第四十二章:見つかった夢
それから、あっという間に一週間が過ぎた。
文化祭の後は少しふわふわしていたが、一ヶ月後には後期中間テストがあり、模試や検定試験もあるので気は抜けなかった。
月末には運動会もあるので、とにかく忙しい。
文化祭のライブの結果は、私と結弦くんのグループが見事に一位を取った。
二位は朱里さんのグループ。その差は僅差だったらしい。
文化祭の閉会式、二人で表彰状を受け取った時、多くの拍手で迎えられた。
コールを引き出してくれたお父さんは、涙を流して喜んでくれた。
お母さんも褒めてくれたのが、とても嬉しい。
朱里さんとは、あれから話せていないけど、変な嫌がらせは受けていない。
朝に挨拶をすると、間を置いてから返事してくれた。
いつか、分かり合える日が来ればいいなとは思っている。
とにかく今は、自分の勉強で精一杯。
暑さはまだまだ和らぐことなく、秋の様相は遠い。
あの文化祭の熱気が、後を引いているようで、気持ちは晴れやかだった。
一つの壁を乗り越えはしたけど、私の生活は変わらない。
お母さんとの約束もあるから、成績は絶対に落とせない。
これからはまた、勉強を頑張っていこう。
結弦くんと過ごしたあの時間は名残惜しいけど、前に進まなければならない。
また来年になれば、一緒に頑張れる。
そう、思っていたのだけど……
「え……?」
ビルの中にある一室。
そこにあるソファに腰掛けた私は、疑問の声を上げる。
目の前のテーブルには紅茶が入ったカップが置かれ、反対側には女の人が座っていた。
ベリーショートに明るいベージュのハイトーン。
襟付きのパンツスタイルのスーツを着た、知的でかっこいい雰囲気。
歳は三十代後半くらいと聞いている。
それは、結弦くんのお母さんだった。
この場所は、スタジオが入っているビルの最上階。
その中にある応接間のようだ。
机の上に置かれた名刺に視線を落とすと、そこには結弦くんのお母さんの名前と共に、たくさんの肩書が書かれている。
「えーと……ど、どういうことですか?」
涼しい顔をして座っているその人に、動揺しながら質問する。
「そのままの意味ですよ。優子さんには、私のプロダクションに入って欲しい」
「それはつまり……」
「スカウトです」
気が強そうな切れ長の目で見つめられ、たじろぐ。
昨日、結弦くんから「お母さんが話したいんだって」と何気なく言われ、軽い気持ちでビルにやってきた。
てっきり、結弦くんも交えて雑談をするのかと思っていた。
お母さんにはスタジオを使わせてもらったし、ドラムを演奏してもらった恩がある。
この機会に改めてお礼を言わなければと思ってはいたけど……。
まさかこんな展開になるとは。
「う、うーん……」
まだ頭が追い付かず、首を傾げながら唸る。
もしかして、どっきりなのだろうか。
結弦くんはいないし、部屋の隅から「大成功」と書かれたプレートを持って現れてもおかしくない。
「冗談ではなく、本気ですよ」
そんな私の気持ちを見透かしたように、そう言われる。
どうやらここは、地方都市を拠点にするプロダクションらしい。
他にも、映像や音楽制作などのクリエイティブな活動と、スタジオや音楽教室の運営を行っている。
「事業はそれなりにうまくいってます。あなたが好きなアーティストさんも、いるかもしれませんよ」
「お、おお……」
差し出された会社案内の資料を見ながら、感嘆の声を漏らす。
地域密着型で多くのローカルタレントやモデルを育成しているらしい。
地下アイドルにご当地VTuberと、所属している人の幅も広い。
なにより……
「如月有海がいる……」
私がライブで歌った『TUBASA』をリリースした地下アイドル。
でも彼女は、都市部にあるAniプロダクションに所属していたはず。
「彼女は別の拠点にいます。アイドルとして続けていくか、アーティストの道を歩むか迷っていたので、スカウトしました」
「お、おお……」
何を聞いても、感心の声しか出せない。
芸能界については詳しくないけど、地方のプロダクションが、都市部に拠点を持っているのは凄いことなんだと思う。
