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何度やり直しても君と別れる  作者: gratin
近づいた暮らし
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4-3 届くもの

三月の初め、凪から荷物が届きます。

箱を受け取ると、見た目より重かった。


底へもう片方の手を添え、玄関の扉を閉める。袖をまくった手首に、段ボールの角が当たった。


送り状の差出人の欄に、凪の名前があった。


見慣れた文字の並びだった。毎日、画面の中で選択している名前が、今日は箱の上に貼られていた。指で宛先を押さえて持ち直すと、紙が少しへこんだ。


台所のテーブルへ運んだ。


さっき置いたグラスの下に、丸い水の跡があった。布巾で拭き、乾いたほうへ箱をずらす。


『届いたよ』


写真を添えて送った。


凪から荷物を送ると言われたのは、四日前だった。


「土曜日、家にいる?」


「午後なら」


「じゃあ、午後に届くようにするね」


何を、と聞くより先に、柑橘の写真が来た。丸い実がいくつも、台所らしい場所に並んでいた。一つだけ皮が途中まで剥かれ、白い内側をこちらへ向けていた。


「はっさく。食べたらおいしかったから」


「こんなにあるの?」


「実家からもらったの。湊にも食べてほしくて」


俺は写真の一つを拡大した。皮の細かな窪みに、斜めから光が当たっていた。


あの夜のあと、約束した九時に、俺たちはもう一度話した。


通話を始める前に、聞きたいことをいくつか考えていた。けれど凪が「昨日、ちゃんと眠れた?」と聞いたので、俺は用意していた言葉を一度脇へ置いた。


「少し遅くなった。凪は?」


「私も」


最初は、互いの返事を待つ間が長かった。


俺は、本を読んでいるときの短い返事と、話したくないときの返事が、凪には同じに見えたことを話した。話しながら、俺にも、彼女が友人へ返事をしている時間と、俺を避けている時間の区別がつかなかったのだと思った。


