第3話:ダブル溺愛新生活と、不穏な黒い影
「エルザ、こちらのタルトも食べてみてくれないか?
君の美しい髪と同じ、綺麗なベリーを使わせたんだ」
「あ、ありがとうございます、シルヴェスター殿下……」
私は思わず、自分の赤みがかった栗色の髪に触れた。
髪と同じ色のベリーを選んでくれた。それはつまり、殿下が私の髪を覚えていてくれたということだ。
……いや、考えすぎよね?
神聖ルーヴェンス帝国の大公邸。その一角にある、目も眩むほど豪華な客室で、私は完全に困惑していた。
目の前では、国境の結界を破ってボロボロだった姿が嘘のように、完璧に仕立てられた礼服を着たシルヴェスター大公殿下が、極上の笑みを浮かべて私に次々とお菓子を勧めてくる。
銀色の髪がサラリと揺れ、アメジスト色の瞳に見つめられるたび、心臓に悪い。
国を救ったお礼として、お姫様のような待遇を受けることになるとは思っていたけれど……これ、明らかに「国賓」に対する態度じゃなくて、好きな女性を口説くときの距離感だ。経験不足の私ですらわかる。
「ママ!あのおとこのお菓子に騙されちゃダメ!
コロンのハーブティーのほうが美味しいもん!」
すると、私の肩の上に乗ったちび精霊王・コロンが、ぷくーっと頬を膨らませてシルヴェスター殿下をパタパタと威嚇した。
コロンは私の髪に潜り込み、「ママはコロンのものだもん!」と独占欲を隠そうとしない。
「おや、コロン。私はエルザに日頃の疲れを癒やしてほしいだけだよ。もちろん、君のことも歓迎しているが……エルザの隣は譲れないな」
「むー!ママ、このおとこ、めっ!」
超絶イケメン大公と、世界一可愛い精霊王が、なぜか私の両隣を取り合ってバチバチと火花を散らしている。
『草むしり女』からのこの謎の急展開……理解が追いつかない。
贅沢すぎる悩みに頭を抱えていると、突然、部屋の扉がノックもなしに勢いよく開け放たれた。
「シルヴェスター殿下!隣国から不審な女を連れ帰ったと伺いましたが、本当なのですか!?」
甲高い声と共に部屋に入ってきたのは、白い聖職者の法衣をまとった一人の美少女だった。
豊かな金髪に、一見すると清楚で可憐な容姿。
彼女こそが、この神聖ルーヴェンス帝国で神の声を聴くとされる聖女――マリアだった。
「マリアか。許可なく入室するとは無礼だぞ。
彼女は不審な女ではない。我が国の危機を救ってくれた恩人、エルザ嬢だ」
シルヴェスター殿下の声が一瞬で冷徹なものへと変わる。
しかし、マリアはそれを無視して、私を値踏みするようなドス黒い視線で睨みつけてきた。
どこかの令嬢とかぶって見える。めんどくさい。
「フン、そんな泥臭い田舎娘が我が国を救えるはずがありませんわ!
我が国を救う薬草を不当に独占していた犯罪者かもしれませんのに……。
殿下、目を覚ましてください。このマリアこそが、将来あなたの妃となる唯一の聖女ですのよ?」
周囲に人がいるときは「清らかで慈悲深い聖女」を演じているマリアだが、シルヴェスター殿下の前では皇妃の座への執着を隠そうともしない。
その激しい嫉妬のオーラに、私が気圧されていると――。
「……ひうっ!?」
私の髪の中にいたコロンが、突然、聞いたこともないような悲鳴を上げてガタガタと震え出した。
「コロン!?どうしたの?」
「ママ……あのひとの中、まっくろ……!ドロドロの、どくの匂いがちゅる……!こわい、こわいの……っ!」
コロンは涙をぽろぽろと流しながら私の胸元に飛び付くと、必死に顔をうずめて怯えきっている。
純粋な大自然の化身である精霊王にとって、マリアの心の中にある醜い独占欲や、黒い本性は、耐え難い恐怖の対象だったのだ。
「あら?その不気味な虫は何かしら。私を指して『真っ黒』だなんて、不敬な生き物ね」
マリアの目が、スッと細められた。
その瞳の奥には、コロンから放たれる圧倒的な「神聖な魔力」に気づき、それを我が物にしようとする、ギラギラとした強欲な光が灯っていた。
「殿下、その不浄な生き物は私が教会で預かり、正しく『浄化』して差し上げますわ」
「断る。マリア、今すぐこの部屋から出て行け。二度とエルザとコロンに近づくな」
シルヴェスター殿下が立ち上がり、凄まじい覇気でマリアを威圧する。
マリアは悔しそうに歯噛みしながらも、「……失礼いたします」と捨て台詞を残して部屋を去っていった。
去り際に彼女が私とコロンに向けた、あの冷たい笑顔――。
どこかの男爵令嬢には出せない、不気味な笑顔だった。
穏やかだった室内に、一気に冷たい空気が立ち込めるのを、私は肌で感じていた。
「……殿下」
「何だ?」
「聖女様というのは、いつもあのような感じなのですか?」
思わず尋ねると、シルヴェスター殿下は、ほんの少し眉をひそめた。
「……いや。正直に言えば、以前から教会には頭を悩ませている」
「教会に、ですか?」
「我が国では、教会の発言力が強すぎるのだ。聖女の言葉ともなれば、皇族ですら無視しづらい」
「なるほど……」
私は小さく頷いた。
どこの国にも同じような話があるものね。
できれば関わりたくない。
いまだ隠れて震えているコロンを落ち着かせようと、私はコロンの頭を撫でた。
コロンは顔をあげ、涙でうるうるした大きな瞳で私を見詰めたが、また私の胸元にしがみついた。
「ママ……あのひと、またくる……」
「え?」
「おっきいおうちのひとたちも、くる……。コロン、いや……」
その言葉に、私は思わずコロンを強く抱きしめた。
――嫌な予感がする。
そして、私たちのその予感は。
翌日、ものの見事に的中することになる。




