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女帝陛下の逆仮面夫婦生活〜『だから貴方はダメなのです』と罵られる彼は、世間の噂ではわたくしを殺そうとしているようです。〜  作者: メアリー=ドゥ


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女神の御許で。

 

 ーーーそして、数日後の深夜。


「女神に祈りを捧げます。誰も、中には入れないように」


 王宮の敷地、その中心にある『加護の部屋』に続く階段の前で、侍女のムーアにそう告げ、聖衣に身を包んだゾゥラは一人で階段を降りた。


 後ろで、ゴォン、と音を立てて、扉が閉まる。

 聖域である『加護の部屋』に入れるのは、女王……現在は女帝か、最高位の神官達のみである。


 ーーーわたくしは、多くを欺いていますね。


 ゾゥラのみならず、歴代の女王らも皆、そうだったのだろうとは思う。

 階段を降りていくと、しん、と静かに空気が冷えていくが、そこで神聖な気配を感じたことなど一度もない。



 それどころか、階段を降り切った先の部屋で感じるのは禍々しさ(・・・・)である。


 

 闇がよどんでいるかの如く暗くなっていく空間にゾゥラが立ち入ると、蝋燭も刺さっていない燭台にボッ、ボッ、と順番に火が灯っていく。


 青い炎のようなそれは、魔力の灯りなのだけれど、まるで彷徨える魂のように不規則にゆらめくもの。


 灯りが全ての燭台に灯ると、部屋の中に浮かび上がったのは固く閉ざされた巨大な扉。


 扉の右半分は、白を基調として銀の装飾が施された荘厳な印象のもので、中程に清く澄む紫の宝玉が嵌っている。

 扉の左半分は、黒を基調として金の装飾が施された邪悪な印象のもので、中程に禍々しい紅の宝玉が嵌っていた。


 この先には、誰も入ることは出来ない。

 それどころか、この扉の開け方を知っている者すらいなかった。


 地面に描かれた魔導陣の中心で待っていると、横でギィ、と音が鳴る。

 

 城の中に続く階段とは別の入り口が、そちらにはあった。

 本来は王族専用の脱出用の通路なのだろう、と思われる隠し通路で、山の渓谷に繋がっているものだ。


 ゾゥラが顔を向けると、そこから幾人かが姿を見せて、青い炎の灯りの下に進み出てきた。


「これはこれは、女帝陛下。こんなところにお一人とは、大変物騒ですね」


 聞こえてきた声は、アジィルのもの。

 杖をついて嘲るような笑みを浮かべる彼を守るように立つのは、鎧を身につけた屈強な兵士が数人。


 兵士は、薄布一枚で作られた聖衣に身を包んだゾゥラに、好色そうな視線を向けていた。


「無礼ですね。聖域に無断で立ち入るなど」

「これは失礼を。ですが、貴方が伴侶と定めた王配殿下の許可は得ておりますよ」


 そう口にしてアジィルが背後に目を向けると、ゆっくりとシドが進み出てくる。


「やぁ、ゾゥラ」


 見ると、愛する方は腰に剣をいており、いつも通りの軽装である。


「アジィルが、どうしても《女神の加護》を賜りたいみたいでね〜。少し話を聞いてあげてくれないかなぁ?」


 言われて、ゾゥラはアジィルに視線を戻した。


「何が目的なのです。《女神の加護》を得られるのは、女のみ……それを知らぬ訳ではないでしょう?」

「いいえ。私が調べたところによれば、そうではありません。読み解いた古文書に、そんな条件は記されていなかった……」


 アジィルは、カン、と杖の先で床に打ち鳴らすと、目を細める。


「地中深くに眠る力の源が、人に強大な魔力と不老長寿をもたらす、ということが書いてあっただけですよ。かつてこの地にたまたま逃れた一人の女がその力を得て、独占する為に男を排除した……それが、このアマゾニア王国(・・)の始まりです。運が良かったに過ぎない」


 ゾゥラは、静かに彼らを見つめる。


 ーーー愚かですね。


 きっと、古文書に記されていたことですら、真実を表してはいない。


「《女神の加護》を得ても、永遠の命が手に入るわけではありませんよ。もし真実であれば、初代女王は死ななかった……そうは思われませんか」

「力の全てを得たわけではなく、その身に得た力も他の女らに分け与えたからでしょう。愚かなことだ」


 アジィルは、一歩前に進み出た。

 彼が笑みを消して、忌々しそうに口元を歪める。


「力を得た女の浅知恵など救えぬ。貴様らは、黙って男に従って子を産んでおればよいのだ。そこの扉を開き、力の元へ私を導いて貰おう。そうすれば、命だけは助けてやる」

「……」


 ゾゥラは、アジィルの言葉に全く揺らがないくらい、冷め切っていた。

 

