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第三十八章:舞台の上のアイドル

 文化祭の開会式が始まり、私たちは準備室の前に並んで、それを聞いている。

 校長先生の挨拶が終わると、ステージの幕が下りて、ライブイベントの開始が告げられた。

 司会進行の生徒二人がトークをし、その間に一組目の参加者がステージで準備を行う。

 パフォーマンスが終わるたびに幕が下り、次の参加者が準備するという流れ。

 時間は一分ほどなので、急いで入れ替わらなければならない。

 間もなく一組目の曲が始まるので、緊張しながら他の出演者の出番を窺う。

 司会の二人がステージの横にはけると、幕が上がった。

 現れたのは三人組のバンド。軽音部三年生のエントリーだ。

 ギター、ベース、ドラムのスリーピース。

 激しいドラムの音と共に、曲が始まる。

 それに続いてすぐに入るギターとベース。

 その音はダイレクトに体育館に響く。

 アンプを通したギターはもちろん、打ち付けるドラムの衝撃がびりびりとお腹に伝わってきた。


「すごい……」


 リハーサルの時も感じたけど、生の楽器の力強さは凄まじい。

 それに応える生徒たちの声も合わさって、体育館は多くの音で満たされていた。

 三年生というだけあって、演奏のレベルは高い。

 特に中央に立つ先輩は、ギターとボーカルを兼ねている。

 曲はサンボマスターの『できっこないをやらなくちゃ』

 CMでも流れていた、あきらめない心を後押しするような応援歌。

 サビに入ると、コーラスである二人も曲を歌う。

 サンボマスターの曲は強いメッセージが込められているものが多いが、その熱をしっかりと再現している。

 生徒たちは手を叩きながら、一緒にサビを歌っていた。

 一曲目から凄い盛り上がりだ。


「うん、すごいね」


 隣に立つ結弦くんも、ステージを見て感心している。

 曲の終わりと共に、体育館には多くの拍手が巻き起こった。

 後ろにいる保護者席の方々にも、良い受けだったようだ。

 曲が終わると、そのまま幕が下り、出演者は頭を下げて一言「ありがとうございます」という。

 先輩の貫録を見せつけられた。

 二組目は吹奏楽部の演奏だ。

 先ほどとは違い、二十名以上の生徒が舞台に立ち、楽器を演奏する。

 学校行事やスポーツ大会の応援、コンクールにも出ているだけあって、やっぱりレベルは高い。

 ギターやドラムの音も凄いけど、トランペットやサックス、マリンバも圧倒的な迫力だ。

 演奏中は、みんな静かに聞いていたが、終わった後の反応は良かった。

 みんなリハーサル以上に腕を上げている。

 そのレベルの高さに、手が震えた。

 三組目は個人の参加で、歌をメインにしているというよりは、ものまねを楽しんでいた。

 人気のアーティストの曲を、メドレーにして、ワンコーラス三曲分歌いあげる。

 大げさ気味な演技は、生徒たちに笑いを巻き起こす。

 恐らく、ものまね芸人のようなノリを、意図的にやっているんだと思う。

 生徒投票を狙うなら、こういう手もありだなと感じた。

 こんな風に、各組それぞれ独自のパフォーマンスを行っていく。

 ソロで曲を歌う人もいれば、ピアノで人気の曲をアレンジして弾いている人もいる。

 舞台の横で見ていても、十分に楽しめた。


「わー、すごいすごい」


 結弦くんは曲が終わるたびに、笑顔を浮かべて拍手している。

 私は出番が近づくたびに緊張してくるのに……凄い。

 半分の七組が終わったところで、一旦休憩となった。

 照明が落とされていた体育館に照明が灯る。


「み、みんな上手だね」

「うん。うちの学校って部活動に力入れてるからね。軽音部も吹奏楽部も全国レベルだし」


 確かに、学校の柵に取り付けられた幕には、各部活の活躍がでかでかと書かれている。


