

 俺はゲンの前にある低い戸へ目を向けた。階段の影に隠れていたので、来る時はただの蓋だと思っていたのだ。トビが照らすと、留め金の隙間から黒い奥が見えた。


「通れるんですか、そこ」

「上へ続く点検路だ。外へ出るかは分からんが、鎖の穴とは壁で分かれてる」


 ゲンは腰の袋から短い鉄棒を出し、留め金へ差し込んだ。管理口で使った長い方は置いてきている。力をかけるたび錆が落ちるが、金具は動かない。

 トビも灯を壁の穴へ掛けて加わった。俺は右手で戸の下端を押す。二人に合わせて錆びた縁をずらしていると、後ろで盾が壁にぶつかった。


「あと、どれくらいだ!」

「金具を一つ、外します。もう少しだけ!」


 オルトの呼びかけへ答えながら押した。巨人の指が盾の上へ回り込み、セラが剣を入れて向きをずらす。その間にリオンと兵が、外れかけた手摺から抜いた横棒を盾の裏へ差し込んだ。

 棒のもう一方を石の段へ掛けると、オルトがようやく肩を離す。


「長くは持たん。上が開いたら、すぐ抜くぞ」


 盾を置いてくれば、あの人も少しは速く上れる。そう言いたくなったが、盾の外を回る指を見て口を閉じた。いまどけてしまったら、俺たちの戸が開く前に巨人の手が来る。

 俺は右手に力を入れ直した。ゲンの棒が跳ね、金具が壁から抜ける。トビが持ち上げた戸の先には、人が横向きなら通れそうな鉄の段が続いていた。


「ロイ、先を見られるか。人が通れる段か、確かめてくれ」

「見てきます。灯をこっちへお願いします」


 戸を越えて上がった。頭は低くしなくてはならないが、手を使う高さではない。左腕を壁へ擦らないように進み、欠けた三段目は内側を踏む。

 角で振り返ると、トビの灯がすぐ下にあった。俺が通れるからといって、盾まで入るわけじゃない。リオンの吊った腕もぶつかりそうだ。


「最初の角が狭いです。盾は縁を先に入れて、奥で寝かせてください。段に載せながらなら通せます」

「分かった。ゲンとトビを先にやる。上から受けろ」


 リオンが下の順を決める間に、俺はもう一つ角を上がった。段はぐらつかず、その先の戸まで行けた。隙間から風が入ってくる。抜けられれば、巨人のいる縦穴から離れられるのではないか。

 先を見たい。でも、戸が開かなければ困る。下の角まで戻り、俺はゲンを呼んだ。


「この先も通れます! 上の戸から風が来てるので、そっちも見てもらえますか」


 返事を待っていると、一人で先へ行きたいよりも、早く来てほしい方が大きかった。戸を開ける人が要る。それは確かだが、あの暗い道に一人で入りたくもなかったのだ。

 ゲンが上がり、壁から灯を取ったトビが続く。下で兵が弩を壁へ寄せ、盾から先に渡してくれた。俺は角の上へ上がり、ゲンと一緒に受け取ろうとしたが、左腕を差し入れた途端、傷へ布が食い込む。


「力の要る方は俺がやる。どっちへ回すかだけ教えろ」

「もう少し寝かせてください。そうです、そのまま引けば通ります」


 俺も持てます、と言いたかったのに、答えたのは向きの話だった。腕が痛いから見ていただけで済ませた、とは思われたくない。右手で角への接触を避け、ゲンが引く時に腰を当てると、盾の縁がようやく曲がり角を抜けた。

 オルトが戸へ入ってくる頃には、下の踊り場が白い粉に包まれていた。巨人が段を掴んで引いている。狭い戸から追ってこられないなら、また壁ごと壊すつもりだ。戸の下端へ割れ目が伸びた。


「セラ、先に。兵も上がれ!」


 戸の下に立ったリオンが、兵の弩を上へ押し返した。自分の右手には短い剣がある。身を軽くして、最後に戸を閉めるつもりなのだろう。

 セラは上がりかけた足を止めた。


「あなた一人では閉められない。私が上から引く。下に残って止めるつもりなら、先に上がって」

「……閉じるまで待てばいい。戦うつもりはない」


 白い指が踊り場へ上がり、ちぎれた手摺を弾く。次の一撃でここが落ちるかもしれない。

 リオンだけ残ってくれれば、ほかは逃げられる。そう考えかけた俺は、戸の上へ戻って彼の肩へ手を伸ばした。


「俺も上から押します。あなたも入ってください。エルナさんを連れて帰るために、ここへもう一人残すつもりはありません」


 最後は頼むような声になった。安全な段にいる俺が、下へ命令するのは嫌だった。

 リオンが上がり、セラが背を支える。俺は戸の縁を靴で押した。閉じる途中で外の赤い灯が潰れ、ゲンが上から金具を掛けると、四角い穴は暗い鉄の蓋に戻った。

 向こうで石が割れる。俺たちはもう待たずに上がった。


 盾は兵とゲンが運び、トビは弩を斜めに抱えた。狭い角では順を替え、一人ずつ進む。俺が先で風の来る方を確かめ、セラが最後の足を見て続いた。肩を貸す幅もないので、誰も転んでくれるなと、自分の足まで頼みたくなる。

