表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/18

第十八章:今年の夏は、虹のように色付く

 週が明けて、三日が経つ。

 今日はテストの返却日。

 これまでの努力が、明確に数字として示される日だ。

 私は朝から緊張していた。

 自分の席に座り、教室の前方に取り付けられた時計を、何度も見る。

 ホームルームが始まるまで十分。登校してきた生徒が増え、少しずつ席が埋まっていく。

 周りを見ると、自分の席で教科書を広げて、復習している人も多い。

 雑談をしている人もいるが、他のクラスに比べれば、少ないのかもしれない。


「あ~あ、思ったより伸びてないなー」


 こちらを向いた朱里さんが、スマホを見ながら、不満そうに声を上げる。

 テストが終わり、夏休みが近づいているからか、染め直されたアッシュブラウンの髪は明るくなっている。

 目元は長めにアイラインが入れられ、まつ毛も明らかに盛られていた。

 彩度の高い色やラメは使われていないのに、かわいくメイクできているのが凄い。


「あの美少女、どこに行っちゃったんだろ」


 私の机に肘をつき、顎に手を当てたまま、朱里さんはスマホをいじっている。

 テストの結果が気になりすぎて、話が耳に入っていなかったが、口にした言葉に意識が向く。


「ねぇ、優子。あれからあの子見てない?」


 朱里さんのスマホに映し出されているのは、女装してギターを弾いている、結弦くんの動画。

 どうやら『God knows...』の動画以外にもストックがあったようで、朱里さんのTikTokには何本か動画が上げられている。

 その度に、それらの動画は再生数を稼いでいた。

 結弦くんには報告しているが、本人はあまり気にしていない。


「う、うん。あれからは一回も見てないよ」


 目を泳がせながら、嘘をつく。

 テストが終わってから、図書館の中庭で会っている。

 頭を撫でられたあの出来事は、今思い出しても顔が熱くなる。

 あの後は特に何があったわけでもない。

 ただ、二時間くらいお互いが好きな音楽について、語り合った。

 やっぱり、結弦くんとは趣味が合う。

 お互いのミュージックリストを見せ合って、おすすめを伝えたりもした。

 あっという間に過ぎた時間。

 できれば、もっと話していたかった。

 あの日から、LINEでやり取りする時間が増え、通話もしている。

 昨日は、バイト先のカラオケに行って、ちょっとだけ話した。

 会う時間は、確実に増えている。


「何? ニヤニヤして」

「え? あ……いや、なんでもない……」


 訝しげな表情で指摘されて、身をびくつかせる。

 どうやら、思っていたことが顔に出ていたらしい……。


「くっそー。こんなに人気コンテンツになるなら、あの時話しとけばよかったなー」


 どうやら、朱里さんはあの日以来、会えていないようだ。

 それもそのはず、結弦くんがギターの練習をしているのは、人が少ない雨上がりの日だけ。

 梅雨が明けて広場に人が増えてからは、自宅とスタジオで練習していると言っていた。

 雨が降ればまた行くと言っていたが、予報を見る限りしばらくはなさそうだ。

 今の様子を見る限り、結弦くんのYouTubeチャンネルにもたどり着いていない。

 これだけ話題になっていれば、見ている人がいつかは気付くと思うけど……

 活躍しているプラットフォームも違うので、もう少し時間は掛かるかもしれない。


「優子、また見掛けたらすぐに連絡して。いつでも行くから!!」

「う、うん」

「本人と話して、絶対にコラボするぞー!!」


 こちらには一切目を向けず、管理画面の数字に目を向けながら、高らかに宣言する。

 盗撮は褒められないけど、やっぱりそのバイタリティは凄いと思う。

 私が結弦くんと出会えたのは、相手から声を掛けてくれたから。

 もしそうじゃなかったら、今のように話す機会もなかっただろう。

 知らない人に自ら接触しようというその行動力は、純粋に羨ましい。


「それはそれとして……夏休みか、優子はどうするの?」


 相変わらず視線はこちらに向けられず、あくびしながらそう聞かれる。


「ほ、補習かなぁ」


 今のところ、何か予定があるわけではない。

 結弦くんとはスタジオに行こうと言われているけど、明確に決まってはいない。

 そもそも、今日返されるテストで私のスケジュールは大きく変わる。

 もし思うように成績が上がっていなければ、夏期講習に行かなければならない。

 そうじゃなくとも、お盆休みの前まで補習がある。

 中学校の時のように、まるまる休みとはいかない。


「ほーん、真面目だねー」

「朱里さん、補習は……」

「行くわけないじゃん。私を見てくれてる先生も、嫌いなことやったらオーラが下がるって言ってたし、そもそも必要ない」

「だ、だよね」


 何の躊躇いもなくそう言われ、レベルの違いを実感する。

 そして、今もスピリチュアルにはまっているようだ。