「分からないのに、後回しにされたって決めて聞いた」


凪はしばらく黙ってから、うん、と言った。


「あれは、嫌だった」


「ごめん」


今度は、そのあとへ理由を足さなかった。


凪も、曲名が消えて寂しかったことを、もう一度話した。


「私も、最初に聞けばよかった。最近あんまり聴かないの?って」


「いいや、聴いてる」


「昨日も?」


「通話のあとに」


返事がなかったので、言葉を続けようとした。


その前に、凪が言った。


「私も、かけた」


机に置いていた指を、ゆっくり開いた。


同じ曲を聴いていたのに、昨日はそれを伝え合わなかった。俺は机の上の本を見ていた。凪は何を見ていたのだろうと思った。


「何してた?」


口にしてから、少し息を止めた。


凪は、枕に顔をつけてた、と答えた。


俺はその顔を思い浮かべた。頬の片側を布に押しつけ、スマホをそばへ置いている凪を。すぐに言葉を返すことができず、机の縁を親指で撫でた。


「会いたいね」


凪が言った。


「うん。会いたい」


その晩は、そこから少しずつ、別の話もした。


二十という数字は、ときどき頭に浮かんだ。それを口に出しかけ、凪が話していた本の結末を聞いた。聞き逃したところがあったので、もう一度話してもらった。


電話を切るころには、伏せた本を起こして続きを読めるくらいに、肩が下がっていた。


荷物の話をしたのは、その数日あとだった。


俺が土曜の午後なら家にいると言った翌日、凪から発送の連絡が来た。


そして今、箱はここにあった。


テープの端を爪で探した。うまくつかめず、引き出しからはさみを取る。刃の先を浅く入れ、蓋の合わせ目に沿って切った。


左右へ開くと、丸めた紙の下から、黄色い皮が見えた。


持ち上げた紙の間に、小さな封筒が挟まっていた。


宛名はなく、表に、湊へ、と書かれていた。


俺ははさみを置いた。


凪の字を、こんなに近くで見るのは久しぶりだった。最後の線が少し上がっている。スマホの写真を広げるときのように、封筒を顔へ近づけた。


箱の中には、はっさくが六つ入っていた。実と実の間にも紙が詰めてあり、持ち上げようとすると、まず紙のほうが指へ触れた。


一つ取って、掌に載せた。


冷たかった。部屋の中に置いたばかりの、外の温度だった。


スマホが震えた。


『よかった。つぶれてない?』


『大丈夫。きれいに入ってる』


封筒も写るように、もう一枚撮った。


『手紙もありがとう』


『それは、あとで読んで』


『もう開けるところ』


少し間があって、返事が来た。


『じゃあ、黙って読んで』


俺は笑った。


封を剥がすと、二つ折りの便箋が入っていた。広げたあとも、真ん中の折り目が少し浮いた。


『湊へ。


一つ食べておいしかったので、おすそ分けです。

皮がけっこう固いです。爪、気をつけてね。

白いところをきれいに取りすぎると、食べるまでに時間がかかります。

私は途中で諦めました。


次に会ったら、桜の相談もしたいです。

卵焼きは私が作るから、おにぎりをお願いします。


凪』


最後まで読んでから、最初の行へ戻った。


私は途中で諦めました。


そこで、また少し笑った。


白い筋を指先で取っている凪が浮かんだ。一本取ると別の筋が見つかり、またつまむ。やがて少し顎を上げ、そのまま口へ運ぶ。


その指で、この紙も押さえたのだろう。


折り目のそばへ指を置く。爪、という字の横に、小さな点のようなインクがあった。触れても何もつかなかった。


グラスを端へ動かすと、拭き残した水が底についていた。


俺は便箋を持ち上げ、乾いた棚の上へ置いた。


手を洗ってから、凪に電話をかけた。


「読んだ?」


声がつながるなり、凪が聞いた。


「読んだ。黙って」


「うん。そのまま、内容は言わなくていいよ」


「途中で諦めたんだね」


「そこも読まなくていい」


笑い声がした。


俺はスマホをテーブルに置き、スピーカーへ切り替えた。


「今から食べる」


「じゃあ、私も一個持ってこようかな」


声が遠ざかり、しばらくして戻った。


俺ははっさくの皮へ包丁で浅く切れ目を入れた。そこへ親指を掛け、左右に開く。厚い皮が、内側の白いものを引き連れて剥がれた。


途端に、顔の近くで香りが立った。


息を吸うと、鼻の奥が涼しくなった。親指の腹に細かな汁がつき、光っていた。


「すごい匂い」


「いいでしょ」


「うん」


皮を皿へ置き、実を二つに割った。白い筋が伸びて切れ、房が離れた。


一房の薄皮を開くと、淡い黄色の粒が揃っていた。指で押さえたところだけ、少し透けている。


凪のほうからも、皮を裂く小さな音が聞こえた。


「まだ剥いてる?」


「うん。今、一個できた」


「俺も」


房を小皿へ置いて、手を合わせた。


「いただきます」


凪も、手を合わせてるよ、と言ってから、同じ言葉を返した。


口に入れると、最初に酸っぱさが来た。


頬の内側がきゅっと縮まり、噛むたびに、粒から冷たい果汁が出た。そのあとに甘さが残った。飲み込むと、舌の奥に少しだけ苦みがあった。


「ああ、おいしい」


声にしたとき、もう次の房を取っていた。


凪が笑った。


「今、ちょっと酸っぱい顔したでしょ」


「最初だけ」


「私も、一口目そうだった」


俺は手元を見た。薄皮に残った粒を、親指で外す。


「甘いだけじゃないの、いいね」


「うん。食べたあとも、まだちょっと口に残ってる」


凪が次の皮を剥く音がした。


俺ももう一房、口へ運んだ。今度は酸っぱさを待っていたぶん、先ほどより甘く感じた。


「送ってくれてありがとう」


「うん。届くの、楽しみにしてた」


棚の上の手紙へ目を向けた。


「凪のほうも?」


「そう。今日、ちゃんと受け取れるかなとか。どれから食べるかなとか」


俺は食べかけの実を持ち上げた。


「いちばん上にあったやつ」


「ちょっと大きいやつ?」


「たぶん、それ」


「最後に入れたんだよ。そこ、ちょうど空いたから」


箱の上の窪みを見た。


凪が最後に手を離した実を、俺は最初に取り出していた。


周りの紙を押さえていた手や、蓋を閉じる前に中を確かめた顔を思った。土曜日の午後へ届くように、彼女はその前の日々に箱を用意し、俺の住所を書いた。


今、指先に香りがついていた。


「手紙も、嬉しかった」


言うと、凪が少し黙った。


「急に入れたくなって。字、変じゃなかった?」


「凪の字だった」


「答えになってる?」


「うん。俺には」


凪が小さく笑った。


俺は次の房についていた白い筋を、途中まで取ってやめた。そのまま口へ入れる。少しくらい残っていても、やっぱりおいしかった。


食べながら、桜の話をした。


川沿いの木には、まだ花がなかった。先日、車で通ったときには、枝先が前より細かく空に重なって見えた。


「咲いたら、写真送るよ」


「満開になる前にも教えて」


「うん。会う日、決めたいしね」


「おにぎり、何入れる?」


「凪、何がいい?」


「鮭。あと、梅もほしい」


「二種類ね」


「湊の好きなのも作ってよ」


俺は最後の一房を見た。


「じゃあ、昆布も」


「何個作るつもり?」


「数は、あとで考える」


凪が笑った。


俺も笑い、指に残った薄皮を皿へ落とした。


最後の一房を食べ終え、凪が飲み込むのを待った。


「ごちそうさまでした」


二人で、もう一度手を合わせた。


流しで手を洗うと、指の間をぬるい水が通った。石鹸を流して拭いても、爪の近くには、かすかに皮の香りが残っていた。


凪は向こうで、皿を片づけていた。


俺は棚から手紙を取り、箱の隣へ戻した。


五つ残った実の間に、さっき丸めてあった紙を詰め直す。手紙は封筒に戻しかけて、もう一度開いた。


卵焼きは私が作るから。


その行の脇を、今度は濡れていない指で押さえた。


「湊、何してる?」


凪が聞いた。


「手紙、もう一回読んでる」


「そんなに読むこと書いてないよ」


「うん。でも、読んでる」


向こうで水の音が止まった。


俺は便箋を持ったまま、椅子に座った。窓から入る午後の日が、折り目の片側だけを明るくしていた。


紙を少し傾けると、爪のそばから、また柑橘の香りがした。

第三十二話をお読みいただき、ありがとうございます。


次話は「桜の下で」です。

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