1-2 四人目
同じ四人目でも、空いていた枠に入ることと、最初から一人として数えられることは、少し違います。
二度目に凪と遊んだのは、それから数日後だった。
「今日、四人目に凪呼んでいい?」
坂口が、通話に入って早々そう言った。
「俺はいいよ」
牧野も「いいんじゃない」と答えた。
四人でなければ始められないゲームではない。それでも、最大人数で遊んだほうが、持ち帰れる道具も増えるし、誰か一人が化け物に追われている間に残りが仕事を進められる。
凪は、足りない一枠を埋めるにはちょうどよかった。
そのときの俺は、たぶん本当にその程度に考えていた。
少しして、参加者の一覧にNAGIの文字が増えた。
「こんばんは」
「こんばんは」
「凪、この前より声出るじゃん」
牧野が言った。
「この前も出てたよ」
「前半ほとんど喋ってなかっただろ」
「牧野さんが隙間なく喋るから」
「それ坂口じゃなくて?」
「二人とも」
返事に迷いがなかった。
前回の最後には多少慣れたと思っていたが、その感覚はゲームを閉じても残っていたらしい。
「俺は湊ほど喋ってないよな?」
坂口が俺へ話を振る。
「俺に同意を求めるな。全員うるさい」
「凪さんも含めて?」
「今日はまだ分からない」
「じゃあ頑張ります」
「何を?」
凪が笑った。
最初の夜よりも、その声は近く聞こえた。
その日の舞台は、前回とは別の研究棟だった。
三人が施設へ入り、一人が管理室に残る。管理室の人間は監視カメラを切り替え、内部の地図を見ながら、遠隔操作で扉を開ける。
説明だけを読めば重要な役割だった。
実際には、安全な部屋で白黒の画面を眺めながら、残りの三人が遊んでいるのを待つ時間が長い。
「凪、まだ操作慣れてないだろ」
坂口が言った。
「今日はモニターやってくれる?」
「あ、うん。いいよ」
凪はすぐに答えた。
言葉だけなら、何もおかしくはなかった。
操作に不慣れな人を安全な場所へ置き、残りが危険な場所へ入る。前回の凪は質問する側にいることが多かったから、坂口にはいちばん不慣れに見えたのかもしれない。失敗しにくい方法として考えれば、その提案は合理的だった。
ただ、凪の返事が、最初の夜の「よろしくお願いします」と少し似て聞こえた。
「凪さん、モニターやりたい?」
「え?」
「やりたいならいいけど」
凪の音声マークが消えた。
数秒して、また灯る。
「中、行ってみたい」
「だよな」
「じゃあ誰がモニターやるんだよ」
坂口が尋ねた。
「俺やるよ」
「湊、前回いちばん操作怪しかったじゃん」
「だからだよ。走ると道間違えるから、椅子に座らせといたほうがいい」
「自覚あったんだ」
凪が言った。
「反省できる人間だから」
「成長は?」
「今後に期待してほしい」
俺が管理室へ入ると、三人は装備を持って研究棟の前に並んだ。
中央に坂口、右に牧野、少し遅れて凪が来る。
モニターには、三人の背中が別々の角度から映っていた。
「じゃ、行ってくるわ」
「扉開けて」
「まだ始まって三秒なんだけど」
「閉まってるものは仕方ないだろ」
俺は表示された番号を確かめ、入口のロックを解除した。
重い扉が左右に開く。
「いってらっしゃい」
「なんか保護者みたい」
凪が言った。
「帰宅時間は守ってください」
「何時?」
「化け物が来る前」
「もう無理じゃん」
三人の声が、暗い研究棟へ遠ざかっていった。
管理室には六台のモニターがあった。
カメラを切り替えるたび、白黒の廊下に三人が現れては消える。坂口は地図を見ているふりをして同じ場所を二度通り、牧野は開かない扉を何度も調べていた。
