1-3 まだ凪が来てない
一度の気遣いは、偶然かもしれません。
けれど同じことが繰り返されると、それはその人の形になります。
三度目に四人で遊ぶ夜、集合時刻を過ぎても、参加者の一覧には三つの名前しかなかった。
「凪、あと十分くらいだって」
坂口が言った。
「じゃあ一回、先に行く?」
牧野はすでにゲームを起動し、装備を選び始めている。
「一回って、二十分以上かかるだろ」
「早く死ねば十分で戻れる」
「戻り方が最悪なんだよ」
「凪も、先やってていいって言ってるぞ」
坂口が、彼女から届いたらしい文章を読み上げた。
俺は画面の時刻を見た。
十分待つのと、途中参加のできない任務へ出て二十分以上戻れなくなるのなら、待ったほうが早い。
「まだ凪さん来てないし、待てばいいんじゃない?」
「湊って、変なところ真面目だよな」
「今のは効率の話」
「本人がいいって言ってるのに?」
「俺たちが終わるまで待たせるほうが長いだろ」
牧野は納得したのかしていないのか、「じゃあ飲み物取ってくる」と席を立った。
俺たちはゲームを始めず、前回の失敗について適当な反省会をした。
坂口は警報のボタンを押したことを、分かりにくい場所へボタンを置いた制作側の責任だと主張した。俺と牧野は、それなら押さなければいいという点で珍しく意見が一致した。
八分ほどして、一覧にNAGIの文字が増えた。
「ごめん、遅れました」
少し息の上がった声だった。
「おつかれ」
「先にやっててよかったのに」
「途中から入れないから、今から始めるほうが早い」
「待っててくれたんでしょ。ありがとう」
「まだ八分しか経ってないよ」
「そういう問題?」
「時間の話なら」
凪が笑い、坂口が「ほら、変なところ真面目だろ」と言った。
その日の任務は、地下保管庫から四本の試料を持ち帰ることだった。
一人が一つずつ持てば、他の道具を圧迫せずに済む。説明文にも、四人での行動を推奨すると書かれていた。
俺たちは出発地点の机へ集まり、置かれた装備を順番に取った。
坂口は懐中電灯と予備電池を二つ。牧野は回復剤と発煙筒。俺は地図と解錠用の端末を選んだ。
「あれ」
最後に机へ来た凪が言った。
「私のライトない」
見ると、坂口の腰に二本ぶら下がっていた。
「坂口、一本持ちすぎ」
「こっちは予備」
「予備なら凪さんに持たせたほうがいいだろ。お前が死んだら二本とも消えるぞ」
「死ぬ前提で装備組むなよ」
そう言いながら、坂口は一本を机へ戻した。
凪が拾い上げる。
「ありがとう」
「坂口に言って」
「俺?」
「坂口さん、ありがとう」
「なんか納得いかねえな」
「所有権を主張したのは坂口だから」
「湊、そういうところだけ妙に細かいよな」
「そこを曖昧にすると、あとで俺がいい人みたいになるだろ」
「違うの?」
凪に尋ねられた。
「今の件は、坂口がライトを渡した話」
「はいはい。そういうことにしとく」
凪の返事には、すでに少しだけ遠慮がなくなっていた。
四人で地下へ降りた。
保管庫は、似た形の通路が何本も並んだ迷路になっていた。天井の蛍光灯は一定の間隔で切れ、懐中電灯の光だけが床を細くなぞる。
最初の試料は坂口が見つけた。
二本目は牧野が棚の奥から回収した。
三本目は、俺が地図に載っていない小部屋で見つけた。
残り一本になったところで警報が鳴り、どこか遠くから、複数の足音が近づき始めた。
「三本あればクリアにはなる」
坂口が言った。
「もう戻ろう」
反対する理由はなかった。
俺たちは来た道を引き返し、地上へ戻る貨物用エレベーターを目指した。
先頭を走る坂口の背中に続き、牧野、俺の順で扉へ滑り込む。
中へ入った瞬間、坂口が上昇ボタンを押した。
扉が閉まり始める。
俺は停止ボタンを押した。
半分まで動いた扉が、鈍い音を立てて止まった。
「何してんの?」
「まだ凪さん来てないよ」
振り返ると、俺たちが走ってきた通路には誰もいなかった。
参加者の表示を確認する。NAGIの体力は減っていない。通信も切れていない。
「凪さん、今どこ?」
「さっきの棚」
「なんで戻ってるの?」
「最後の一本、見つけた」
凪の名前の横で、試料の所持を示す印が光っていた。
「三本でいいって言ったじゃん」
「四本あるなら持って帰りたいでしょ」
「今それ言う?」
「先行ってていいよ。次ので戻るから」
このエレベーターは、一度上へ行くと戻ってくるまで一分近くかかる。その間も警報は止まらない。
遠くの闇に、いくつかの白い影が横切った。
「無理。待つから走って」
「でも――」
「凪さんが死んだら、せっかく取った四本目も消えるよ」
数秒の沈黙のあと、凪の足音が聞こえ始めた。
「今走ってる」
「真っ直ぐ。二つ目の角を右」
「分かった」
「牧野、発煙筒」
「了解」
牧野が扉の外へ発煙筒を投げた。
赤い煙が通路を満たし、奥から来ていた影が一瞬だけ止まる。
煙の向こうに、凪の懐中電灯が見えた。
「見えた」
「後ろいる?」
「見ないほうがいいくらいいる」
「前だけ見て」
凪のキャラクターが煙を抜け、開いた扉へ飛び込んだ。
俺が停止ボタンから手を離す。
扉が閉じる直前、白い腕が隙間へ差し込まれた。牧野が発煙筒で殴り、坂口が叫び、凪は四本目の試料を抱えたまま笑っていた。
扉が閉まり、エレベーターが上昇する。
画面の中央に、小さく表示が出た。
『帰還者 4/4』
「待っててくれて、ありがと」
凪が言った。
「四人で入ったから」
「坂口さんでも待った?」
「待つよ」
「牧野さんでも?」
「状況による」
「おい」
牧野の声に、凪が吹き出した。
任務を終え、待機画面へ戻った。
凪が「飲み物取ってくる」と席を外す。
「次、雪山の研究所行かない?」
坂口がすぐに次の舞台を選ぼうとした。
「まだ凪さん戻ってないよ」
俺が言うと、少し離れたところから物を置く音がした。
「戻ってる」
凪の音声マークが灯る。
「いつから?」
「まだ凪さん戻ってないよ、のところから」
「ちょうどいいじゃん。次、雪山でいい?」
「いいよ」
「決定」
俺が画面を切り替えると、凪が笑いながら言った。
「湊って、いつも全員揃うまで決めないの?」
「全員に関係あることなら」
「面倒じゃない?」
「あとから、ほんとは嫌だったって言われるほうが面倒」
「そういうの、ちゃんとしてるね」
褒められた理由が、よく分からなかった。
俺にとっては、決める人数と、決めたことに従う人数を同じにしているだけだった。
その夜、凪は三回、ありがとうと言った。
俺はそのどれも、自分が礼を言われるようなことをしたとは思っていなかった。
第三話をお読みいただき、ありがとうございます。
次話ではゲームの外へ会話が広がり、湊と凪が同じ速さで話題を渡り歩けることが、少しずつ見えてきます。