 ーーー浅ましいのは、どちらでしょう。


 愚かと言われるのであれば、多少は心が動いたかもしれない。


 けれど、老い先短いと言われるほどの時を生きていながら。

 死を恐れるばかりで、己の保身ばかりで、権力に執着するばかりで……己がシドに生かされているだけであることにすら、気づいていない。


 そして、最も重要なことを、アジィルは知らない。


「扉は、開きませんよ」

「何……?」

「この扉を開ける方法など、我が王家には伝わっておりません。儀式も、この魔導陣の上で祈りを捧げるのみ。力の源に至る方法など、わたくしは知りません」

「虚言を吐くか」

「事実です」


 そんなやり取りを続けていると、スッと、シドがアジィルの横をすり抜けて前に出た。


「王配殿下?」


 まるで、『自分の許可なく動くな』とばかりに、老人が声を上げる。

 けれどシドも、そしてゾゥラも、視線すら向けなかった。


 真っ白な肌と、銀の髪。

 愚かなゾゥラを、どうしようもなく惹きつけてやまない人の、細い目の奥に覗く紫の瞳。


 それだけを、見つめていた。


 ーーーシド……。


 彼は、どうするのだろう。

 脱出路の存在を、シドはゾゥラが教えるまでもなく知っていたけれど、今まで手を出さなかった。


 もし彼の目的も《女神の加護》なら、きっとゾゥラはこの場で殺されるだろう。


 わざわざ条件をつけてゾゥラをこの場に赴かせ、アジィルを招き入れた理由までは、分からない。

 けれどそう、愚かな自分が国や女王の規律よりも大切に想っているシドに殺されるのなら、それでも良いと思ったから、この場に赴いた。


 選ぶ自由をゾゥラにくれた、最愛の人になら。

 

「一体、何を考えている? 邪魔を……」


 痺れを切らしたアジィルがさらに言い募ると、そこでようやく、シドが微笑みを浮かべて、遮るように口を開いた。



「ああ、もういいよ(・・・・・)〜。僕はゾゥラの聖衣姿が見たかっただけだからねぇ」



 それを言い終わるのと同時に、ゴトン、と重たいモノが地面に転がる音が、複数響いた。


 ゾゥラが目を向けると、転がっているのは兵士たちの頭。

 そして、アジィルの杖と、それを握っていた彼の前腕だった。


「ガァ……ッ!?」


 兵士の首の断面と、アジィルの腕から血が吹き出して、辺りを濡らしていく。


「《女神の加護》を諦めて、僕のゾゥラに手を出そうなんて考えなければさ〜、使えるから生かしておいてやったんだけどねぇ」


 彼の手には、いつの間にか引き抜かれた剣が握られている。

 部屋の中にある扉の右半分と同じ素材で出来た、白い刀身に銀の鍔と、柄尻に青い宝玉の備わった聖剣(・・)である。


「あはは、間抜けだよねぇ。ドラグロを滅ぼしたの、誰だと思ってたの? 他国を併呑することを提案したのも、その根回しをしたのも、誰なんだろうねぇ……ゾゥラは優しいから、そんなことしようと思うわけないのにね?」


 兵士の返り血を浴びて頬が汚れたのを気にもせずに、シドがアジィルに向き直る。

 腕の断面を押さえて、カッと目を見開いた老人が、歯を剥いて彼を睨みつけた。


「シドルフス……貴様、まさか……!」

「哀れだね、アジィル。恨むなら、自分の見る目のなさを恨みなよ」


 シドはスッと滑るように移動して、反応すら不可能な速さでアジィルの頭を踏みつけ、地面に這いつくばらせた。

 そして、これ見よがしにその首元に聖剣を添える。


「力を得た女の浅知恵、だったっけ? 僕のゾゥラに、権力だけの頭空っぽの男がよく言えたねぇ? あは、不愉快すぎるから、永遠に口を噤んでいるといいよ」

「っ待……!」


 命乞いすら口にすることが出来ずに、アジィルは喉を深く裂かれる。


「……っ!」

「喋るなって言ったじゃない? でも、ゾゥラを罵倒した罰だよ、アジィル。息が吸えない苦しみの中で、惨めに終わってくれ」


 声も出せないまま、気道を裂かれてのた打ち、自分の体から流れ出す血で蛇のような跡を地面に描き出す老人に、それ以上目もくれず、シドが歩み寄ってくる。


 いつもは糸のように細い目が開かれて、伸ばした手で慈しむようにゾゥラの頬を撫でる。


「ごめんね〜、気持ち悪いもの見せちゃったねぇ」

「気にしていません。ですが、聖域を汚すのはやり過ぎではないかと思います」

「ここに来る時しか着ないその聖衣、凄く似合ってるからさ〜。たまに凄く見たくなるんだよねぇ」


 たった今、人を殺したというのにいつもと何も変わらないシドは、さらに言葉を重ねる。


「綺麗だね、ゾゥラ」


 そんな彼に内心でホッとしながら(・・・・・・・)、ゾゥラは目を閉じて、添えられた手に頬を擦り寄せる。


「……だから、貴方はダメなのです。この格好、本当は凄く恥ずかしいのですよ?」

「恥じらうゾゥラも、可愛いよ」


 褒められて、余計に恥ずかしくなった。


 でも、どんな振る舞いをされても、どんなに狂気的な人であっても……シドはゾゥラを、大切にしてくれるから、許してしまう。


 きっと、同じくらい狂気的に、ゾゥラもシドを愛しているから。

 

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