凪は二人の少し後ろを歩きながら、壁の掲示物や机の上を一つずつ見ていた。
「湊、次どっち?」
「坂口の正面にある階段。そこ上がって左」
「了解」
「あと牧野、今の部屋に鍵落ちてる」
「どこ?」
「机の下」
「見えねえ」
「凪さんの右」
俺が言うと、凪のキャラクターが振り向いた。
「これ?」
「それ」
「あった」
「いや、それ俺が見つけたことにならない?」
「拾った人のものです」
凪は鍵を自分の鞄へ入れた。
「管理室から全部見えてるからな」
「見てるだけで手は出せないでしょ」
「性格出てきたな」
「頑張ってって言われたので」
何を頑張るのかと思っていたが、たぶん遠慮をやめることだったらしい。
その後、坂口が不用意に警報を鳴らした。
研究棟の照明が赤く変わり、六台のモニターに一斉に砂嵐が走る。
「何した?」
「ボタンがあったから押した」
「ゲームのボタンは押してくださいって意味だもんね」
凪が、前回自分で言った理屈を坂口へ返した。
「立入禁止とボタンは違うだろ!」
「どっちも罠だったね」
「反省できる人間だから、次に期待して」
俺が言うと、坂口が「今それ使うな」と叫んだ。
赤い廊下の奥から、白い影が走ってきた。
三人は同時に逃げた。
坂口と牧野は右へ曲がり、凪だけが左へ入る。閉まった防火扉が、三人を二つに分けた。
「凪さん、そのまま真っ直ぐ」
俺は別のカメラへ切り替えた。
「突き当たりに扉あるから、そこ開ける」
「分かった」
「湊、俺らは?」
「今、凪さんのほう開けてる。二十秒待って」
「こっちにもいるんだけど!」
「走ってれば大丈夫」
「雑じゃない?」
遠隔操作のゲージが、ひどくゆっくり進んだ。
モニターの中で、凪は何度も後ろを振り返りながら扉へ向かっている。そのさらに奥で、白い影が廊下の角を曲がった。
「まだ?」
「あと五秒」
「長い」
「四、三、二――」
「一は?」
扉が開いた。
「もう開いてる」
凪が扉の向こうへ滑り込み、俺はすぐにロックを閉じた。白い影がぶつかり、画面が大きく揺れる。
「びっくりした」
そう言いながら、凪は笑っていた。
そのころ坂口と牧野は、二人そろって行き止まりにいた。
「湊! こっちも開けて!」
「今行く」
「絶対忘れてただろ!」
「四人いるから忙しいんだよ」
結局、その任務で持ち帰れた記録媒体は二つだった。
坂口は途中で捕まり、牧野は出口の目前で装備を落とし、凪は拾った鍵を最後まで使わなかった。俺は管理室から一歩も出ていないのに、なぜか最も疲れていた。
結果だけ見れば、誰も上手くはなかった。
「でも、中入れてよかった」
待機画面へ戻ったところで、凪が言った。
「モニター、つまらなかった?」
「いや。坂口が三回同じ廊下を通るところ見られたから、結構面白かったよ」
「二回だろ」
「三回だよ」
「なんで代わってくれたの?」
凪に聞かれ、俺は少し考えた。
特別な理由を探したが、見つからなかった。
「凪さんが中に行きたいって言ったから」
「それだけ?」
「四人で遊んでるのに、一人だけやりたいこと聞かれないの、変じゃない?」
凪はすぐには答えなかった。
やがて、小さく「そっか」と言った。
その声が何を含んでいたのか、俺にはまだ分からなかった。
そのころの凪は、坂口が呼んだ四人目だった。
けれど、空いていた枠を埋めるための数字には、もう声があった。
第二話をお読みいただき、ありがとうございます。
湊は凪に優しくしようとしたのではなく、四人いるなら四人の希望を確認しただけでした。次話では、その公平さが一度きりの振る舞いではないことが、もう少しはっきり見えてきます。