 家柄が良い朱里さんと、母親がビルオーナーの結弦くん。

 ある意味、二人は似ているのかなと思ったりする。

 少しだけ、劣等感。

 でも、今までのように視界にフィルターがかかったりはしない。


「若いんだから、夏を満喫しなきゃね」


 何気なく口にしたその言葉に、目を丸くする。

 今までは、縁のなかった言葉。


「そうだね」


 珍しく、朱里さんの言うことに共感できた。




 学校が終わり、帰り道を歩く。

 空はオレンジ色に変わり、駅前に続く道を走る車には、ライトが灯る。

 テスト返却後の補習ということもあり、みっちりテスト問題の振り返りが行われた。

 時間は既に十八時半、親には補習で遅くなる旨を伝えている。

 照り付けていた日差しは少しずつ傾き、気温は落ち着いている。

 時折吹く風が、心地良い。

 蝉の声に混じって、ひぐらしが鳴く声が聞こえる。

 本格的に夏が来たのだなと、実感した。

 この時間まで勉強をしていたら、流石に疲れる。

 私は凝り固まった首を回す。

 定期的に立つようにはしているけど、机に向かっていると身体が固くなる。

 それでも、足取りは自然と軽くなっていた。


「よし……」


 返ってきたテストの結果を思い出し、右手の拳を握る。

 成績は大きく上がっていた。

 ほとんどの教科が平均点を超え、クラス順位も中の下から中の上まで伸びている。

 苦手な問題は相変わらず落としていたけど、国語は九十点を超えていた。

 これなら、両親も満足してくれるはずだ。

 駅前の交差点に差し掛かり、赤信号で足を止める。

 文化センターへ続く道に視線を向けると、階段に取り付けられた照明が一斉に灯る。

 結弦くんはアルバイトが休みの日。

 恐らくスタジオか、自宅にいる。

 それとも、あの日一緒にいた友達と、笑っているのだろうか。

 少しだけ、キュッと閉まる胸。

 だけど、変に落ち込んだりはしない。


「ライブか……」


 未だに、舞台に立つことは実感が持てない。

 全校集会の度に思う。

 体育館のステージで、発表している生徒がいるが、あれが自分だったらと思うと足が(すく)む。

 なのに、みんな堂々としていて感心するくらいだ。


「だけど……」


 あの上に立って、思いっきり歌えたら、気持ちいいだろうなとは思う。

 体育館に取り付けられたスピーカーから響く、ギターリフ。

 音源を流せば、カラオケ以上に迫力がある音が鳴るのだろう。

 信号が青に変わり、横断歩道を渡る。

 家に続く道を歩きながら、好きな曲を頭の中に思い浮かべる。

 例えば、East Of Edenの『Our Fate』を歌ったらどうだろう。

 静かなイントロから始まる、語りのような歌詞。

 エレクトリック・ヴァイオリンの旋律が走り、激しくドラムが打ち付けられる。

 激しいディストーションの利いたエレキギターがそこに重なった瞬間、熱狂が限界突破する。

 ラブソングとは思えないくらい、爽やかでスタイリッシュな曲。

 想像しただけで、びりびりとした響きが身体を駆け抜けていく。

 一人だと不安だけど、彼がいればそこに辿り着ける。


「んー」


 自然と口から零れる歌。

 歩くペースが少しだけ速くなる。

 高鳴る胸が、カノン進行の美しい旋律のように、心地よく響く。

 教科書が詰まった鞄も、今の私には軽く思えた。

 中間テストの時、成績表を貰って落ち込んだのを思い出す。

 自分の中ではとても頑張ったのに、それでも成績は中の下。

 点数自体は、中学の成績を考えれば、十分すぎるほどに高かった。

 それでも、足りないという現実。

 正直に言えば、勉強をするのが嫌になった。

 期末テストのことを考えると憂鬱だったけど、そんな気持ちは急に変わった。

 言うまでもなく、目標を持てたからだ。

 自分の中で、唯一自信のある音楽。

 それを、一緒にやろうと言ってくれた人がいた。

 その瞬間、私が持つ灰色のフィルターは壊れ、世界は色付く。

 まるで、空に浮かぶ虹のように。


「はぁ……!!」


 吐いた息が、心地いい。

 憂鬱さが、紫色に変わろうとしている空に溶けていく。


「今日、通話できるかな」


 スマホを手にして、好きな曲のジャケットが壁紙になった画面を見つめる。

 前回の通話は、LINEでメッセージのやり取りをしている中で、結弦くんから掛かってきた。

 勉強を済ませた、遅い時間。

 私のことを気にしてくれて、十五分だけ声を潜めて話した。


「こっちから掛けてみても、いいのかな」


 そう言って、ギュッとスマホを握りしめる。

 胸に浮かび上がってくる、温かな気持ち。

 ちょっとドキドキして、ちょっとわくわくする、不思議な感情。

 実際に通話するボタンを押すことを想像すると、指が震える。

 だけどそれは、きっと悪いものじゃない。


「が、頑張ろう」


 スマホを胸に当て、そう息巻く。

 今年の夏は、今までにないくらい輝いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