第2話:隣国の銀髪大公、ブチギレ空間に全力で割り込む
「……ほ、本気で、滅ぼす、ですか?」
私が思わず間抜けな声を出すと、精霊女王ティターニア様は、ひどく美しく、そしてひどく凶悪な笑顔を深めた。
世界最強の精霊女王が放つ威圧感に、大気が悲鳴を上げる。
周囲の空気が、パキパキと音を立てて凍りついていく。
そして、濃厚な花の香りが辺りに立ち込めた。
「ええ。我が子を育て、慈しんでくれた大切な友を『草むしり女』などと侮辱したのです。生かしておく価値などありませんわ。今すぐ精霊の軍勢を差し向け、あの国を地盤ごと消し飛ばして差し上げます」
「ま、待ってください、ティターニア様! 私は全然怒ってないですし、むしろ追放されてせいせいしてるんです!!」
私が必死に宥めていると、腕の中にいる手のひらサイズの精霊王・コロンまで、ハーブティーのカップを両手で持ちながら、
「ママをいじめたやつ、めっ! どかーんってちゅる!」
と、一緒になって怒っている。
可愛いけれど、言っていることが恐ろしすぎる。
そんな子に育てた覚えは……
ティターニア様が、国を滅ぼす大魔法を唱えようと指先を突き上げた――その時だった。
「待ってくれぇぇぇええええ!!」
バリバリと音を立てていた空間の裂け目から、一人の男が転がり込んできた。
ボロボロの騎士服をまとい、息を切らせている。
けれど、その容姿は目を疑うほどに美しかった。
まるで月の光を溶かしたかのような、輝く銀の髪。
吸い込まれそうなほど鮮やかな、アメジスト色の瞳。
泥にまみれてなお隠しきれない高貴なオーラを放つその青年は、精霊女王の圧倒的な威圧感を前にしても膝を震わせることなく、あくまでも気高く声を張り上げた。
「待ってくれ、偉大なる精霊女王よ! この国を今すぐ滅ぼされては困るのだ!」
「……何ですか、不躾な人間ですね。我が友エルザの邪魔をするなら、あなたから塵にしますわよ?」
ティターニア様の冷酷な視線に、銀髪の青年は一瞬だけ唇を噛んだ。
それでも怯まず、私へと視線を移す。
「私は神聖ルーヴェンス帝国大公、シルヴェスター・フォン・ルーヴェンスだ!」
帝国の大公。
しかも、次期皇帝を選ぶ選帝侯の一人。
なるほど。
あのバカ王太子とは、比べ物にならない大物だ。
……いや、そんなことより。
「今、我が国では謎の流行病が蔓延し、多くの民が苦しんでいる。それを救うには、この国にあると予言された【伝説の七色薬草】が必要なのだ!」
シルヴェスター大公殿下は、ティターニア様へと視線を戻し、必死の表情で続けた。
「それを見つけるまでは、どうか、どうかこの国を滅ぼすのを待ってほしい……!」
どうやらこの人、国境の結界を文字通り身一つで破って、ここまで直談判しにきたらしい。
だから、あんなにボロボロなのね。
自分の身を危険にさらしてでも、民を救おうとしている。
……あのバカ王太子とは、背負っているものが違いすぎる。
でも――。
私は、大公殿下の言葉に引っかかった。
「……あの、シルヴェスター大公殿下。その伝説の薬草って、もしかして……」
私は腕の中のコロンを、そっと見つめる。
「きゅ?」
コロンは小首を傾げ、頭の上の双葉を揺らした。
そして、ちょうどその時。
ぽろっ。
双葉の先から、七色に輝く小さな葉が一枚落ちた。
「あ」
私はそれを拾い上げる。
「あの……これ、ですか?」
「なっ……!?」
シルヴェスター大公殿下が目を見開いた。
「その神聖な魔力……! まさか……いや、我が国に伝わる文献の記述より、さらに強い……!」
殿下は震える手で七色の葉を受け取ると、そっと匂いを嗅いだ。
「これだ……! 間違いない! これこそ、我が国を救う【伝説の七色薬草】だ!」
「そうなんですか?」
私はコロンを見る。
「この子、毎日ハーブティーを飲んでると、たまにこういう葉っぱを落とすんですよ」