「個人も、うまい人多いね」

「う、うん」


 この大舞台に立つだけあって、個人エントリーの人も歌がうまい。

 六組目の人はback numberの『ハッピーエンド』を歌っていたが、保護者の中には涙を流している人もいた。

 よほど琴線に触れたのだろう。

 それほどまでに人の心を動かせるなんて、本当に凄い。

 胸に手を当てると、ドキドキと音が鳴っている。


「でも、一番うまいのは優子ちゃんだよ」


 緊張で息を深く吐いていると、結弦くんがそう声を掛けてくれる。


「ありがとう」


 向けられる、信頼が込められた視線。

 こうまで言ってくれるのだから、頑張らないといけない。

 私は、震える足をパンと叩いた。

 十分が経って、ライブイベントの後半が始まる。

 いよいよ、私たちの出番が近づいてきた。

 準備室から顔を出した実行委員の方に呼ばれ、舞台袖に移動していく。

 いよいよだと思うと、また心臓が胸を強く打ち付ける。

 前の人の出番が終わるたびに、舞台は近づく。

 間もなく、朱里さんの番だ。

 どうやら、三人のバンドのようだが……。


「おまたせ」


 ふと、背後から聞こえる声。

 振り返ると、そこには一組目でギター演奏していた先輩と、ベースの人が立っていた。


「せんぱ~い、よろしくお願いします」


 朱里さんが振り返り、その二人に声を掛ける。


「え……」


 驚いていると、先輩二人は朱里さんの隣に並んだ。

 朱里さんがこちらへと顔を向け、ニヤリと笑う。


「約束、忘れんなよな」


 そのまま、朱里さん達の出番になり、楽器を持ってぞろぞろとステージに向かっていく。


「なるほど、クインテットか」


 結弦くんが声を上げ、私たちは舞台袖からステージの様子を見守る。

 前の人たちが舞台の外にはけていき、先輩たちは楽器のセッティングを行っていく。

 中心に立つ朱里さんはボーカル。

 一番最初に演奏していた先輩二人が、ギターとベース。

 そして、元々朱里さんの近くに居た二人はキーボードとドラム。

 結弦くんが言った通り五人編成のクインテット……楽器が増えることで表現力を広げられる編成だ。


「あの人たち、去年のコンテストの入賞者だよ」

「え、そうなの?」


 そこに立つ人々の顔を見て気付く、一組目でギターを弾いていた人には見覚えがあった。

 夏休み、朱里さんを見掛けた時に一緒に歩いていた人。

 『ピ』でも『ピッピ』でもないと思っていたけど、軽音部の先輩だったんだ。

 メンバーが足りない場合、一組までは助っ人として他のバンドに参加することが認められている。

 大抵の人が身内で集まるから、そうする人はいないと思っていたけど……。

 朱里さんなら、そうしてもおかしくはない。

 リハーサルに参加したことになっていたのも、先輩たちの誰かがいたからだ。

 勝利を得るために、実力のある人を集める。

 とても真っ当な戦略。

 それだけ、結弦くんに対して本気ということか……。

 額から汗が流れる。

 舞台袖から、固唾を呑んで朱里さんたちの演奏を見守る。

 やがて、ゆっくりと幕が上がった。

 舞台の中心に立つ朱里さんが、左を向いて両手を広げるポーズをとる。

 次の瞬間、曲は静かに始まる。

 ドラムが刻むリズムに合わせ、右手の人差し指を顔の横に構え、動かしながら前に出る。

 歌いながらの振り付け。

 ギターとベースが融合し、奏でられるポップなサウンド。


「とき宣の『最上級にかわいいの!』だ……」


 SNSでバズり、再生数が二千万を超えている、アイドルソング。

 ポジティブな失恋ソングで、私も結構好きな曲だ。

 朱里さんはその歌詞に合わせたあざとい仕草を取り、ウインクする。

 歌いながらの、完璧な振り付け。

 MVは何度も見たけど、あのかわいらしい雰囲気を、しっかりと再現できている。

 それを盛り上げる、ギターのバッキング。

