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第三十一章:この気持ちを知られるのはむず痒い

 私とお父さんに視線を向けられ、お母さんは「そう」とだけ呟く。

 表情は分かりにくいけど、視線を下ろし、少しばつが悪そうに見える。

 お父さんは、私の言い分を分かってくれたらしい。

 これで、納得してくれるといいけど……。


「あなたの言うことは、確かに一理ある」


 少しだけ、お母さんが私の意見を認めてくる。


「でも、文化祭が終われば、またすぐに実力テスト。それに全国模試もあるのよ?」

「う、うん……」


 だけど、まだ不安が残っているようだった。


「それに、英検や漢検もある。今のままで、本当に大丈夫なの?」


 顔を上げて、鋭い視線を向けられる。

 確かに検定試験も含めたら、勉強は大変になる。

 それをこなしていたら、あっという間に年末だ。

 それでも、ここは頷かなければならない。


「うん、なんとかする」


 正直、不安ではある。

 だけど、自主学習ができることは、結果で示せているはず。

 後はやる気を示すしかない。


「勉強は今のところついていけてるし、もし無理そうならすぐに塾に行く」

「……」


 私の言葉を聞いても、お母さんは逡巡しているように見えた。

 スケジュールを分かっているのは、それだけ考えてくれているということだ。

 それに、私が中間テストである程度の結果を出せていれば、お母さんもここまで迷わなかっただろう。

 そこは私の落ち度だ。

 でも、今回の頑張りまで無かったことにはされたくない。

 そう思いながら、考え込むお母さんを見つめる。

 再び訪れる静寂。


「なぁ、母さん。いいんじゃないか?」


 それを破ったのは、お父さんの言葉。


「優子はちゃんと自分で勉強できることを示した。それは間違いないだろう?」

「そうだけど……」


 納得はしてない様子だけど、頷くお母さん。


「勉強はいつでもできるけど、文化祭みたいな体験は、その時にしかできない」


 いつもは遠慮がちなお父さんだけど、お母さんに向かって、堂々と口を開く。


「そういうのって、面接とかでも役に立つと思うんだ。父さんの会社も、今は面接を重視してるみたいだし、立派な個性になると思う」


 しっかりとした言葉で説得するお父さんに、感心してしまう。

 もちろん普段から軽んじたことはないし、尊敬もしている。

 感情に訴えるより、利点を挙げているのが、お母さんをよく分かっているなと思った。


「それに、君にもあるだろ?」


 お母さんがお父さんに視線を向ける。


「学生時代、やっておけばよかったって、後悔してること」


 それを聞いて、お母さんは目を丸くした。

 お父さんの言葉は、私の心にも響く。

 中学生の頃、もっとこうしておけばよかったと思うことは、たくさんある。

 それこそ、受験についてもっと自分の意見を言えば良かったと思っている。

 今回も、押しに負けてうやむやにするところだったけど……。

 そうしていたら、間違いなく後悔していただろう。

 「あの時こうしていれば」という気持ちは、やがて自分を苦しめる呪いになる。


「……」


 それは、どちらかと言えば感情に訴える言葉だったのかもしれない。

 でも、不思議と効いているように見えた。

 お母さんが目を閉じて、息を吐く。

 私は、その様子をドキドキしながら見守る。


「私の場合、あの時に勉強しておけばよかった。っていうのが、後悔なのだけど?」

「ありゃ……」


 しばらくして、お母さんが言った言葉に、お父さんが間の抜けた声を上げる。

 せっかくいい調子だったのに、締まらないのは、ちょっとお父さんらしい。

 だけど、お母さんの態度は少し柔らかくなった気がする。


「はぁ……」


 頭に手を当てて、ため息を吐く。


「まぁ、そうね。成績が上がったのは確かだし、優子を信じてもいいのかもね」