 幾つ目かの角で、背後の音が遠くなった。

 追ってこなくなった、とは誰も言わない。

 上の戸を開くと、灯とは違う淡い明るさが顔へ当たった。細い横穴の先に夕空があり、入口から草が垂れている。俺は穴をくぐって外へ出た。

 膝が落ちる。

 右手で草を押さえ、左腕を胸へ寄せたまま身体を支えた。土の匂いがする。息を吸っても、さっきまでの石の粉のように鼻の奥が痛まない。

 これだけで助かったと言いたくなったが、背後の穴はまだ暗かった。俺は膝を立てて入口を見る。トビ、兵、オルト、ゲン、リオン。最後に、剣を鞘へ戻さないままセラが出てきた。


「七人。ここには、全員います」


 声に出したところで、今度は本当に座り込んでしまった。


   *


 調査拠点へ戻る頃には、星が出ていた。

 山の外にいた見張りが伝令を走らせてくれて、途中から担架と毛布が来た。オルトは歩けると言ったが、医療の係に、まず肩を見せてからだと止められた。リオンもミラへの報告で、左腕を下ろせなくなったことを隠さなかった。

 俺は待機所の長椅子に座り、袖を切られている。傷へ貼りついた布を濡らして外す間、セラが入口に立ったままなので落ち着かない。


「座った方がいいですよ。その脚、まだ血が出てます」

「自分の腕を見て。私は次に診てもらう」

「俺のは、この人が見てくれてますから。隣、空いてます」


 彼女は椅子を見て、ようやく腰を下ろした。腿の革を持ち上げる動作が遅い。身体を預けたところで、立っている時には分からなかった痛みが顔に出た。

 礼を言おうとした俺の左腕へ、水が掛かった。椅子から浮き上がり、言うつもりの言葉が全部消える。先に自分の腕を見ろと言われたのは、このためか。

 係は左手の指が動くのを確かめ、まだ強く握るなと念を押した。白い包帯に替えてもらえば、やっと自分の腕を見ても落ち着ける。これで大丈夫、と思ったのに、袖を戻されるだけでまた痛んだ。包帯の下に傷があるのは同じで、明日の支度まで人に頼むことになりそうだ。


 小さな卓を出してもらい、煮込みと割ったパンを食べた。右手で匙を持って何度か飲み込んでから、腹が鳴る。いまさら空腹だったことに気づいた。

 セラも同じ卓で食べていたが、剣は椅子の横から離さない。ゲンとトビは別の椅子で湯を飲み、兵がミラへ戻った道を話している。

 ダナは七人の名前と時刻を書き、俺に帳面を見せた。


「あの人の名前は、ここへ戻った方には書けないね」


 指の先にエルナの名前がある。消したわけではない。帰った印がないだけだ。

 外には、四人の客を迎えるために用意した荷車が停まっていた。今なら三人を町へ運べるし、俺も帰って寝られる。古図の相談どころではなくなったが、残りの報酬を諦めれば、まだ今日中に帰れるのではないか。

 その車へ乗る自分を考えたら、穴の奥から呼ぶ声を思い出した。

 俺たちが外へ逃げたことを、エルナには伝えていない。管の向こうで、まだ迎えを待っているかもしれないのだ。


「もう一度、下へ入る方法を探します。今の階段では戻れません」


 俺は帳面から顔を上げ、リオンとミラのいる机へ向かった。ゲンが先に古図を広げている。管理口へ下りた道の横に、太さの違う線があった。上の仕分け場へ荷を入れる階段で、エルナの私物の図にも入口が載っている。


「荷を入れてたなら、人が歩くだけの段より広いでしょう。俺たちの入った側は落ちましたけど、こっちはまだ見ていません」

「朝には工兵を交代させよう。外の見張りを増やして、入口を確かめる。君一人で先に行くな」

「明日の入口は、みんなで見ます。その前に、今夜のうちに声を届けられませんか」


 ミラの指が図の上で止まった。俺が勝手に行きそうな顔をしていたのかもしれないが、今度は一人で通れても仕事にならない。それより先に、待っている人へ言っておきたかった。

 ダナへ、預けた契約の紙をそのまま置いておいてくれるよう頼む。身体はまだ連れてこられなくても、声なら届くかもしれない。


「ゲンさん、通話管は上の仕分け場から使えますか。エルナさんに、まだ迎えに行くと伝えたいんです」


 ゲンが図を見直す。最後に俺へ頷くまで、湯の入った椀を渡されても、手を伸ばせなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。