 メロディラインもギターがなぞっており、印象的な格好良さを醸し出している。


「おお……」


 隣に立つ結弦くんが、声を漏らす。

 彼から見ても、先輩の演奏は素晴らしいもののようだ。

 あえて音源を使わず、クインテットの強みを活かしている。

 恋する乙女の不満に合わせて、地団駄を踏むような動きをする朱里さん。

 ここからじゃ表情は見えないのに、感情が伝わってくる。

 サビに入り、身体を揺らし手を回す、上半身の動きが激しい振り付けに入る。

 それと共に、生徒たちから歓声が巻き起こった。

 歌は、上手だけど圧倒されるほどではない。

 だけど、なんというか……それがなんとも応援したくなる気持ちとマッチしている。

 弱点をあえて晒すような、小悪魔的な愛嬌。

 それを見ていると、胸がほわっと温かくなる。


「あ……」


 体育館二階のギャラリー席から向けられるスポットライトが、朱里さんを捉える。

 舞台で堂々と躍る女の子の姿が、私にはしっかりとアイドルに見えた。

 そのかわいさの表現に、息を吞む。

 そして、それを引き立てる先輩たちの演奏。

 ギターのアレンジと、ベースとドラムの完璧なリズム取り。

 ころころと音を変えるキーボードが、原曲のかわいさを出している。

 二番に入った時、朱里さんの曲は会場の人たちの心を、すっかり鷲掴みにしていた。

 その振り付けに合わせて、一部の人たちが「かわいい」とコールする。

 それは、アイドルのライブと遜色なかった。

 そうだ、朱里さんとはそういう人だ。

 確かに自分勝手で困った人だけど、成績はよく才能に溢れている。

 この完璧な振り付けも、しっかりと練習したものだと思う。

 自分で言ったことはちゃんと成し遂げる。

 勝つと決めたら、実力で立ち向かってくる。

 だからこそ、私は朱里さんを嫌いながらも、尊敬していた。

 あの自分勝手な行動も、良い解釈をすれば、欲しいもののために動けるということだ。

 改めて、目の前の壁を高いと感じる。


「……」


 私は思わず、一歩たじろいだ。

 二番のサビに入ると、朱里さんは完全に観客の心を掴んでいた。

 自らアドリブで呼びかけて、コールを求める。

 それに合わせて上がる声。

 男子生徒だけではない。女子生徒も、朱里さんのとりこになっていた。

 かっこいいギターアレンジも、激しく打ち付けるドラムさえも、朱里さんの引き立て役になっている。

 スポットライトに当てられて、笑顔で汗を流す朱里さんは、その曲の通り最上級にかわいい――

 やがて曲が終わり、朱里さんは一回転して最後のポーズをとる。

 三分程しかない短い曲。

 その短時間で、彼女は完全に場の空気を支配した。

 曲が終わった途端、会場から割れんばかりの拍手が上がり、大歓声が巻き起こった。

 誰かが口笛を吹き、生徒たちが口々に讃える声を上げる。

 間違いなく、今日一番の反応。

 幕が下りる間も、朱里さんはポーズを決め続ける。

 私は完全に、放心していた――


「優子ちゃん、出番だよ」


 結弦くんの声が聞こえる。

 だけど、身体は動かない。


「……」


 右手を掲げると、それは激しく震えていた。


「優子ちゃん?」


 もう一度掛けられる声が、遠く聞こえる。

 視界がぼやけた。

 前の人たちの演奏に圧倒され、抱いていた自信が萎み、緊張が舞い戻ってくる。

 胸の内で動く心臓の音が、うるさい。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が深くなる。

 実行委員の方が、私たちの出番であることを告げる。

 入れ替わりの時間はスケジュール上決められている。

 早く準備をしないといけないのに……

 足が、動かない――

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