「……毎日?」
「はい」
「……たまに?」
「はい」
シルヴェスター大公殿下は、しばらく固まっていた。
やがて、ゆっくりと私を見る。
「……君は、この奇跡の植物を育てているのか?」
「植物というか……種を植えたら、この子が生まれたんですけど」
「…………」
殿下は何かを言おうとしたものの、言葉にならなかったらしい。
そして突然、私の前に跪いた。
「失礼。名前は?」
「え? あ、私は、エルザでございます」
「エルザ嬢」
「は、はい?」
「どうか、我が国へ来てほしい」
真っ直ぐなアメジスト色の瞳が、私を見つめる。
「君が植物を愛し、研究し、そしてこの小さな精霊を大切に育ててきたことは分かった。私は君のその姿勢を、とても尊いものだと思っている」
「……!」
「我が国には、君の力を必要としている民がいる。君の知識と、この子の力を借りることができれば、救える命があるかもしれない」
殿下は、私の腕の中で小さく身を寄せるコロンを見つめた。
そしてコロンを驚かせないようにしたのか、一歩だけ距離を取ると、静かに頭を下げた。
「だからお願いだ。君自身の意思で、私たちを助けてくれないだろうか」
私は、コロンを抱きしめる。
もちろん、私は王太子妃になりたいわけではない。
豪華なドレスも、社交界も、王妃教育も、もうこりごりだ。
でも。
「……その流行病で苦しんでいる人たちを、私が助けられるんですか?」
「もちろんだ!研究所も、薬草園も、コロンの為のベビーベッドも、君たちが必要とするものはすべて揃えよう」
「……だったら」
私は顔を上げた。
「行きます」
「本当か!?」
シルヴェスター大公殿下の顔が、一気に明るくなる。
「ただし、条件があります」
「もちろんだ! 何でも言ってくれ!」
「植物を育てられる庭と、研究できる場所をください」
「……そんなことでいいのか?」
「私にとっては、とても大事なことです」
そう答えると、殿下は一瞬ぽかんとした。
それから、ふっと笑った。
「ああ。約束しよう。君が望むなら、大公邸内で一番日当たりのいい場所を君の庭にしよう」
「本当ですか!?」
思わず声が弾んだ。
すると、その様子を見ていたティターニア様が、満足そうに微笑んだ。
「まあ。話がまとまりましたわね」
「ティターニア様?」
「エルザ、あのバカ王太子のいる国に残るより、この銀髪の大公のもとで好きなだけ植物を育てる方が、あなたにはお似合いですわ」
「それは……そうかもしれません」
「それに――」
ティターニア様は、不敵に笑って元婚約者の国の方角を睨みつけた。
「我が子が薬草を生み出す以上、この国には二度と奇跡の薬草は生えません。精霊王の加護も失い、大国との交易も失えば……あとは勝手に干からびていくでしょう」
「……それは、かなりのざまぁですね」
私は思わず心の声をつぶやいてしまった。
「でしょう?」
ティターニア様が嬉しそうに笑う。
シルヴェスター大公殿下も深く頷いた。
「その通りだ。我が国は今後、エルザ嬢を侮辱したこの国との国交を見直す。薬草についても、今後は我が国で大切に管理させてもらおう」
私は、もう一度コロンを抱きしめた。
今まで私は『陰気な草むしり女』だった。
でも、今は。
植物を育てていい。
研究をしていい。
そして、この小さな子を守っていい。
「……なんだか、楽しそうですね」
「もちろんだ!」
シルヴェスター大公殿下は、満面の笑みを浮かべた。
「君が望む限り、私は君の新しい生活を全力で支えよう」
「ママ、コロンもいっしょ!」
「もちろんよ、コロン」
こうして私は、元婚約者の国を離れ、隣国――神聖ルーヴェンス帝国へ向かうことになった。
元婚約者の国が、精霊王の加護と奇跡の薬草を失って勝手に衰退していくことなど――。
この時の私は、まだ知る由もなかった。




