表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/43

第一章:雨上がりの空の下に立つ美少女

 生まれながらに、才能も美貌も度胸も持った人間というのは存在しているらしい。

 私、橙田優子(とうだゆうこ)は持たない側の人間だ――


 学校帰り、図書館を目指して住宅街を歩いている。

 雨上がりの空には、綿あめを細くちぎったような層雲(そううん)が浮かんでいた。

 オレンジ色の夕日が、雲の間から大地を照らしていく。

 すべてを雨で洗い流された空は、遠くまで見通せるほどに澄んでいる。

 水たまりには、そんな鮮やかな風景が反射していた。

 濡れないように足元に気をつけながら歩いていると、水気を含んだ植物の匂いが鼻孔をくすぐる。

 季節は雨が増える梅雨に入った。

 この晴れ間は、実に一週間ぶりのものだ。

 図書館に続く坂道を登っていく。

 通路の端に建てられた転落防止の柵の向こう側には、紫陽花が等間隔で植えられている。

 青々と茂る葉を滑る水滴が、光を浴びてきらりと輝く。

 青や紫、ピンク色をした手毬(てまり)のような花が緩やかに風に揺れている。

 役場を通り過ぎ、近くにある階段を登ると、瓦屋根の白くて大きな建物が見える。

 大ホールや図書館、様々な研修室を備えた地域の文化センターだ。

 その前には芝生が植えられた広場があり、普段は遊ぶ子供の声で溢れている。

 雨が降っていたからか、建物の壁沿いに設置されたベンチには、誰も座っていない。


「ん?」


 ふと、音楽が聞こえた――

 スピーカーを通した割れた音ではなく、楽器が奏でる新鮮な生音だ。

 遠くの横断歩道から聞こえる、ぴよぴよという音に混じって、微かに響いている。

 どこから鳴っているのだろうと、不思議に思いながら歩く。

 駐輪場を過ぎ、公衆トイレを横切ったところで、音は鮮明になる。

 どうやらそれは、アコースティックギターの音色のようだ。

 誰もいない広場に鳴り響く曲。

 そのギターリフには聞き覚えがあった。

 ハンマリング・オンとプリング・オフを高速に組み合わせた、印象的なイントロ。


「愛しのレイラ?」


 五十年以上も前の曲だが、CMソングにも使われている、ロック史に輝く名曲だ。

 一応女子高生という身ではあるが、アニメの影響でギターに触れたことがあるので知っている。

 その音に誘われるように足を進める。

 すると、広場の端に立つ女の子の姿が見えた。

 ストラップを肩にかけ、自分の身体よりも大きいアコースティックギターを抱えている。

 ドレッドノートと呼ばれる、大きなボディ形状をしているタイプ。

 小柄な子が使うには抱えにくいサイズだが、巧みに操っている。


「どうしてこんなところで……」


 観客は誰もいないし、投げ銭箱どころか、譜面台もない。

 誰かのためではなく、本当に好きだから弾いている。

 そんな風に見えた。

 毛先に赤いグラデーションが入ったツインテールの女の子。

 歳は私と同じ、高校一年生くらい。

 白いフリルギャザーブラウスに黒のミニフレアスカート。ギターを弾いているのに、ブラウスの袖は長く、ガーリーなファッションスタイルだ。

 涼しげな切れ長の目に、スッと通った鼻筋。

 まつ毛は長く、キリッとしているのに、かわいさがある。

 肌は瑞々しく、きめも細かい。

 メイクで無理やり上塗りしたような綺麗さではなく、透明感のある肌。

 言ってしまえば、美少女だった。


「すごっ……」


 数ヶ月で飽きてしまった私とは違うテクニックに、感嘆の声が漏れる。

 『愛しのレイラ』は本来は二人の演奏で、重厚なイントロを作り上げている。

 しかし今聞こえるリフは、低音の伴奏を刻みながら同時に主旋律を走らせるという、常軌を逸したアレンジだった。

 たった一人で、曲本来の哀愁を表現していた。

 アンプを通したエレキギターとは違い、アコースティックギターの音は、弦を弾く純粋な生音。

 それなのに、胸に強く響く――

 私はつまずきやすいFコードを押せず、コードチェンジもうまくできず、左指の痛みに耐えられなくなってやめた。

 それなのに、その子は髪を振り乱すこともなく、鼻歌交じりに細い指で弦を弾いている。

 雨上がりの夕日に照らされ、広大な空の下でギターを弾くその姿は、大きな舞台に立つアーティストのように魅力的に映った。

 力強いコードのバッキングが静かな広場に鳴り響く。

 水たまりに反射した光が、きらきらと彼女を輝かせる。

 思わず、そのサビのフレーズを口に出す。

 レイラ――

 その刹那、奏でられていたギターが、急に止まる。

 中途半端なところで手を離されたギターの弦が、キンと音を立てる。

 ハッとすると、女の子がこちらを見ていた。


「……」


 驚いたように口を開けて、ジッと見つめられる。

 カラーコンタクトを入れているのか、それとも元からそういう色なのか、ダークブラウンの瞳が光を反射してきらりと輝く。

 可愛さを意識した姿に、クラシカルなアコースティックギター。

 ちぐはぐな組み合わせのはずなのに、不思議と様になっている。

 そんな姿に見惚れていると、彼女はふっと口元を緩め、笑顔を浮かべる。


「あ……」


 目が細められた、満面の笑み。

 格好良かった雰囲気が急に可愛さに転じて、ドキリとする。

 遠くで、豆腐屋さんが鳴らすラッパの音が聞こえた。

 ふわりと風が舞い、ベルガモットのような柑橘系の爽やかな匂いが鼻孔をくすぐる。

 その笑顔には、どういう意味があるのだろう。


「あ……ぅ……」


 陰キャな私は、どうしていいのか分からず、口ごもる。

 顔を真っ赤にし、わたわたと意味もなく首を左右に振る。

 眩しい彼女と、まともに目を合わせていられない。

 そのまま勢いよく頭を下げて、隣を足早に通り過ぎていく。

 演奏の邪魔をしてしまっただろうかと、声を出したことを後悔する。

 そんな、いつも通りのネガティブ思考。

 それがその子との初めての出会いだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