第四十一章:認められない想い
出番を終え、急いでステージから降りる。
舞台袖に行くと、実行委員の人たちがすぐに機材を片付け始めた。
反対側の準備室に移動し、私は胸に手を当てる。
心臓はまだドキドキと高鳴っていた。
エフェクターを回収した結弦くんと目が合う。
「結弦くん!!」
「優子ちゃん!!」
私たちはそれぞれ名前を呼び合い、向かい合って両手をぎゅっと握り合う。
高いテンションのまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ど、どうだった?」
「最高だった!! 今も手の震えが止まらないよ」
目を細めて笑う結弦くんの手は、確かに震えている。
「わ、私も。楽しすぎてもう一回歌いたいくらい」
私の体も震えているけど、それは恐怖ではなく気持ちの高ぶりによるもの。
ギターの音が身体を駆け抜けていくような感覚は、今も体に残っている。
高揚しすぎて、手を繋いでいるというこの状況を、自然に受け入れていた。
周りから見ても、女の子同士がはしゃいでいるようにしか見えないだろうけど。
部屋を見回すが、既にみんな出ていった後みたいだ。
「やっぱり優子ちゃんの歌は最高だね。凄く胸にきた」
「結弦くんのギターもだよ。力を貰えたもん」
ボーカルに寄り添うようなリズムは、歌っていて心地よかった。
サビで解き放たれた力強さには、背中を押された。
体育館からはまだ私たちを讃える声が聞こえる。
これだけの反応を貰えたのは、結弦くんのおかげだ。
「ぼくたちって、最高のコンビだね」
「うん!!」
その言葉に力強く頷く。
あのアウェーな空気をひっくり返せたのは、それぞれが最高のポテンシャルを引き出せたからだ。
どちらか一人だけでは足りなかった。
今なら、自信をもって結弦くんの隣に立っていられる。
私たちは二人並んで、外から聞こえる歓声に耳を澄ます。
それから、顔を見合わせて笑った。
「あーあ、泥臭くてだっさ……」
ふと、準備室に私たち以外の声が上がる。
そちらに顔を向けると、朱里さんが置かれた卓球台の横から現れる。
「朱里さん……」
朱里さんはこちらを見ることなく、腕を組んで立っている。
他のメンバーである先輩たちは、既にこの場には居ないようだ。
何か言いたいことがあるのだろうか。
そう思っていると、朱里さんは深く息を吐く。
「私は、あなたたちみたいなのは苦手。どうせステージに立つなら、かわいく輝いていたい」
目を逸らしたまま、批判するかのようにそう口にする。
その姿をじっと見つめる。
以前の私なら、また嫌味を言われていると思い、落ち込んでいた。
だけど、不思議とその言葉にとげは感じられなかった。
理由は、なんとなく分かる。
「ねぇ、朱里さん」
少しだけ、疑問に思っていたことがある。
結弦くんを手に入れるためとはいえ、朱里さんはあっさりと今回の勝負を受けた。
正直に言えば、何か嫌なことをしてくるのではないかと、疑いもした。
だけど、驚くほど正攻法で私たちに挑んできた。
クインテットを結成していたのには驚いたけど、それも正攻法だ。
自分自身の力を示すために、圧倒的な実力を見せつけるというのは、朱里さんらしくはあるけど……。
言った言葉と、行動が矛盾している。
朱里さんは「泥臭いのはださい」と言った。
だけど……
「ダンスも歌も完璧だった。あれって、相当練習したよね」
私が朱里さんの歌を聞いて、素直に思ったこと。
みんなを虜にしたかわいさは、簡単に出せるものではない。
朱里さんは美人だし、そんな子が少しでも愛嬌を振りまけば、印象はよくなると思う。
だけど、あれだけの歓声を引き出すには至らない。
私自身があそこに立ったから分かる。
朱里さんだけではなく、先輩たちとも完璧に合致しなければならない。
そのためには、かなり努力したはずだ。
「ちっ……」
私の言葉を聞いて、朱里さんは舌打ちする。
「別に、私はあんたと違って、何でもこなせるってだけ」
やっぱりこちらには目を合わせず、吐き捨てる。
相容れない言葉。
やがて外の声が収まり、司会進行役の生徒の声が聞こえる。
準備室が、しんと静まり返った。
結弦くんは私たちのやり取りを、静かに聞いている。
「ねぇ……」
少しの間が開いて、朱里さんが口を開く。
「何?」
どこか落ち着かない様子。
相手から、普段感じられないような戸惑いが見えて、疑問の声をあげる。
「あんたさ、カラオケの時……一回だけ本気で歌ったことがあったよね」
「え……」
朱里さんのその言葉に、ハッとする。
初めて一緒にカラオケに行って、歌った時のこと。
初手で歌った朱里さんより良い点数を出して、不機嫌な顔をされた。
「たまたま」だと誤魔化して、それ以来わざと下手に歌っていたけど……。
今日は、本気を出して歌った。
「あー……」
相手の言葉を待っていると、朱里さんはそう唸って所在なさげに髪をいじる。
「やっぱ、何でもない」
そして、そのまま背中を向けて、出口の方に歩いていく。
訝りながらそれを見ていると、引き戸の前で立ち止まる。
「私が勝ったら、約束守ってもらうからな」
そのまま、そう言ってから外に出て行く。
扉が閉められ、再び静寂が訪れる。
「なるほど」
隣に立つ結弦くんが、興味深そうに声を上げる。
その言葉を聞いて、私は朱里さんが何を言いたかったのか、なんとなく理解した。
予想でしかないけれど、搦め手を使わず正攻法で挑んできたのは、単純に悔しかったからだろうか。
朱里さんは、負けず嫌いだ。
完璧を目指すからこそ、パワフルに前に突き進む。
たった一回の負けが認めきれず、彼女の中でしこりになった。
あれは偶然のできごとであったことを証明するために、勝負を受けた。
もしかしたら、そういうことなのかもしれない。
私は朱里さんに苦手意識を持っていたけど、それは相手も同じだったのだろうか。
「素直じゃないね」
と、結弦くんが楽しそうに笑う。
私はそれに静かに頷いた。
朱里さんとは、相容れないのかもしれないけど、あの歌には敬意を表したい。
やっぱり、歌には人の心を動かす力がある。
私はそれを改めて実感した。
「行こうか」
「うん」
いつの間にか離れていた手を、二人で繋ぎ合う。
なぜだかその方が自然に思えた。
手の平から感じ取れる熱は、お互いに高い。
「ところで、そのままの格好で戻るの?」
「え、もちろん。変かな?」
扉を開けようとしたところで、素朴な疑問をぶつける。
「変じゃないけど、クラスの子が驚いてたよ」
「だろうね」
結弦くんは悪びれることもなく、けらけらと笑う。
初めて彼と出会ったことを思い出す。
雨上がりの空の下、ギターを弾く姿は格好良くて、その美しい姿は女の子にしか見えなかった。
「皆には、なんて言うの?」
「んー……」
結弦くんは顎に手を当てて考え……
「残念、男の子でした!! って言ってみる」
顔の近くで横ピースを構える、アイドルのようなポーズ。
私はそれを見て、大きな声で笑った。