 そして、そう続けた。

 それを聞いて、私はお父さんに視線を向ける。

 同じように、お父さんもこちらを向いた。


「よし、じゃあ今回は夏期講習はなしってことで」

「はいはい……」


 しぶしぶながら同意する言葉を口にしたお母さんを見て、私は目を見開く。

 全身の緊張が解け、肩の力が抜ける。

 同意してくれたことを嬉しく思うけど、意外な気持ちも強かった。

 まさか、こんな簡単に認めてくれるなんて……。


「ただし、成績が落ちたらいつでも塾に通ってもらうからね」

「う、うん……もちろん!!」


 厳しい言葉を向けられて、再び背筋を伸ばす。

 勉強をしたうえで勝ち取った権利ということを、忘れないようにしないと。

 まだどきどきしている胸に手を当てる。

 気持ちは晴れたけど、騒ぎたいような気分じゃない。

 もっと早く、こうして話しておけばよかった。

 そんな後悔が、胸の奥に残っている。

 でも、その気持ちに気付けて、よかった。


「うんうん、よかったなぁ優子。文化祭って俺たちも行っていいんだよな?」

「まったく、あなたは本当に単純ね……」


 嬉しそうに声を上げるお父さんに、呆れた様子でお母さんが額に手を当てる。

 いつも通りのやり取りを見て、思わず笑ってしまう。

 明るい団らん風景。

 だけど、お母さんは困ったような表情を浮かべて、目を閉じる。


「言っとくけど、私はちょっと心配なのよ……」


 そのまま、腕を組んでこちらを向く。

 どうしたのだろうと思っていると、お母さんは再び目を開く。

 そして、なぜだか呆れたような顔を浮かべた。


「優子、あなた……好きな人できたでしょ?」


 思いもよらない質問。

 ドキリと心臓が鳴る。

 頭に浮かぶのは、女装してギターを弾く、男の子の姿。


「ふひっ!?」


 顔が熱くなるのと同時に、変な声が漏れた。


「な!? どういうことだ!?」


 ため息を吐くお母さんの横で、お父さんが驚愕の声を上げる。


「分かりやすいのよ。でかける時に何度も鏡を見るし、明らかに身支度が丁寧だし」


 ば、ばれてた……!!

 一応、メイクを控えめにしたり、服も派手にしないようにしてたのに……。


「それに、図書館に行くって割に、そわそわしてるし。この前なんて新しい服着て、ずっと鏡の前に立ってたし」

「う……」


 最近は、いつも以上に見掛けを気にしていたかもしれない。

 お母さんは在宅ワークでいつも家にいるので、その辺りはよく見ていたわけだ。

 その上で、知らない振りをしていてくれたらしい。

 浮かれていた姿を見せていたと思うと、急に恥ずかしくなってくる。


「ま、私は勉強さえしてくれればいいんだけど」

「よ、よくないだろう!!」


 妙に理解が早いお母さんに対し、お父さんは納得のいっていない声を上げる。


「ゆ、優子はまだ学生だぞ!!」

「いつの時代の話してるのよ。今は、小学生にだって恋人がいるのよ」

「お、俺は高校生の時に恋人なんかいなかったぞ!!」

「あなた昭和生まれじゃない。今は令和よ」


 捲し立てるお父さんを、お母さんは冷たくあしらう。

 気のせいか、その口元は笑っているように見えた。

 その前で、私は気恥ずかしさに身を縮める。

 親にそういうことを知られるのは、なんでこんなにむず痒いんだろう。

 全身が熱くなる。

 とにかく、夏期講習に行かなくていいという言質は取れた。

 これ以上追及される前に、部屋に戻ろう。


「さ、さて……私は勉強に戻らなくちゃ」


 静かに立ち上がって、椅子を戻す。

 そのまま背を向けて、そろりそろりと階段に向かっていく。


「待ちなさい優子!! まだ話は終わってないぞ!!」


 お父さんの焦ったような声が聞こえる。

 私はそれを無視して、駆け足で階段を駆け上がった。


「優子!! ゆうこー!!」

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