だとしたら、なんで私のような一般学生をスカウトしたいのだろう。
「あのー、私ってただの学生ですよ?」
パンフレットを膝の上に置いて、おずおずと訊ねる。
YouTubeの登録者数が十万人に達しようとしている結弦くんならともかく、私にはそういった実績もない。
「いえ、優子さんの歌声は素晴らしい才能です。私の息子が認めたくらいですから」
「結弦くんが?」
「あの子、小さい頃から音楽をやってますからね。耳もいいので、本物を見分ける力は身に付いてるんですよ」
「お、おお……」
褒められ慣れていないので、恐縮してまた同じ反応を返してしまう。
「で、でも……私高校生ですし……」
「tuki.や実来といった高校生でデビューしたアーティストもいますが」
「いやー……」
あの人たちは自分で作曲も出来る、シンガーソングライターだ。
私は歌が歌えるだけで、楽器と音楽の知識はほとんどない。
宇多田ヒカルや家入レオも、若くしてデビューしているけど、作詞作曲をしている。
やっぱり、スカウトを受けるほどの実力が、自分にあるとは思えない。
「すみません……。全然、実感が湧かなくて」
現実味がなさ過ぎて、全く受け入れられない。
どっきりだといわれる方が、安心するくらいだ。
なんで、この人は私のことをこんなに買ってくれてのだろう……。
「はぁ……優子さんは、自分の実力を分かっていないんですね」
ため息を吐くお母さんに、ぺこぺこと頭を下げる。
私はずっと自分自身のために歌ってきた。
その曲をどう表現しようかというのはよく考えるけど、人に聴かせるためじゃない。
だからこそあの文化祭のライブは、新鮮で刺激的だった。
私の歌声と結弦くんの演奏に、あれだけの人が応えてくれたのは、嬉しいことだ。
来年も挑戦してみたいとは思っているが、その先のことは想像もつかない。
「えっと……文化祭の歌を聞いて、そう思ってくれたんですか?」
「ちがう」
私の質問に、はっきりと首を振る。
「あなたの歌は、夏休みの練習の時から何度も聞いてます。その時から目をつけてたんです」
何度もスタジオに通う中で、お母さんはよく様子を見に来ていた。
結弦くんのことが気になるのかなと思っていたけど、私を見ていてくれたのだろうか。
何度か、お母さんに言われてリクエストされた曲を歌ったこともあったし……。
「分かりました」
どう答えようかと迷っていると、結弦くんのお母さんはそう言って手を叩く。
「結弦のやってるチャンネルに、セッション動画をアップしましょう」
「え?」
「結弦にはオリジナル曲を作ってもらいます。顔は出さなくてもいいので、しっかりとしたMVを作りましょう」
机の上に両手をついて、こちらに顔を近づけてくる。
その圧に押されて、またたじろぐ。
さすが社長さん。行動力も決断力も凄い。
「それで実力を測りましょう」
「は、はぁ……」
曖昧に頷きながらも、考えてみる。
結弦くんのあのギターテクニックから生み出される、オリジナルソング。
好きな版権曲だけでも、体が熱くなった。
それが、私のための曲だったら、どんな気持ちになるのだろう。
「私のために……結弦くんが作ってくれる曲……」
「結弦が言った通り、分かりやすい子ね」
冷静な声で言われて、恥ずかしさに頬を掻く。
多くの人が見ている結弦くんのチャンネルに、動画を上げるのは緊張するけど、顔を出さないのならやってみたいと思える。
一人じゃなくて、結弦くんが協力してくれるなら、心強い。
「そうと決まったら、早速動きます。いいですね?」
「は、はいぃ……」
勢いに押されて、思わず頷いてしまう。
やっぱり私は、強引な人に弱い。
ますます、成績を落とせない理由ができてしまった。
手元に置いた名刺を、再び手に取る。
歌でデビューするなんて、今の私には予想もつかないけれど、夢はあるなと思う。
あのステージに立ってみたかったのは、結弦くんと一緒にいたかったというのもあるけど、あそこで歌ってみたいという気持ちも確かにあった。
私には、夢なんてないと思っていたけど……
「歌か……」
もしかしたら、これがそうなのかもしれない。




